002
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書類を提出し、渡り廊下を歩いて図書室へ。俺たちの通っていた中学校は(過去形にするのも変な話だが)、あまり大きくない一般的な校舎だ。
その為、スポーツ部以外に部室というモノは用意されておらず、文芸部の活動拠点は図書室の一角。少し薄暗い、一番奥の長テーブルのようだった。
「はじめまして、よろしくお願いします」
簡潔な挨拶をして、静かに席へ座る。メンバーは、今年入部した俺と春川を合わせて八人。活発でない文化部にしたって不人気に思えるが、アラサーの俺としてはむしろ少人数である方がありがたい。
ところで、文学色って何色だろう。俺は、渋い焦げ茶みたいな色をしていると思う。
「春川優子です。好きな小説は――」
この時代のラブコメと言われれば、俺はケータイ小説(異常な改行とか絵文字とかあったよなぁ)が原作の有名なドラマを思い浮かべるのだが。春川が挙げたタイトルは、またしても意外で女子向けのライトノベル小説だった。
しかし、なるほど。
考えてみれば、ラブコメと言われればメーンシーンはライトノベルというのも納得だ。俺は、彼女や先輩たちが口にしたキャラクターや感想を端で聞いて「懐かしいなぁ」としみじみ思った。
「サエキはどんなのが好きなんだ?」
突如、メガネを掛けた部長に呼ばれた俺は、先程春川に告げたモノと同じタイトルを言った。すると、部長殿は痛く俺を気に入ってくれたようで、ホームズから始まる歴史を振り返りながらミステリー談義に花を咲かせた。
どうやら、この部活にミステリー好きは彼しかいないらしい。男子三人、女子五人。中学生が話題の合わないコミュニティで自分を殺し他のメンバーの話を聞いているというのは、さぞ窮屈で退屈な経験だっただろう。
俺は、盛り上がる部長殿の話に相槌を打ってときおり笑ってみせた。大人だろうが子供だろうが、やはり俺の役割は聞き手であるようだ。
尤も、俺が彼らに講釈を垂れるのは、実に大人げなくて憚られる行動だと思うがね。
「それでは、今日はここまでとする」
結局、今日の活動は部長殿の話を聞いているだけで終わった。帰り道、春川は途中まで同じ道だ。因みに、俺の方が学校から遠い。
まだ歴史が変わらないのなら、彼女が危険な目にあったという情報に覚えはないので運命的に安全であると太鼓判を押してしまえるが、それでも俺は彼女を見送りたかった。
ひょっとすると、それは殺されたトラウマのせいだったのかもしれない。分かっていても、彼女には安全でいて欲しいのだ。
「春川、途中まで一緒に帰ろう」
「うん」
何かしら、否定の文句を言われるモノだと思っていたが、春川はあっさりと承諾して俺の隣に並んだ。中学生って、こんなにも素直なモノなのか。俺は、誰かに噂されたりバカにされることを心から恐れていたモノだが、やはり彼女は強い女の子であるようだ。
「サエキ君って、聞き上手だったんだね」
「そうかな」
「うん、そうだよ。部長さんの話、ずっとニコニコして聞いてあげてたもん。優しいなって思ったよ」
「まぁ、嬉しそうな彼を見て、ずっと肩身が狭くて寂しかったと思ったんだ。だから、俺が知ってることなら出来るだけ応えてあげたい」
「小学生の頃は、サエキ君も寂しそうだったもんね。なんか、春休みの間に凄く大人になったみたい」
実を言えば、小学生の頃の記憶はあまりない。別に何か嫌なことがあったワケではないが、逆に何も無かったからこそ印象浅くて忘れてしまっているのだろう。
「春川からみた俺って、どんな子供だった?」
失言。今の俺だって、充分子供だ。
「みんなと関わりたくないんだなぁって感じ。だから、部活に入るって聞いて本当はビックリしたよ」
「なるはど、驚かせて悪かったよ」
「そ、そういう意味じゃないよ。でも、よかった。しかも、本のことたくさん知ってるみたいだし、副委員長にも立候補してくれたし、こうして送ってくれるし」
そういえば、春川にはお姫様願望があるんだったか。しかし、見た目も冴えない貧弱な俺では、王子様でなく、よくて御者といったところだろう。
「迷惑だった?」
「ううん。なんか、中学生のサエキ君は頼りになるかもって思ってる。あなたの口調、落ち着いててお父さんみたいだからかな。私もつい、素直になっちゃってるよ」
「おっさん臭いのには、目を瞑ってくれると助かる」
「うふふ。いいんだよ、だって文学少年だもん。私的には、そういう男の子もありって感じ」
「光栄だね」
三叉路まで来て、俺は二、三言葉を交わしてから春川と別れた。
「また明日ね」
「うん、また明日」
……違和感、と呼べる程分からない感情ではない。
ただ、明確に俺は中学生ではないということを理解した。こういう表現が、きっと正しいのだろう。
俺は、夕闇に消えていく春川の背中を見送って、あの頃には長く感じた、しかし今では大した距離でも無い道程を部長殿の楽しそうな笑顔を思い出しながらゆっくりと帰った。
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