エピローグ

 翌朝。

「あれ、百地さん今日は朝早いんだね」

「おひゃようごじゃります。昨日のことがあったのか、貧血は治ったのですがお腹が空いてしまっていて……」

 食堂にいつも通り一番早く着いたと思っていたわたしより、早く着いて既に朝食を食べていたのはいつもは朝が弱いはずの百地さん。

 そんな百地さんがガツガツと食べているのは定番メニューのほうれん草のお浸しに山盛りのレバニラ炒め、貝のお味噌汁。

「昨日も疑問だったけれど、それで補えてるの?」

「……もぐ、最低限ですけれどね。吸血鬼としての力は自分の血じゃ上手く扱えないので、昨日の術も色々とボロボロでした。人間や亜人の血を吸えばすごい力を発揮できるみたいですが、わたくし自身血が苦手ですし、なによりそんなことで他の人を傷つけたり血を吸ったりしたくありませんから。……はむ、」

 百地さんは朝ごはんを食べながらわたしの質問に答えてくれたけれど、……え、昨日のあれで百地さんは全力じゃなかったんだ。

 もし万全だったら……町田さんがあれだけ怯えていたのも頷けるかもしれない。

「あはは……そう言えば大砲丸……ちゃんは?」

「女の子なのでちゃんであってますよ。昨日のこともあるのでしばらく部屋で休んでもらっています」

「じゃあ今度、もしよければ今日の放課後にでも昨日のことを謝らせてもらおうかな。今更だけど、大砲丸って黒くて丸いから?」

「はい。かわいくありませんか?」

「本人と百地さんがいいならいいけど、その場合砲丸丸……だと丸が被るから大砲でもいいのか……な?」

 大砲丸の名前の由来について指摘された百地さんが固まってしまったけれど、黒くて丸いのは大砲じゃなくて砲丸だって気付いていなかったんだ。

 ……なんかすごく、ごめんなさい。

「……百地、忍足、おはよう」

「おはよう、霧山くん。今日は早いんだね?」

 まだ食堂にいる人はまばらで、周りに会話を聞かれないよう気をつけていたから気づくのが遅れてしまったけれど、いつの間にかわたしたちの近くに霧山くんが近づいていた。

 ……うん、大砲丸については聞かれてなさそうだ。

「昨日は早く寝たからな……。百地、昨日の疲れは溜まっていないか?」

「ふひゃい。……霧山くんこそ、昨日は驚かせてしまいごめんなさい」

「え? 二人とも、昨日は何かあったの?」

「忍足さん、昨日は——こほん、わたくし、実はこっそり特別寮の中を案内してもらっていたんです! どうしても一度どうなっているか気になっていて……ですよね、霧山くん?」

 百地さんはうっかりわたしが忍者であることを前提として、霧山くんと話を進めそうになっていたけれど、間一髪のところで気づいてくれた。良かった……。

「え? ……ああ、そうだ。司は来たことがあるからいいとして、今度は萌黄や忍足さんも来てみるか?」

 「うん! 一回行ってみたいと思ってたんだ!」と、霧山くんに答えそうになるところでわたしは現状が相当まずいことを察知した。

 朝早いとはいえ既に何人かいた霧山くんを真剣に狙っていると思われる女子や、昨日の今日だからか少し早めに食堂に来て、会話の内容を聞いてしまい目が朝から血走っている箱島さん。

 少なくとも吸血鬼や砲丸丸については聞かれていなさそうだけれど、それとは別の方向で危険だ。

 うーん、百地さんと霧山くんはこの状況には気付いていないし、下手したら、いやもう既に次のターゲットが百地さんになりかねない。

 こういう時こそ言葉を慎重に選ぼう、これ以上周りの女子を刺激しない言葉を!

「う、うん。だったら今度、萌黄とも一緒に行ってみたいな~。後他に、一度特別寮がどうなっているか気になる女子も誘ってさ~」

「いや、いくらなんでも特別寮とはいえ俺の部屋でもあるから、親しい人間、幼馴染みの司や萌黄、同じ部活で友人の百地さん、それに俺の恩人でもあり特別な人でもある忍足さんでもない限りは招き入れたりはしないさ」

 …………特別な人? え? わたしが?

「そ、それもそうだよね。でも特別って……」

「……どういう意味だろうな?」

 霧山くんの意味深な言葉と、何やら思惑がありそうな表情にびっくりしてしまったわたしの心臓の周辺がどきんと痛む。

 いつも不愛想な霧山くんからは考えられない、少しばかり企みがあるような笑みを浮かべているし、一体、どういう意味……?

「えっ、まさかお二人は——」

「あ、わたし先生に呼ばれてたんだっけ! じゃあ百地さん、霧山くん、また後でねー‼」

 何故か顔を真っ赤にしている百地さんなんで⁉︎ とツッコミを入れたくなったけれど、これ以上話を進めるととんでもないところに不時着してしまいそうだし、このまま話を進めても、話を聞いていて女子の視線で串刺しにされてしまうと判断したわたしは嘘をついて、まだ朝食を食べていないのに食堂を後にした。

 それでも一度二人がいる方を振り返ると、百地さんが顔を真っ赤にする中、霧山くんはじっとわたしの方を見ながら微笑んでいたけれど……もう、こんなことをされたら紫陽花としても接しにくくなるじゃん!

 だって、君はわたしのクラスメイトでもあり、護衛対象でもあるんだからさ!

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