第5話
「――おい!」
「――この、声は……おっ――こほっ、う……パチカス?」
「誰がパチカスじゃ! スロカスとヤニカスも兼ねとるわ!」
怒鳴り声を無視して起き上がると、そこは、白い、白い、空間だった。
「起き上がらくていい、ここは――」
「……地獄?」
「ナチュラルに二人共地獄に落とすな!」
閉まりきったカーテン、ふかふかのベッドに尻を着け、見回すと、真隣の机に花瓶があるだけで、過剰な装飾が見当たらない。
病院だと、そこで気付いた。
「……あれ、間に合ったんすか?」
「……起きたことやし、仕事行ってくる。後はササキに」
「え、ちょ」
会話が成り立たないで、クニーは出ていく。
……スライドドアをスライドさせたら、今度はスーツの男が立っていた。
「代わります」
「おう」
……ササキ。
俺はささっちと呼んでいるが、渋い声の男は俺等のチームの最後の一人だ。
出張帰りで前回の任務に参加していなかったが、こいつは端的に言うと大酒豪。
そんで、雀士だ。
ちなみに、頭良さそうに見えるから敬語を使っているらしい。
「……あの後、事情を聴取しましたが、あの時……最悪の手段を使いましたね」
「……はい」
「オク・ロゥ・メッサカーサ――空島の先住民の言葉で、覚醒せよ、と言う意味。およそ数万人に一人と言われている、異能力を発現させるトリガーでもあります」
「理解してる」
「殆どが先天的なもので、後天的なものは前例がない。産まれた時に検査しているはずですが、あの時、その言葉を聞いて、発現した人がいます」
「……」
「巻き込んだのは貴方です、責任を取って説明し、速やかに一般的な生活に戻してあげなさい……っと。まあここまでが上の言葉です」
規則的には、この場合、裁判などのものもない。
黒の異形と同じ、裏の存在……
表沙汰にしてはいけないものだ。
異能の発現者は少なく、前例は殆どが生後数ヶ月の内に行われる検査などで判明する。
積極的に探しているが、それでも数えるほどしかいないのが現状だ。
その割合……だいたい五億人に一人。
素性も知らない人が……たまたま、そうだった。
「――積極的に探すよう、指示は出ています。なのであながち、間違いではなかった」
「……」
「それだけです……仕事があるので、自分もこれで」
「え……」
他に何か、言われてないのか?
俺は、一体、どうなるんだ?
その背中に……問い掛けることが、出来ない。
「……」
気付けば、病室で一人、座っていた。
――
急激な眠気に襲われたから、寝てしまった。
何時間経っただろうか。
……今更になって、体が痛む。
マズい。
ぶっ壊れそうだ……
「……」
一旦、息を吐く。
落ち着け。
……落ち着け。
「……よし」
痛みを無理やり我慢して、取り敢えず起き上がって座る。ついでに、カーテンも開けた……外は夜だ。
「……スマホ……」
そう言えば、あの人に預けていたんだっけ。
捨てられても文句は言わないけど。
「検索履歴さえ見られなければ――っ」
途端。
スライドドアが開いた。
「……」
「えっと、あの……」
……誰?
俺の知り合いに低身長の女の子はいなかったはずだ。
しかも、こんなに、可愛い……
「――その、誰だ? 俺の知り合いか?」
「あ……えっと、あの時、逃がしていただいた……」
「……あの時の?」
あの時の、って言ったら、俺が邪気を吸った幼い少女くらいしかいない。
「はい、逃がしていただいた、
……ペコリと頭を下げて、たどたどしい手つきで、胸ポケットから……名刺を取り出した。
って、これは……
「レティーの……名刺?」
「はい。レティーの、地下? が拠点で、えっと……戦闘担当? らしいです」
「……地下?」
地下って、あの……地下?
……もしかして。
俺が、メッサカーサと唱えた……あの……
「――それで、ここに、特別異能保持者ってあります。何のことか分からないですけど」
特別異能保持者……特異者とも言われる特殊な能力を持っている人……
五億人に一人の人間だ。
「……どうかしましたか?」
「どう……いや……どうもしてない。うん。そう言えば、こんな所にいて大丈夫なのか?」
地下……レティー最強のチームの、部屋がある。
住所は、レティーのチームの住んでるビル。勿論、俺もいるところだ。
そんな一人が、ここにいる?
「……大丈夫らしいです。その、助けてくれた人に、お礼を言いたくて」
「……お礼?」
「あの時は、ありがとうございます。瘴気……? にやられて動けなくなった時、瘴気を吸ってくれたって聞きました」
確かに、俺は、幼女を逃がした。
でも……
「でも。俺は……俺には、沢山の人を助けられなかった」
そうなのだ。
俺は結局、スーパーの中の多くの人を見殺しにしてしまった。
「――違います」
「え?」
「その、黒宮さん」
否定した。そのことに、驚いた、
そして、俺の名前がバレてることにも驚く。
「黒宮さんが、私を助けたことは変わりません。死者を悼むのも大切ですが、次の死者を出さないことのほうが大切……だと思います。差し出がましいかもしれませんが」
「……」
……俺は、人を間接的に見捨て、自分だけ生き残ったことを恥じている……と、勘違いしているのだろうか。
実際は、もっと汚い感情だ。
金も充分あるし、もう、レティーを辞めよう、と。
あんなに人を殺したのに、無感情にそう思ったことに、驚いた。
感謝されて、同時に期待されたことを、感じ取れなかった。
……感謝を踏み躙った、そんな、感じだった。態度がそう言っていた。
「……俺が悪かった。そうだな。あいつは許せない」
「そうですよね!」
……正義感が強いのか……当たり前、と言うようにそう発する。
……ベッドの脇まで、歩いてきた。
「――そう、許したくありません。そして、沢山の人が、この被害に遭うかもしれない、って聞きました」
「……」
「……同じ部屋の人に訊きました。地駿――それに、他の技についても、教えていただけませんか?」
……お見舞いも兼ねて、こういう事を言いに来たのか。
「俺である無いんじゃないか?」
「黒宮さんがいいんです」
「……そうか」
勿論、断ってもいいが……
断る理由が殆ど無い。何故なら、仕事量がめちゃくちゃ少ないから。
「――分かった」
「ありがとうございます! そ、その……また来てもいいですか?」
「……別に」
いい……訳では無いが、向こうは真面目だし、駄目と言ったら余計な不安を与えるだけだろう。
「俺、まだ退院予定とか聞いてないからな」
「あ……そのこと何ですけど」
「ん?」
「ここ……事務所の保健室? らしいです。だから、いつでも出ていいって」
「事務所の?」
事務所……ビルの正方形の内側にある会社で、ささっちの所属もそこだ。
いる人が対応する、がモットーで、レティーの殆どが事務所に勤めている。
夜勤明けの数時間だけの人や、警備会社と二足の草鞋の人など、自由度は高め。
各個室とビルが一体化している、と言った感じで、ささっちの個室は、俺達もいる、六階の角部屋だ。
七階以降はいろんな部屋が割り当てられており、十四階の西側に、ほぼ誰も使わない、保健室がある。
養護の人の出勤時間もバラバラな為、誰もいないというのはよくあるらしいが……とにかく、出られるならそれにこしたことはない。
「腹が減ったし、俺は飯を食べてくる」
「あの、そのことなんですけど……」
「ん?」
「これ……お見舞いの果物です」
くるっと振り返って、スライドドアの近くに置いた買い物袋――の内の一つを持ってくる。
「……今、そんな季節か」
「……?」
果物の種類とかで、旬が分かった。久し振りに季節を感じる。
スーパーでは、季節のコーナーとかに全く行かなかったもんな。
「じゃあ、ありがたく頂いておく」
好意を無碍にする必要は無い。
文字通り、ありがたく受け取った。
「あ! そうでした、そういえば……」
「?」
「……スマホ、お返ししますね」
スマホ……
二年ほど使い続けてきた、黒いスマホ。カバーも付けずにいる、結構綺麗なスマホだ。
連絡用としても使っており、連絡先には、レティー本部、ささっち、クニー、一番直接会うことが多いミネさんは一番下だ。
「……それで何ですけど」
ふと確認していると、声が掛かった。
「連絡先交換……してもいいですか?」
「交換?」
「はい、交換したほうが色々と便利なので」
「……そうだな。食堂でしよう」
「はい」
部屋でやることは無い。
後は……と思っていたところ、最後の最後に、少女はスーパーの袋をもう一つ持った。
中には、不健康そうなカップ麺やペットボトルの数々……
「これも、どうぞ。黒宮さんの買った荷物です」
「……ああ」
思い当たった。まだ、これもホテルに置いていなかったな……
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