ようこそ!異世界へ

第1話 死亡通達する白猫

 side:初台千歳

 言葉を話す白猫さんを追いかけて私達三人は私の私室でもある管理人室に入りました。

 白猫さんは窓のそばで陽を浴びながら伸びをしています。仕草は完全に猫です。立派に猫なんです。


 「そうだ。久我山武蔵。103号に仙川つつじがいるはずだ。起こしてここに連れてきてくれ。」


 武蔵君に用事を頼む白猫さん。武蔵君も戸惑いながら「はい。」と言って部屋を出ていきました。待っている間、白猫さんは相変わらず日向ぼっこをしながら、のんびりとした雰囲気で待っています。


 私と桜ちゃんは緊張したまま正座で待っていました。すると、急に部屋の外からつつじちゃんの声だと思われる叫び声が聞こえ、その後武蔵君と二人で管理人室に入って来ました。


 「寝ていた所を起こしてすまないな。仙川つつじ。よし、これで揃ったな。話をしよう。まぁ、二人とも座ってくれ。」


 白猫さんに促されて武蔵くんとつつじちゃんは私達の隣へ同じように正座します。

 窓辺でゴロゴロしていた白猫さんは私達の前で姿勢を正します。


 「初台千歳、仙川つつじ、久我山武蔵、高尾桜、君達は死んだ。」


 ?? 何を言っているのでしょう? それならば今こうして話を聞いている私達は何なのでしょうか? 皆の反応を見てもパニックと言うよりは「この猫は何を言ってるんだろう?」といった感じです。


 「理解出来ないのは仕方ない。君達からすれば死んだ事すら実感していないだろうからね。順を追って話そう。久我山武蔵。このアパートの隣にあった中華料理屋を覚えているかい?」

 「あっ…えっと、はい。圭華園ですよね?」


 武蔵君の答えに白猫さんは頷きながら言葉を続けます。圭華園さんは創業56年の老舗中華料理店で私も小さい頃から食べに行っていますし、アパートに住む歴代の住人さん達もそのリーズナブルな価格に助けられていたと聞いています。


 「そうだ。その店がガスの不始末で爆発事故を起こし、その後の火災で君達は亡くなった。詳細に言えば、店と隣り合う位置にあった103号の仙川つつじが爆発で亡くなり、2階に住む高尾桜と久我山武蔵は、火災で逃げ送れた高尾桜を助けに戻った久我山武蔵と共に逃げ場を失い亡くなった。初台千歳は遅れてアパートの中へ助けに中に入ったが、消防隊員に助けられ病院に運ばれ三日後に亡くなった。」


 白猫さんの説明を聞いても実感はありません。恐らく皆も同じでしょう。嫌な沈黙が部屋の中を占領していきます。

 武蔵君が手を上げました。


 「何だい? 久我山武蔵。」

 「えっと…俺たちが死んだんだとすると、今の俺達は何なんですか?」

 「そうだね。ここは所謂いわゆる、死後の世界と言いたいところだがそうでは無い。当然、君達が暮らした地球でもない。地球と言う概念すらない、そうだな、君達の好きなアレだ。異世界と言う奴だよ。」


 異世界? 俄には信じられませんが、そう言われるとさっきのアパートの外の光景に納得がいきます。あれは間違いなく令和の日本の景色ではありませんでした。

 何より私の知る世界にはあんな生き物はいませんでしたし。

 つつじちゃんが気持ちを落ち着けるように深く息を吐いて白猫さんに質問します。


 「私達が死んでいるとして、まず、あなたは誰なの?」

 「僕はある者には調律師と呼ばれ、ある者には採決者とも呼ばれている。しかし、君達が生きた世界にも、今いるこの世界にも僕と言う存在を表す言葉は無い。でも、数多ある世界に存在する神や神と同じ意味合いの存在達は、お互いの世界の垣根を超えて存在を認知している。僕はそういった者達からそう呼ばれる存在かな。」


 急に神様やパラレルワールドのお話。頭の中は考える事がたくさんで忙しいです。


 「今回の火災が起こり君達が犠牲となった後にある者達から君達を助けてほしいと頼まれた。だから、こうして会いに来たんだよ。」

 「頼まれた? 誰にですか?」

 「君達が、いや、初台千歳の祖母がこの建物を管理していた34年前から毎日欠かす事無く手を合わせ続けた神棚の主達からだよ。」


 このアパートの共同入口の脇、今は使われていない黒電話の置かれた台の上にはお祖母ちゃんが毎日拝んでいた神棚があります。

 お祖母ちゃんからこのアパートを引き継いだ後も、小さい頃からお祖母ちゃんが神棚に手を合わせていたのを見ていた私は同じように毎日手を合わせるようになりました。


 そしてここに暮らす皆も何となく気付いた時には神棚に手を合わせてくれていたようです。


 「あの神棚に祀られているのは君達の世界では天照大御神と呼べれる神と、あの建物があった地の氏神神社である幡ヶ谷氷川神社に祀られている素戔嗚尊すさのおのみこと奇稲田姫尊くしいなだひめのみことだ。その三柱神が僕に頼んできたんだよ。」

 「天照大御神……」


 現実離れした依頼主に私達にもなぜそのような事になったのか、白猫さんから詳しく聞く必要がありました。


 「僕は様々な世界の神達を繋ぎ、交流を促す存在だと思ってくれ。彼らに君達の事を頼まれたが、既に君達の体は生きる為の機能を失い、再び君達の魂を載せる器として現世に戻してあげる事は不可能だった。」


 白猫さんの話が本当ならば、私は病院で亡くなったみたいですし、つつじちゃん達はアパート内で火災に巻き込まれて亡くなっています。体が壊れる、または無くなってしまうと生き返る事は出来ないと言う事のようです。


 「特に初台千歳以外の三人の身体は損傷が激しく無理矢理魂を載せる事すら出来ない状態だった。」

 「えっと…それは、千歳さんの体にはまだ魂を戻せる可能性があるって事ですか?」

 「そうだね。それは可能だ。しかし、ここで大きな問題となるのは、初台千歳は既に病院で死亡判断をされてから半日が経過してしまっているって事だ。僕は時間を操るような真似は出来なくてね。と言うか、そんな能力を持つ神はどこの世界にも存在しないんだけど。」


 医師によって死亡確認が終わったご遺体が半日後に目覚める。十分にワイドショーを賑わすだけの話題性を含んでいます。

 そうなると私が今までのような生活は出来なくなると判断して、皆と一緒にこの場所へ連れて来る事にしたと白猫さんは話してくれました。


 「さて、ここで君達に判断して貰いたい。このままこの世界で生き続けるか、それとも魂を浄化させ新たな輪廻の流れに戻るか。」


 そんな!簡単に言われてもすぐに判断なんか出来ません。皆の顔も困った表情で下を向いたり天井を見上げたり。


 「ちなみに輪廻の流れに戻れば君達の魂の記憶は全て消え去り、全く新しい生命として生まれ変わる事になる。当然それは人間とは限らないし、ましてや日本だとも限らない。唯一は君達の生きた現世に生まれ変わると言うだけだ。」

 「……この世界で生きると判断したらどうなるんですか?」

 「君達が生きやすいように多少の手助けはする。天照にも頼まれてるしね。…それに頼みたいこともある。それなりの礼として相応のモノは用意すると約束するよ。」


 考え込んでいた桜ちゃんが白猫さんのある言葉に反応しました。それは私も気になった言葉でした。白猫さんは言いました。『頼みたいことがある』と。


 「そうだね。その話を聞かずに判断させるのはアンフェアだね。」


 白猫さんはそう言いながら右前足で頭を掻いています。それは猫の仕草なはずなのに、どこか人間臭く見えると言うか不思議な光景でした。


 「その話をするにはまず、君達に住んで貰う事になるかも知れないこの世界の話をしよう。」


 そう言って白猫さんは部屋にあるコタツへ集まるように告げ、自身はコタツ机の上に乗っかりました。

 私達がコタツに足をいれて体を落ち着けると、コタツ机に見たことの無い地図が描かれていました。

 それは大きな2つの大陸と大小様々な島々が描かれていて、何となくオーストラリア大陸が2つに割れて、その回りにインドネシア諸島が散りばめられたような地図でした。


 「これが君達に住んで貰うかも知れない東西ドルア大陸だ。」

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