第4話 やっぱり人気者はすごい

 ……と、放課後に家庭科部の部室に行くまでは思っていました。

「百地さん、中学校の家庭科部って人気なんだっけ? それともこの学校の家庭科部が特別なだけだっけ?」

「いえ、この学校の家庭科部はかなりカジュアルな形式で、何かのコンクールに出たり、高いレベルの技術や礼儀作法を求めるものではないらしいですけれど……?」

 放課後、百地さんと家庭科部の部室である家庭科室に向かったわたしを待っていたのは、廊下をぱんぱんに埋め尽くす沢山の人。

 まさかとは思うけれど廊下には一人も男子の姿が見当たらないし、ファンクラブの女子も多いし、ここにいる人全員霧山くん目当て……?

 霧山くん、用事があったのか放課後になった瞬間誰にも何も告げず一人でどこかへ行ってしまったけれど、まさかこうなるって気づいたからなのかな?

 少しでも状況を掴もうと、周りの現状を探ろうとするけれど、……家庭科部の部室内には誰かがいるみたいだけれど、廊下に人が多過ぎてとても部屋の中の状況までは把握できない。

 く、家庭科部に関しても噂話だけじゃなく、自分の足で色々調査しておいた方が良かったかもしれない……!

「──はーい! 入部希望等の人! いきなりですが列を作ってください! 一列で!」

 どんどん廊下に人が増えて、わたしと百地さんもおしくらまんじゅうの仲間入りをしてしまう中、わたしより身長が低い、三年生と思われる先輩は家庭科室からひょっこりと姿を表し、混乱している生徒に並ぶよう指示を出した。

 いきなりのことで大半の人が動揺していたけれど、ここで変に取り乱して家庭科部の先輩に悪印象を持たれたくはないのだろう、少し時間はかかったものの、沢山いた女子生徒はなんとか一列に並ぶことができた。

『あー、テストテスト。えー、じゃあ今からここにいる全員と家庭科部の部員とで面談を行います!』

 背の小さな先輩はメガホンを使って、最後尾付近にいるわたしにまで聞こえるよう、いきなりの面接を持ち掛けてきた。

「え……それって何人ぐらいなんですか!?」

 いきなりの面接に面食らった女子が先輩に質問をする。

『今三年が二人、二年生が五人で、顧問の先生も一人だからまあここにいる全員入部には絶対ならないだろうね。まあ二年や三年の人もいるけど多くて十人ぐらいかなって〜』

 え、今この場に百人はギリギリいなさそうだけれど、たった十人⁉︎ ……いやその前にしれっとこの列に先輩もいるのか。霧山くん効果、すごっ。

『あ、じゃあ今日中に終わらせないと他の部活にまで影響を与えかねないから、前の子から呼ばれたらどんどん教室に入っていってね〜』

 そのまま先輩は一番後ろまで移動し、これ以上人が増えることを防ぐためか、一番後ろにいる人の名前を控えて家庭科室内に戻っていった。

「ど、どうしましょう忍足さん……」

「うーん、出たとこ勝負しかないんじゃないかな? って、列が動くの早くない……?」

 相当スピーディーに面接をしているのか、一人一分、長くても三分程度でどんどん面接は終わっているようで、どんどん列は進んでいく。

 これは多分──だろうから、今から対策してもどうしようもなさそうだ。

 とはいえ何もせず面接を待っているのも嫌なので、自分なりにできそうなことを探ってみるけれど、面接を終えた人にきちんと箝口令をしているのか、家庭科室を出る生徒も何も言わずどんどん教室を去っていくし、廊下もざわめきが激しくて家庭科室の中を探るのは難しい。

 ——そうして前にいる生徒が後数人になった時、わたしの後ろにいる百地さんから突然声をかけられた。

「──忍足さん、お願いがあるのですが、順番を入れ替わってくださいませんか?」

 なんとなくで列を作ったから、特に意図もせずにわたしは百地さんの前にいた。

 いきなりの提案に驚いたけれど、列の中では他にも緊張している子と順番を入れ替わったり、そもそも諦めて列を抜ける人もいるから、このぐらいのことなら何も咎められはしないだろうけれど……。

「いいけれど、……百地さん少し顔色悪いし、体調良くないの?」

「えーと、情けないのですが緊張し過ぎてしまっていて……、それに、後ろに忍足さんがいてくれれば心強い気がして」

「分かったよ。じゃあ、頑張ってね百地さん」

「は、はい! 行ってまいります!」

 そして順番を入れ替わった数分後、百地さんが教室の中に入り、そして数分で家庭科室を出てどこかに向かって行ってしまったけれど、……駄目だったのかな。

 念の為を思って某音対策もしていたのか、家庭科室の中の様子も伺えなかったけれど、こうなったら出たとこ勝負しかない!

 家庭科室から「次の人どーぞ!」と聞こえた後、わたしはノックをして家庭科部の部室内に入ると、先ほどの背の小さい三年生の先輩と二年生と思われる男子の怖そうな先輩、そして二年生の大人しそうな女子の先輩が座って待ち構えていた。

 ん? でも何やら不自然な匂いがするというか、やたら金属臭くない? 気のせいかな?

「……あれ? じゃあ、座ってでも立ってでもいいけれど、早速面談を進めるよー?」

 わたしが妙な匂いに気がとられる中、三年生の先輩も面接続きで疲れていたのだろうか、少しぼーっとしていたようだ。

 そして面接はあっという間に終わった。

 お互いの簡単な自己紹介と、料理やお裁縫に関する簡単なスキルの説明と、その裏付けをする質問を数個交わしただけだったからだ。

  面接が終わった後、最後に何やら小さなメモを手渡され、誰にも言わずにメモに書いてある教室に来てほしいと言われたわたしは、中等部校舎の端の端にある、整備こそされてはいるものの人があまりいない教室に来ていた。

 メモに書かれた教室の扉を開けると、

「あ、百地さん!」

「忍足さんもこの教室に来ていただいたということは……合格なのでしょうか?」

「それはまだ分からないけれど、まあ待ってみようよ」

「……は、はい!」

 教室にいたのは百地さん以外には同学年の見知らぬ女子が二人だけ。

 それから四人で雑談をしたり、違うクラスの女子とも自己紹介をしつつ話していたらあっという間に一時間近くが経ってしまった。

 話題は勿論霧山くんのことで、話した女子二人は関心は彼に関心があるわけじゃないものの、そこまでお熱ではないみたいで、入部を希望する理由も親が食品を取り扱う会社の社長をしているという点と、箱入り娘で家庭であまり家事をしたことがないからだという理由だった。……なんか、改めてすごい理由。

「──そうなんだ。そういえば百地さん、家庭科部の部室、何か変な匂いがしなかった?」

「え、どんな匂いでしたか?」

「なんか金属みたいな感じの……、何か掃除でもしていたのかな?」

「い、いえ、わたくしは全く……」

 どうやら百地さんも、違うクラスの女子二人も特に異臭を感じてはいなかったみたいだ。

 まあ、そもそも先にいた先輩方も特に気にしていなかったし、わたしの思い過ごしかな。

「あれ、忍足さんに百地さん、どうしたんだ?」

 話ながらもいつの間にか日が沈み暗くなりかけている中、突如教室内に霧山くんが現れた。

 何故ここに? って、流石にこの状況なら誰でも分かるか。

「ほら、入って入って! えー、改めてここにいる一年生五名を家庭科部の侵入部員として迎え入れます! じゃ、お腹空いたから今日はこれで──」

「ちょっと、流石に説明不足過ぎますよ!」

 霧山くんを教室に入れた後、背の低い──三年生の辻堂先輩は教室にも入らず帰ろうとしたので思わず引き留めてしまった。

「えー、じゃあ簡潔にね。この学校、芸能クラスがある関係上、ある程度部活の裁量で入部希望者を絞ってもいいし、逆に影響が大きそうな生徒を顧問と相談の上で優先的に入れてもいいことになってるの。だから今回は先に霧山くんを入部させることだけ決めて、後は霧山くんと、既に所属している二年生でアイドルやってる男子目当てじゃないと確実に言い切れそうな子だけ入部させました。以上、終わり!」

「ええと、それを踏まえて再確認ですが、わたくしたちは入部確定でいいんですよね?」

「うん。そこは安心して。まあもうちょっと状況が落ち着いたら、別途入部許可を出すかもしれないけれど。まあというわけで──」

 百地さんと女子がいきなりの宣告にてんやわんやしている中、辻堂先輩は本当に疲れ切っているのだろう、背後でぐったりしている他の先輩と共に帰りたそうな雰囲気を醸し出している。

 だが逆に言えばこれはチャンスでもある。

「では改めてよろしくお願いします。明日は家庭科室集合で大丈夫ですか?」

「忍足ちゃんだよね。大丈夫大丈夫。じゃあ、また明日~」

 先輩も、きっと気が変わる前にいち早く確実な言質が欲しいわたしの思惑を察知してくれたのだろう。

 そのまま軽く手を振って先輩たちは帰って行った。

「……なにか色々あったみたいだな」

「入部希望者は面接ということでしたので。霧山くんは今までどこにいたのですか?」

「なぜ知られたのかはさっぱりだが、事前に家庭科部の先輩から今日の放課後に、特定の部屋で男子はこっそり面接をするから、今日の授業が終わり次第すぐさま指定された教室に移動するよう伝えられていたんだ。まあ、面接の体を成していたのは最初だけで、後は殆ど雑談だったが……」

 なるほど、混乱の元である霧山君に別口でコンタクトをとって、今の今まで家庭科部入部希望者に所在を明かさないようにしていたのか。

 ……なんというかまあ、家庭科部の皆さん、お疲れ様です。

 その後は家庭科部の五人で軽く自己紹介をして、軽く話した後寮に戻ったけれど、同じく家庭科部入部になった三浦さんと山下さん、霧山くんに興味はないと言っていたけれど、最後は普通に霧山くんに興味津々になっていたなあ。

 ここまで来ると彼に対し護衛対象以外の関心がない、わたしの方がおかしいのかと思いたくなるけれど、……まあ今わたしの隣を歩いている百地さんも、今の所はそういう感じが無さそうだし、気にしすぎてミイラ取りがミイラになっても意味がないか。

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