第3話 部活は決まってます

 ……そしてあっという間に入学してから一週間が過ぎた。

 一週間もすれば寮生活にも慣れるもので、洗濯や部屋の掃除などは必要とはいえ、朝起きて身嗜みを整えれば、そのまま食堂でご飯がすぐに食べられるし、校舎までも歩いて数分だから、任務を加味してもこれはこれで生活が楽だ。

 今日も朝早く起きて、一番に朝食を食べて朝一番に教室に着いたわたしは教室の安全確認中。

 特に怪しいものは見つからなかったし、入学初日のあれこれが今となっては嘘みたいだ。

 ……あの後、全てを諦めたわたしはそのまま部屋に戻り、再度忍装束になって全く悪気のなさそうな霧山くんが特別寮に戻るのを見送り、その後再度部屋に戻って一日を終えた。

 次の日早速女子からの無視が始まるのか、何かを隠されたりするいじめや嫌がらせが始まるのかと内心怯えていたけれど、うれしいことに? わたしを目の敵にする女子が少人数いるだけで、特にクラスで浮いたりするということはなかった。

 中学デビュー! とかは一切考えず、やろうともしなくて良かったって今は心から思えている。

 事件のせいで目立ってはしまったけれど、萌黄さんのように明るくも無なければ百地さんのようにきりっとした美人でもない、地味を超えた地味である女子がわたしなんだし。

 それに噂に関しても「実は忍足さんが犯人」であるみたいな噂こそあれど、信憑性がないからなのかあまり広がっておらず、霧山くんが好きな一部の女子が広めようとしているだけだ。

 けれど、今のところ放っておけば広めた本人の記憶からも雲散霧消してしまいそうなほど噂は広がっていない。

 他の噂である、「教室や部室にあったものがいつの間にかなくなってしまった」、「夜中一人で寮を歩いていたら自分と瓜二つの姿をしたドッペルゲンガーに出会った」、「学園のどこかでコウモリが集まって巣作りをしているらしい」、「初等部の生徒会長がまた中等部や高等部の生徒会長と喧嘩をして揉めている」、「そのきっかけは中等部生徒会長が、部費などで家庭科部を贔屓しているかららしい」などのどこか妙だったり、野次馬的に聞くことができる噂の方が面白いからなのかもしれないけれど。

 そのおかげか今のところ目立った障害はなく学校生活は順調に過ごせている。

 学校や寮では萌黄さんや百地さん、霧山くんと違うクラスだけど八雲くんとも話しつつ、二日目のレクリエーションや部活紹介、そして三日目から始まった授業と、何の問題も起こることがなく、あの冷たい目線はなんだったのかと思うような平和な学校生活を過ごすことができていた。

 とはいえ任務もあるから、放課後特に誰かと会う約束をしてない時などは部屋でこつこつと勉強しているいう体裁を保ち、霧山くんが特別寮の中にいない時などは、霧山くんに何があってもいいよう監視を継続しながらの二重生活を続けている。

 でも、ここ数日監視を続ける中で分かったこともある。

 実は霧山くん自身、自分がこうも注目を集めている現状は居心地が良くないのか、学校に行く時以外はあまり特別寮の部屋から出てくることはなく、出たとしても萌黄さんか八雲くんと一緒にいることが殆どで、そういう時はわたしも萌黄さんに誘われて彼と一緒に夕食を食べたり、一緒に話したり勉強をすることが多いから、改めてここまでを振り返ると、実のところ彼の監視をする時間はあまり多くなかった。

 ということもあり、わたしは地味で学園のことを何も知らない新入生という顔で、萌黄さんを始めとした初等部からいる人との情報収集をしたり、色々な人の話を聞き周ったりして、霧山くんに関するあれこれや、何故わたしが変に目立たっていないのかということ、に関する情報をまとめて、一人の生徒としてどう立ち回るべきかは明確になった。

 まずこうして霧山くんからの関心を引いているはずなのに、変に目立たずにいられる理由だけれど、実は……、

「あ、忍足さん、おはよう」

「おはよう、葉山さん……だよね、どうしたの?」

 朝一番、ひとまず自習でもしようかと筆記用具を鞄から出していると、クラスの中でも特に活発で明るい女子、葉山さんにいきなり話しかけられた。

 朝も霧山くんの監視をしているべきなのだろうけれど、流石に登校タイミングが不定期な霧山くんの後に毎度登校するのは不自然で怪しまれるだろうと思い諦めている。

 そもそも、寮の中ならお父さんもいるし、部活などで朝早く行動する人も多いから問題はないと判断でしたからでもある。

 それにわたしの周りにいる人たちの中ではわたしが朝起きるのが早くて、萌黄さんや百地さんは朝がかなり遅いから、どうしても夜みたいに集まりにくいということもあるのだけれど。

 ちなみに、百々地さんは朝がすごく弱いみたいで、まだ学校が始まって一週間なのに既に寝坊を二回して朝食なしで学校に来ている。

 ……じゃなくて、今は葉山さんと『自然』に話さないと。

「ほら、今日から初等部から部活を継続している人以外の仮入部期間が始めるでしょ? 忍足さんって、霧山くんと仲が良いし、霧山くんが入りたがってる部活を知らないかなーって……」

「霧山くんの部活? ……確か家庭科部に入りたいって言ってたよ? 普段料理とかもしないし、家の事情で運動系の部活とかだと継続した在籍が難しいからって」

「そうなんだ、ありがとう! 忍足さん!」

 葉山さんはわたしの回答を聞いた後、鞄を自分の机に置いて教室の外へ出ていった。

「……葉山さん、どうだった?」

「やっぱり家庭科部に入るって。大分証言も集まってるし、これ以上疑う必要もないと思うよ。わたしは部活まで変えられないからここまでかな……」

「あなたの意思は受け継いだわ。じゃあ家庭科部に入ることは一旦確定情報として、ファンクラブで共有しましょう。入部希望等に関してはファンクラブのチャットで──」

 霧山くんファンクラブ? という謎のクラブの一員である葉山さんは、教室から少し離れたまだあまり人気のない廊下で、誰かとこそこそ話をしているようだけれど、まだ朝早く登校している人が少なく、何より訓練したわたしの聴力なら少し耳を澄ませば会話は全部丸聞こえ。

 盗み聞きしたいわけじゃないけれど、聞こえるならしょうがない、うん。

 霧山くんが気になる女子にもいくつかの分派があるようで、葉山さんのようにファンクラブに入って一種の推し活? みたいになっている女子。

 そういうファンクラブとは決別して、本気で霧山くんのことを狙っている女子。

 ちなみに前者の子はわたしに友好的に接してくれるけれど、後者からしたらわたしは最大の障害なのか、クラスで声が大きい一部の女子からは今現在、とてもピリピリした目線を送られている。

 そして最後にわたしや百地さんみたいな極一部の女子、もしくは萌黄さんみたいに彼氏がいる女子が霧山くんにあまり興味を持っていない、中立派みたいな存在にんsっている。

 それはそうとして、霧山くんファンクラブの女子からのこの質問、もう何度答えたんだっけ……。

 先週末から同じ質問をファンクラブの女子生徒からわたしは何度も何度も尋ねられていて、同じように尋ねられている百地さんも、「流石にもう答えたくないです……」と昨日の夕食でも百地さんは好物であるレバニラ炒めをむしゃむしゃと食べながら嘆いていたし……。

 まあ、一度頭を切り替えないと。

 護衛任務は現状滞りなく進められているし、ひとまずわたしも霧山くんをいつでも守れるよう、同じ部活に入部、つまり家庭科部に入部することが第一。

 今日から仮入部期間が始まるらしいし、どうせ秘密にするにもどっかから漏れると思って霧山くんファンクラブにもこうして遠回しに知らせてある。

 萌黄さんは文学部、八雲くんは私生活の関係から検討中で、百地さんは霧山くんと同じく家庭科部希望。

 もしうまくいけば霧山くん、百地さんと同じ部活になれるから、護衛任務という点でも、学校生活という点でもとても効率的だ。

「——あ、忍足さん。おはよう。今日も一番乗りか?」

「おはよう、霧山くん。早寝早起きがモットーだから」

 気を取り直して自習を始めようとしていると、霧山くんも教室に入ってきた。

 まあ、廊下で話している女子のトーンに微妙な変化があったから、霧山くんが近づいているのは分かっていたんだけど、こんなに朝早いのは珍しい。

 先週は囲まれるのを防ぐためなのか、ギリギリの時間に登校したいたし。

 

「そうか。日に日に教室に来るまでに時間がかかっているから、今日は早めに来てみたが、あまり人がいない教室というのも新鮮だな」

「あはは……、でも、霧山くんが女子を適当にあしらわないからじゃない?」

「そんなことを言わないでくれ。程度はどうあれ俺に興味があったり、好意を持ってくれているのは確かなんだ。……君だって好意を持った相手に事情があるとはいえ、ぞんざいに扱われるのは嫌だろう?」

 まだ彼のことを良く分かっているとは言い難いけれど、こうして女子一人一人に、自分に好意があるという女子と真摯に向きあえるのは彼の長所だと思う。

「それもそうだったね、ごめん。でも、好きな人はいたことないけど」

「あ、いや謝らせるつもりはなかったが、俺もだ。司や他の男子から羨ましがられることもあるが、なんだかんだ俺もまだ子供だということを実感させられる」

 あれだけモテておいて好きな人はいないんだ。

 本当に? と思わず聞きたくなるけれど、まあ同じく好きな人がいたことがないわたしが聞いてもお互い余計に混乱するだけだから深く踏み込まないでおこう。

「本当に子供だったらそんな風に考えたりはできないよ。霧山くん、……そういうところで人気が出るんだろうね」

 霧山くんと話していて強く実感するのが、天然なところもあって周りを振り回すこともあれど、基本的には真面目な堅物で他の人や物事と誠実に向き合っていきたいと考えている人だということだ。

 監視を続ける中でも、一週間前は霧山くんに興味本位で近づいていた女子の中に、遠目で見てるだけでも彼と接して感情の持ち方が変わっている女子が既に散見されていることからも、それが彼の魅力なんだということが嫌が応にも実感させられる。

 わたしは……特に変化はないけれど、こうしてクラスメイトとして接し続けて、彼の身になにも起らないよう案じていられれば、それで十分か。

 まあ、とりあえず今日の任務は家庭科部に入部すること。

 入部試験があるかもしれないという噂も掴んでいるとはいえ、一応お父さんから教えてもらった料理の腕と、忍術もある、多分問題ないだろうな。

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