第6話 仕方ないのかもしれないけれど
翌朝、昨晩は霧山くんもいきなりのことで気疲れをしていたのだろう、どうやら特別寮の自分の部屋に戻った後は八雲くんとも顔を合わせず、食堂などにも行ったりしなかったようだ。
と、昨日の夜遅くに萌黄さんから来ていたメッセージでわたしは知り、何も知らなかったことにしても怪しまれると思い、簡単なメッセージを紫陽花ではなく忍足紫として霧山くんに送った。
そしていつもよりちょっとだけ遅れて、食堂で朝食を食べようとしていた瞬間、誰かからのメッセージを受信した。
霧山くんかもしれないし、確認してからゆっくり朝食を食べようとしていたわたしは、メッセージの内容を見て目を点にした。
『紫、すまない。今朝から数日、他の地域にある姉妹校に急遽出張することになってしまった。どうやら私の料理知識や運営ノウハウを姉妹校の食堂施設に享受して欲しいとのことでな、断るに断れないので、今回は悪いが行かせてもらう。お前の噂や近況も理解しているが、自信がないなら私が帰るまでは大人しくしていても問題はない。あと、お父さん特にお土産は買ってこないからあまり期待はするなよ〜』
……なんとも反応に困る内容のメッセージだけれど、つまりは数日は少なくとも孤立無援ということか。
昨日の今日とおうこともありタイミングが悪いにも程があるけれど、長期的な目で見ればこうした事態も起こることは十分予測の範囲内だ。
こうなると町田さんには申しわけないけれど、解決にはしばらく時間がかかってしまうかもしれない。
正体不明の強力な亜人が同じクラスの誰かということ以外不明だし、仮にその亜人がわたし、というより紫陽花に気づいていても、正体が分からなければ手を出すどころか打つ手なしだろうし。
……こう考えると昨日町田さんに待ったをかけたのは大失敗だったかもしれない、と思いながら黙々と朝食のかぼちゃサラダを食べていると、今朝は珍しく早起きだったのか、食堂に入ってきた百地さんと目が合った。
お互い目が合ったので、わたしから軽く手を振り返すけれど、……え、何故か明確にわたしが手を振ったところを見た後でそっぽを向かれてしまった。
あれ? と思いながらサラダを食べ進めながら百地さんを目で追っていると、……わたしがいる方向とは全く別の方向の席に腰かけた。
……色々思うところがあったわたしは、食べ終わった後も少し長めに席に座って百地さんを待っていたけれど、その間百地さんはずーっとわたしのことを目を合わせないようにチラチラと見ていて、最終的に他のクラスメイトと合流するまで何度もわたしのことをチラチラ見返していたけれど、わたしとは決して目を合わせようとはしてくれなかった。
これがいじめ、いや無視ってやつなのかな?
百地さんのことだから何か事情があったり思惑があるとは思うけれど、いざされてみると結構傷つく……!
「あら? 忍足さん? 朝から一人でお食事?」
「早起きなんだけど寝坊しちゃってね。………………箱島さんもかな?」
「私はこれからクラスの皆さんと合流するところですわ。……貴女、今私の名前を忘れていなかったかしら?」
百地さんが食堂を出た後も、一人でボーっとしていたわたしに話しかけて来たのは、わたしと同じクラスの箱島……桜子さんだったっけ?
確か萌黄さんと同じく初等部からこの学園に通っていて、現状クラスの女子どころか一年生全体を束ねるボスザル……流石に失礼なので言い方を柔らかくすると、お山の大将的な存在の女子。
勿論いいところのお嬢様らしく、取り巻きをいつも引き連れているし、現に少し近くには取り巻きの女子が座っている。
まあその取り巻きの女子も、中には霧山くんが気になりつつも箱島さんを応援する女子に思えるけれど、実は半数ぐらいが霧山くんファンクラブの女子で、わたしに暖かい目線を送ってくれているから、大分、いや今すぐにでも崩れそうな砂上の楼閣なんだけれど……。
「そんなことはないよ。……そうだ、最近変な噂が流れてるのは知ってる? なんでも、初日に起こった霧山くんのボールペンに関するあれこれは、解決した忍足紫って女子の自作自演かもしれないって」
「……それを私に話すのは挑発と受け取っていいのかしら?」
彼女は割と頭に血が上りやすいタイプなのだろうか、それとも環境のせいでわたしみたいな同年代のちんちくりんに反抗されると思っていなかったのか、箱島さんは少し顔を歪ませた。
「いや、事実無根だから困っているだけ。食堂に来るまででもすれ違った子からひそひそ言われたから、これ以上広がると霧山くんにも迷惑だよねって」
箱島さんに目を逸らさず、また箱島さんがわたしから目を逸らさないよう目に力を入れながらわたしはそう彼女に語り掛ける。
遠まわしな言い方になったけれど、霧山くんのためにもこんなことをやめてね、という意志と、それとも貴女は亜人でわたしの正体に気づいていて、排除するために悪意ではなく敵意を持っているのかという疑念を込めて。
「まあ、それはそうかもしれないわね。でも残念、私以外にも貴女のことを疎ましく思っている子は多いのよ。彼と幼馴染みの他に恋人がいる誰かさんや、凛々しい割に気弱な誰かさんでもない限り、今までは誰も、いやこれからも誰も霧山くんには近づけないはずだったのよ」
なるほど、既に百地さんにも根回し済み、いいや、百地さんのことだから昨日から今日で一気に拡大した噂の強さに耐えかねて、自らわたしと距離を取ってくれたのかな。
まあファンクラブの女子は百地さんに味方してくれるだろうし。あまり噂の影響を受けなさそうな少人数の家庭科部もあるから、一過性のことで済むとは思うけれど。
「そう、……ならわたしも立ち回りは考えておくね」
「ええ、例外は他に恋人がいる誰かさんだけで十分だもの」
「ふーん。……で箱島さん、その他に恋人がいる誰かさんに朝食を食べられているけれど大丈夫?」
「え?」と箱島さんは驚くけれど、彼女が持っていたはずのプレートに盛られていた豪華な朝食は、会話の途中で箱島さんの隣にいつの間にか腰かけていた、寝ぼけ気味の萌黄さんが全て平らげていた。
実は話し始めてちょっとのところで、朝が弱く寝ぼけている萌黄さんが、わたしと箱島さんが話していることに気づき、そのまま座りやすい場所、つまり箱島さんの隣にずかずかと座っていたのだけれど、忍者でいる時のようなわたしの強い目に怯んでいたであろう箱島さんは気づけなかったようだ。
まあ、実はわたしと箱島がお互い目を離さず話している中、こっそり箱島さんが持っていたプレートを萌黄さんがいる方にじりじりと移動させて、寝ぼけている萌黄さんに食べさせるよう誘導していたんだけど。
「ちょっと! なんで貴女が食べているのよ!」
「え~……、眠かったし目の前にあったから~。というか桜子ちゃん特別寮なんだから部屋で食べればいいのに~」
「そろそろ朝食のラストオーダーが迫っていますよ、……箱島さん」
「——っ! 覚えてなさいよ!」
テンプレみたいな捨て台詞を吐きながら、お嬢様で大将の箱島さんとて朝食なしは辛いのだろう、せかせかとカウンターへ向かって行った。
「さて、ゆかりん、さっきはごちそうさま。……で、もう蒼とつるむのは嫌になっちゃった?」
「いいえ。箱島さんたちとは違う形の、萌黄さんと同じような好感を彼には抱いているし、なによりこんな形で彼から距離を取るのは彼に失礼だと思っているから」
「想像以上にどっかの誰かさんみたいな真面目なご回答。まあ、百地さんのことも含めて今日明日で解決できるものでもないし気楽に行こ。だから、これからはさん付け禁止」
「うん、ありがとう。萌黄」
萌黄ってば、寝ぼけたふりして全部気づいていたんだ。
わたしが無意識に萌黄と距離を取ろうとしていて、ずっとさん付けで呼んでしまっていたこと。
そうだよね、まだ入学してからたった一週間で、萌黄や百地さん、霧山くんや八雲くんとも仲良くなったばかりで部活も今日から。
それに、きちんと話したのが初めてでお互い印象が最悪になっている箱島さん、謎の亜人に怯えて先走った行動をしてしまった町田さんのこともまだ何も分かっていないような状況なんだ、怯えていたって何も始まらない。
……それに! あの地獄の受験勉強をくぐり抜けて入学したんだ!
こんなことで心が折れていたら何ヶ月も友達とまともに遊べず、忍者の修行もできなかったあの時間はなんだったんだ! ってことになるんだ、絶対に解決して見せる!
……と、朝決意したはいいものの、わたしに対する良くない噂はすごい勢いで拡散してしまっていたみたいで、登校するまででも、教室の中にいる時でも、教室を移動する時もずーっとわたしに向けられる視線はどこか冷たいものを感じさせ、またちょっと耳をすませば「実は裏口入学している」、「家庭科部の先輩に霧山くんと親しいことを盾にして入部を迫った」、「食堂にあるかぼちゃ料理をとにかく食べまくるのでもう食堂の人から警戒されている」、「実はすごい手品師の娘で、手品で霧山くんのボールペンを盗んだ」、などの突拍子もなければ真実味もない噂が広まってしまっていた。
こうなったら実は忍者でーす! ……とやけになって暴露したくなるけれど、当然そんなことは言えないし、知っている人はいるだろうけれど、亜人のことを知らない人がほとんどだろうから、もし暴露してもこの状況じゃ証明どころか逆に疑われるだけ。
まあ、それと同時に妙な噂も同じく広がっているから、我慢するのが最適解だろう。
「文学部の部員があの有名レーベルから賞を貰っていて、もうすぐその本が出る⁉︎」、「三年生の修学旅行の行き先について急な変更が必要になった」、「初等部生徒会長が高等部生徒会長との議論に勝った」、などなど。
……初等部生徒会長、もしかして要注意人物かも。
そう授業を受けながらも、今後について考えていたら、いつの間にか放課後になっていたからつい「はあ……」、と大きなため息を漏らしてしまうけれど、百地さんがそんなわたしのことを気にしてくれたのか、パチリと目と目が合う。
でも百地さんにすぐに目を逸らされてしまい、そのまま百地さんは教室から駆け出してしまったけれど、実は今日一日、噂より百地さんの視線の方が気になって仕方なかったんだよね。
念のためを思って、朝話しかけても無視されてしまったけれど、……百地さんなりに気にしてくれているのか、授業中は勿論休み時間まで、後ろの席からじーーーーっとわたしのことを見つめてくるから、逆に怪しいとまで思えてしまったほどだもの。
しかもクラスメイトや先生からしても異様な光景の様で、今日二回ほど百地さんは先生に注意されていて、クラスメイトもわたしよりそんな百地さんの方が話しかけにくいみたいで、放課後を迎えた時にはクラスで浮いている生徒がわたしじゃなくて、百地さんに成り代わってしまっていた。
とはいえ今日から始まる家庭科部なら一年生も五人だけだし、先輩方も妙な噂に関しては気にするなと言ってくれているし、家庭科部の人で集まってから百地さんとゆっくり話そうと思ったその時だった。
「じゃあまた後でな、司。……ん、忍足さん、ちょっといいか?」
「霧山くん、家庭科部のこと?」
八雲くんと話していた霧山くんを置いて、わたしは百地さんの後を追う形で教室を出ようとしていたその時、霧山くんにいきなり引き留められてしまった。
仮入部期間が始まったこともあり、教室に居る生徒が少なかったから幸いだ。
特に目をつけられたら面倒臭そうな、いやもう着けられている箱島さんが既に教室からいなくて助かった。
「ああ。今連絡が来たんだが、今日の家庭科部は部長副部長共に疲れで知恵熱を出したから急遽休みらしい。残念だな」
「そ、そうなんだ~。じゃあ、わたしはこれから部屋で集中して勉強しようと思ってるから——」
「あ、ああ。また後で──」
霧山くんから休みの連絡を聞いたわたしは、スマホでメッセージを確認した後、これ以上教室に居ることで悪目立ちすることで、霧山くんに迷惑をかけてはいけないと思い、急いで教室を飛び出してしまった。
本当はこんな形じゃなく、もう少しだけ話してからでもいいと思うけれど、これ以上噂が飛び火すると流石に手に負えなくなる!
……まあ、後で霧山くんのお部屋に紫陽花としてお邪魔させてもらうから、帳尻は取れているはずだ。
それに、時間が出来たのならできる範囲で色々調べた方がよさそうだ。
わたしの噂が校舎内で多くなったおかげで、逆にそうなった今でも話されている噂の信憑性も上がったんだ。
こうなったら徹底的に諜報活動。……それでもクラスメイトを疑うのは忍びないんだけれど。
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