第4話

「――はい、もしもし」

「ご……五区、レベル四? 遺言? です」

「――は?」

「えっと……」

 少女はそこで電話を切る。

 繰り返すのを忘れてしまった。

 そんな反省もする暇もなく、貰った徽章を頭の上に掲げて、とにかく、スーパーから離れる。

 すると、すぐに声が掛かった。

「お嬢ちゃん……それ、どうしたんだい」

「え……っと、おじちゃん」

「もうこんな年齢か……」

 頭頂部だけ黒く、他が金髪で、手にお菓子を持ったおじちゃん。

「勝って気分がいいし、怒らないでやるけど、どうして持ってるん――」

 途端に、周囲の家の電気が一斉に消える。

「……って、そのスマホ……」

「あ、えっと……ゼロ四つ」

「……借りるよ……うわ」

 そのままおじちゃんは、電話を始める。声は全く潜めていなかった。

「クニーだ、ササキ。え? さっきの電話……確認できてないが」

「……」

「お嬢ちゃん、その、人みたいな黒い変な奴、見なかったか」

「……見ました」

 振られたので、少女は答えを返す。

「その……おじちゃん?」

「待って下さい、その、そいつはもしかして、瘴気とか、液状化とかを――」

 電話越しに、ササキ、と呼ばれた人の声が聞こえてくる。

 ササキは男の声をしていて、声質は渋く、敬語だ。

 その声に、正直な記憶を答えた。

「男の人が殴った時に、ペチャって音がして」

「……」「……」

 二人して黙られ、気まずい沈黙が流れる。

 そこで少女は、あの男の人が言っていた、逃げろ、と言う指示を思い出した。

「そうだ、に、逃げないと」

「……クニー、そいつを逃がせ」

「はあ!? でもよぉ! あいつが……」

「クニー! ――俺はちょっと掛け合ってみる」

「……」

 電話がぷつりと途切れると、クニーと呼ばれたおじちゃんは、顔を真っ青にした。

「おじちゃん?」

「あいつが……いや」

「あの人が、どうしたの?」

「そりゃ、危ないに決まって――あっちょっ! バカ!」

 危ないと聞いた瞬間、少女は、滅茶苦茶な正義感に駆られた。

 それは、現状を把握できていなかった、というのもある。

 ただ、自分を助けてくれた人の安否を見ておきたい。

 短絡的だったのは、あった。




「――っ、ぁ」

 クソッ――

 片腕折れた、片膝が潰れたし、弾もほぼ無い。

 物陰に身を潜め、一発だけ残った、閃光弾を入れる。

「くっ……」

 右手の掌がボキボキだ、何も出来ない。

 「クソッ」と吐き捨てて、銃を左手で握る。

 左腕は折れてるが、マキシマムを握れるのはこっちだ。

 満身創痍。

「ケラケラケラヒヒャァ」

 嘲笑うように、異形の口角が上がる。

 眼の前でまた一人、人が吸収された。

 これで十人。

 レジの上に立って、翔ぶ。上から、重力加速をさらに利用して、力を溜める――

 折れた右手で、俺は――

 地駿――

 ダンッとスーパーの床を踏み締め、加速して、黒に迫る。

 殴り、蹴る。一発は受け止められ、二発目は液状化で受け止めた後に切り離される。

 異形が離した人……もとい、死体を踏んで、膝でもう一度、蹴る。

「――ぁああ゙――!」

 駆け上がるように、背中を向けて逆立ちしていく。

 足で足、胸と踏んでどんどん駆け上がり、頂点に付く頃には、踵で強く顎を蹴る。

 沈んだ両手の感覚が消え掛けになる。

 まだ、消せない、まだ!

「――」

 まだ。

 ま……だ……

 気付けば、窓を破って、スーパーの外に平伏していた。

「……」

 血と黒に塗れた体。ふらりと頭を起こすと、目の前に、幼い少女がいた。

「……お――」

 ポロッ。

 お前、と言おうとした途端、歯が落ちる。

 ――黒い世界の中で、目の前の少女の目だけが、光っていた。

「……」

 その目が、黒く、濁る。

 絶望に、染まる――

 瘴気の影響が、ここまで……

「――っ」

 手を握る。血に濡れた左手。マキシマム越しに。


「……邪を呑む」


 フクラノエモウ

 トジノマソユキ


「――一発、閃光弾が入ってる」

「……え?」

「……瞑想するんだ」

「……」

「オク・ロゥ・メッサカーサ」

「――な、何?」

「……目覚めて、くれ……」


 …………




「……力が、湧いてくる」

 思わず少女は、呟いてしまった。

 さっきの、よく分からない一言で、心の奥底から、何かが湧いてくる。

「――行かなきゃ!」

 謎の力が疼く。

 不思議と、何でも出来そうな感覚だった。

 使い方が、分かる――

 恐怖心はいつの間にか無くなり、後に残るのは、自分を救ってくれた人をここまで陥れた異形の黒色に対する怒り。

「……!」

 スーパーの中は暗い。

 だが……

 頭の中で弾けるように、アイデアが浮かんだ。

「――白炎」

 白い光が、目の前に顕現する……

 光と炎。二つの役目を果たすそれ。

 異形が、まるで夜空に描かれた一等星のように、浮かんで見える。

「……」

 そして同時に、事態の凄惨さを知った。

 人が、服だけになっている。

 血が噴き出し、地面を赤く染める。

 自分の異質な力に驚くよりも先に、怒りが湧いて出た。

「――許さない」

 ふと、呟く。

 少女は、一歩、黒影に向かって踏み込んだ、

「――!」

「クカカカカカカカカカピャァァ」

 頭を振りかぶり、少女に向かってくる異形。

 ――その姿を、目で追えない。

「……うッ――!」

 白炎が消える。少女が異形の打撃で、入り口まで引き下がる。

「――」

 少女が肌で死を感じる。

 速く、弧を描くように、少女にもう一度迫る。

 ……少女は、その攻撃に、端的に答えを返した。

「――白炎」

 もう一度、自分の異能を見たまま答えた。

 白炎が、天に舞う。

 少女の周りを流れ、一周、二周、そして、斜めに燃え、頭上まで包み込む。

 白炎の壁に一筋、黒い影が迸った。

 手が、伸びる。

 その手が――腕が――

 白炎に焼かれた。

「ウゥ!」

 声に成らない断末魔を叫び、白炎に浄化される。

 焼かれ、灰となって。

 黒い靄まで、光で溶かして……

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