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中学生の頃に戻った。
そんなことを今の容姿で口にすれば、きっと多くの良識ある方々には世迷い言だと思われるだろう。或いは、年相応とは言い難い、少しSFチックな厨二病に陥ったとして温かい目で見守られることだろう。
しかし、信じて欲しい。俺の脳みそは正常だ。
どういうワケか、世界は俺の魂の所在を過去へ留めた。こうなってしまった理由は分からないが、少なくとも原因は把握している。大人だった俺が最後に見たのは、ナイフを振り回して狂乱する謎の男だったからだ。
要するに、俺は殺されてしまったのだ。
まるで他人事のような口ぶりだが、なんてことのない平凡な男の人生の幕切れとしては、それなりにドラマチックだったんじゃないかとも思う。なんて考える自分を俯瞰すると、一度死んで人間として大事なモノがポッカリと抜け落ちてしまったようにも思う。
そして、そんな可哀想な俺は今、あの頃の教室であの頃の授業を受けている。当時はダルくて仕方ないと思っていた勉強は、大人を経験した俺にとって非情に興味深い代物へと昇華していた。
なぜ、こんなにも楽しいことを当時の俺は楽しまなかったのだろうか。それとも、俺が忘れているだけで、当時は勉強よりも楽しいモノがあったのだろうか。
よく覚えていないが、まぁいいか。
そんなワケで、俺は二度目の中学生を満喫しているのだった。普通に灰色の生活だったような気がしてならないため、二度目の青春とは呼べないという些末な点はさて置き。重要なのは、幸運にもやり直す機会を貰ったということだ。
ここで生きるしか無いのなら、後悔をしないように生きてみよう。バラ色が何色なのかは知らないが、探してみるのがいいかもしれないな。
「ねぇ、サエキ君」
話しかけてきたのは、クラス委員長であり文学部に所属している春川優子だった。
春川は、嘗ての俺が好きだった女の子だ。
特に接点があったワケではないが、最初の頃は中学一年から責任感を持ってクラス委員長なんかをやらかす気概や秩序を担おうとする妙な正義感に鬱陶しさを覚えていた。しかし、やがて断片的な関わりから彼女に感じたのは、不器用ながらも『誰かの力になりたい』という至極ひたむきな気持ちだった。
ルールに縛られ、レールの上を歩くことしか出来ない脆弱な精神のせいだと、見る者が違えば言うだろう。
しかし、特に目的意識もなくコンテンツの消費に時間を掛けていた俺は(勉強より楽しかったことってこれか)、次第に彼女の生き方に惹かれていた。自分の力を他人のために役立てたいという考え方が、ひとりぼっちだった俺には輝いて見えたのだ。
だから、惚れた。
「なに、春川」
俺は、身長が割と低いクセして気の強い、地味ながらも正義が顔に滲んだような、黒髪にエッセンシャルの香りが漂う真面目な女子が好きだった。何をするにも精一杯で、そのクセ他人を見捨てられない彼女に憧れていたのだ。
……だから、彼女には最後まで学校を好きでいて欲しい。
いつしか正義が敗北し、彼女の理想が崩れ去って。そして、もう前を向けなくなったせいだろう。俺の知る彼女は、卒業式に参加していなかったから。
「部活動の入部申請書、今日までだよ。先生に出しておくから、サエキ君も提出してくれないかな」
「分かった、俺も一緒に行くよ。せっかく副委員長になったんだから、荷物持ちくらいは手伝わせて欲しい」
「じゃあ、私も荷物持ってくるね」
放課後。
俺は、書面の空欄に崩した丸い文字で『文芸』と記入してクラスメート分が入った段ボールの一番上に自分の用紙を重ねた。一度目の中学校生活では、俺は部活に所属しなかった。とにかく人とか関わるのが苦手で、放課後は早く一人になりたかったからだった。
なんてもったいないことをしたのだろうと、今になって思う。こんなふうに後悔ばかりしているから、見兼ねた世界が俺に二度目の人生を与えたのかもしれない。
「サエキ君、どこの部活に入るの?」
「文芸部にしようと思ってる」
「へぇ、サエキ君って読書好きなんだ。どんなの読むの?」
俺は、有名な推理小説を幾つか羅列した。本当に好きな作品を言わなかったのは、この時代に存在していたのか覚えていなかったからだ。
「そういうのが好きなんだ。えへへ。実は、私も文芸部に入ろうと思ってるんだよ」
「なるほど、春川はどんな本が好みなの?」
「最近はね、ラブコメを読んでるの。恥ずかしいんだけどね。子供の頃から絵本に出てくるお姫様に憧れてたから、ちょっと笑っちゃうような甘いヤツ」
「甚だしく意外だ。春川はもっと、ベンサムとかニーチェみたいな文学が好きなんだと思ってたよ」
「誰? それ?」
「あー、正義についてたくさん考えた変なおじさんたち」
不思議そうな顔をしていたから、俺は適当な話題を振って彼女の疑問を回避した。ここで哲学的な名言を引用して戯言をほざけば、たっぷりキモがられるというのは大学時代の俺が既に経験したため止めておくのが得策だろう。
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