第2話 白猫の頼み事
side:高尾 桜
突然の事ですが、私は死んでしまいました。実感はありませんし、ツラいとか悲しいとか言う感情も湧いてきません。
あまりにも現実離れし過ぎていて、受け止める事を頭が拒否しているのかも知れません。
ただ真っ白な猫さんが教えてくれた事で一つ気になったのは、逃げ遅れた私を一階に住んでいるはずの久我山君が助けに来てくれたと言う事。
私と久我山君はこの春に京王荘に入居したばかりの大学1年です。入居してすぐに管理人の千歳さんから「一階に桜ちゃんと同じ大学の1年生が入居してくれたのよ」と嬉しそうに報告されました。それが久我山君です。
何度かアパート内で顔を合わせるうちに挨拶を交わすようになり、大学でも同じ講義を受けている事が分かると少し話をするようになりました。
そして、何より久我山君は剣道を、私は弓道を幼い頃から習っていて、大学の武道場の敷地でも顔を合わせるようになった事もお互いに仲良くなる大きなきっかけでした。
そして入学して半年、私達はいつからか講義のスケジュールを共有し、時間が合う時には一緒に大学に向かうようになりました。
付き合っている訳でもなく、久我山君から告白された訳でもありません。何となく彼から好意は感じていましたし、私も彼をを良いなと感じ始めていました。
そんな彼が自分の命を省みず私を助ける為に燃えるアパートに戻ったと言う事実は、私にとって彼への恋を自覚させるのに充分すぎました。
そして、真っ白な猫さんが私達にこの先どう生きるかの選択をせまりました。異世界で生きるか、全ての記憶を消し去って生まれ変わるか。
私の判断はもう決まっていました。
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side:仙川つつじ
全く。興奮する話をしてくれるじゃない! 異世界!? 転移? 迷う事無くこちらを選ぶわ。記憶も何もかも消されて生まれ変わるなんて絶対イヤ! それってもう私が私じゃなくなるって事でしょ? それじゃ意味無いじゃない。
管理人さん達はどうするのかしら? 私だけが残るって判断だったらどうしよう。大学3年でもうすぐ就職も考えなきゃいけない時に死んじゃうなんて、まさかの展開ね。
大学入学の時にこの京王荘に入居して、その当時の管理人さんもすごく優しいお婆さんで私は大好きだった。
でもある日、管理人さんは階段から足を踏み外して怪我をしてしまった。それから「もう歳だからここの管理も難しくなりそう」と聞かされてこの先どうなるか不安だった。
でもそれは孫の千歳さんが管理人になってくれた事で解消されたし、千歳さんもお婆さんと同じように優しくて、変わらず住みやすいアパートだった。
千歳さんとは趣味の漫画やライトノベルの話で盛り上がることが多くて、ここにいる武蔵君や桜ちゃんもライトノベルやアニメ好きだと言う事で、この管理人室によくお邪魔してお互いに好きな作品を教えあったり、貸し借りして時間を過ごす事が何度もあった。
いきなり武蔵君に叩き起こされて、アパートの外の景色を見た時にはパニックよりも興奮が上回った。どこココ!? って感じよ。
目の前の白猫さんが喋ってるのを見て、その興奮はMAXにまで高まった! そして挙げ句の果てに「異世界で暮らさないか」の提案。
乗らない理由が見当たらない。そして気になるのは白猫さんの「頼み事」も勿論だけど、話していた『それなりの礼』って奴。
チート!? 魔法!? マジックバックとか!? 私は気を抜けば溢れ出してしまいそうな興奮を必死に抑えて、白猫さんの話を聞いた。
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side:初台千歳
白猫さんの説明はとても分かりやすいものでした。この東西ドネア大陸を有する世界が出来上がる時に三人の神様が生まれたそうです。
植物と鉱物を司るアレッカ様。魔素と技能を司るベアテル様。そして、生命と種族を司るイルメリア様。
「この三柱が上手くバランスを取りながら、この世界は発展を遂げていくはずだった。しかし、この世界が生み出した特殊な事情のせいで三柱のバランスが崩れてしまったんだ。」
その特殊な事情と言うのが、『神はその世界の生ける者からの信仰心に於いてその力を高める事が出来る』と言うモノだったそうです。
「その理がどうようにして生まれたのかは僕にも三柱達にも分からない。しかし、三柱の中でも生命と種族を司るイルメリアは、この世界に生命が誕生する度、誰かが死の淵で彷徨う度に無事の祈りを捧げられ、産まれたり命が助かる度に感謝の祈りを捧げられた。それがイルメリアの力を他の二柱よりも大きく育てる要因になった。」
そして完全にバランスを失うきっかけ、いえ、トドメになったのが西ドルア大陸に誕生したイルメリア様を信仰するイルメリア教と、その教徒が中心となって建国されたイルメリア教国の登場でした。
更にいけなかったのは、そのイルメリア教は
「歪んだ信仰心はイルメリアの心さえも歪めてしまった。彼女は元より持っていた慈愛の心とその歪んだ祈りの力の狭間で戦い続けた。そして彼女はついに自我を失い、僕たちの呼び掛けすら受け付けないようになってしまったんだ。」
説明を続けてくれる白猫さんの尻尾と耳が元気無く少し垂れてしまいました。
「僕はどの世界の生命にも事象にも関わる事が出来ない。神達の話を聞き、時には相談相手として時には愚痴を話す相手として存在する事しか出来ない。その他には今の君達のように器を失った魂を導いてあげる事くらいだ。しかし、それも干渉し過ぎれば僕の存在自体も危うくなる。だからこそ、今までは迷える魂に対して干渉する事はしてこなかった。」
白猫さんが言うには今の状態が続けば1000年ほどを目処に西ドルア大陸には人間以外の種族がいなくなるか、大陸全てを巻き込んだ種族間戦争になり、この先の繁栄が難しくなるほどの膨大な数の命が失われると言うのです。
「君達への頼み事とは、その歪んだイルメリアの心を呼び戻す方法を試す事と、そのきっかけの種になるような存在になってほしいと言う事だ。」
「ちょっと頼み事の規模が大きすぎませんか?」
私は白猫さんの目をしっかりと見つめながら、到底叶えられそうにないその頼み事をどうするべきか考え続けていました。
「分かっている。こんな事を頼んでおいて申し訳ないが、君達がこのドルア大陸の世界で生きている間にはイルメリアを救済する事は出来ないかも知れない。しかし、その種を、礎を作りたいんだよ。」
「その種って何なの?私達で出来ること?」
「時間はかかるがその方法は簡単だ。歪んだ祈りを捧げる者の想いよりも、本来のイルメリアの望む全種族の安寧と命の誕生の祝いの祈りを捧げる者の数と想いが上回れば、イルメリアは失った自我を取り戻す事が出来る。と、考えているんだ。」
「ホントに果てしない話ですね。」
いつになるかも分かりません。どれだけ祈りを捧げ、祈る人を増やせば良いのかも分かりません。どうすればイルメリア様を救えるのか、その方法がホントに正しいのかすら断言出来ないのですから。
不安しかありません。それでも助けて欲しいと白猫さんは頭を下げます。
「分かったよ。私は残るよ。」
つつじちゃんが白猫さんの想いに応えると、白猫さんは驚いた表情でつつじちゃんを見つめています。そして、武蔵君と桜ちゃんもこの世界に残る決断をしました。
「ありがとう。君達の決断に感謝する。」
白猫さんがお礼を言っている間も三人は私を見ていました。私はふぅっと息を吐いて、白猫さんに答えました。
「そんな話を聞かされて、そんなの知らないって無視出来る訳ないじゃないですか。私も残ります。」
「・・・・・・そうか。仙川つつじ、久我山武蔵、高尾桜、初台千歳。本当にありがとう。感謝する。」
丁寧に頭を下げる白猫さんを見ながら、私達は笑顔でお互いを見つめ合います。すると、つつじちゃんがそのほっこりとした空気を一気に変えてしまいました!
「さぁ! そうとなったら私達がこの世界で危険が少ない状態で生活出来るように『それなりの礼』って奴をいただきましょうか!」
そんなつつじちゃんを見て、白猫さんは少し笑いながら説明を始めます。
「まず初めに。君達に使い魔を与える。」
おぉ、いきなりファンタジーですね。
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