第4話 誰にあげるの?

 おねえちゃん——柚希には別の母親がいると知った頃から数年たち、私は五年生になった。


 小学校に入学した時は「吉永柚希よしながゆずきの妹」と知らない上級生からよく声をかけられた。

 何かと可愛がってもらえた方だと思う。

 素直ででしゃばらず、人を疑うことを知らない従順な子。

 適度にノリが良くて、場の空気が読める楽しい子。

 私に対する評価は、たぶんこんな感じだ。

 そしてそれを全部ひっくり返したのがおねえちゃん——吉永柚希の評価だった。

 全然似てない。妹は可愛いのに。

 そう言われるたびに居た堪れなくなったけど、その場に柚希がいることはほとんどなかったから、愛想笑いで済ませてきた。

 もう彼らも卒業して、中学生になっている。



 ***



 バレンタインの一週間前。

 私は昼休みに教室で凛花から詰め寄られていた。


「えっ。バレンタイン、マジで檜山なんかにあげんの?」


 本人なりに声をひそめてはいるつもりなんだろうが、凛花の声はくっきりと赤い色がついたようで、やたらと通った。

 天パの髪をギュッと三つ編みにし、日々目立つまいとして見える内弁慶の外地蔵は、本人は気づいていないかもしれないけど妙に動きが演技がかっていて派手だ。

 しかも凛花はよそのクラスなのだ。

 いないはずの子が机に両手をバンとついて身を乗り出していたら、いやがおうにも目立つ。

 シーっと指を唇に当てて睨みつけ、周囲を見回す。


「ちょっと凛花、騒ぎすぎ。聞こえちゃうから」


 さいわい檜山は教室にはいないみたいだが、そばにいたかなえと由美子に拾われてしまう。


「その話、マジ?」

「もー。せっかく耳打ちしたのに、意味ない」

「だあって、ねえ?」


 同意を求める凛花をスルーして、チョコ作りの打ち合わせをしていたかなえと由美子は口々に反対した。


「ってか檜山って、なんで? この間、酷いことされたばっかじゃん」

「私もさすがに、彼はやめといた方がいいんじゃないかなあ、なんて」


 みんなして反対するのは、他でもない。

 檜山とは数日前にトラブったばかりだからだ。

 教室移動のために廊下で並んでいた時、すれ違いざまに口にするのもはばかられるような卑猥な言葉を投げかけられたのだ。

 振り返ると鼻の下まである長い前髪の下でニヤニヤ笑う檜山の小さな目と視線があった。


 普段の私なら、多少嫌なことを言われてもその場を離れるとか、気づかないふりをして平和的な解決方法をとっていたはずだ。

 だけどその日、私はやり方を変えた。

 このところ檜山は私をターゲットに定めて、行動をエスカレートさせていたからだ。

 普段私の代わりに戦ってくれていたかなえに「杏も、もっと強く出ていいんだよ。やられっぱなしなんて嫌でしょ?」なんてはっぱをかけられたからでもある。

 かなえがいなくても、自分で言えるはず……って勇気を振り絞ったのに。


 彼はいきなり抗議する私のスカートを思い切り引っ張った。

 ウエストがゴムのスカートは、抵抗なくすとん床に広がった。

 しんとなり、注目が集まっていることは顔を上げなくても肌で感じられた。

 慌てて引き上げたけど、みんなに下着を見られてしまったと思うとショックで、ショックすぎて、気づいたら息ができなくなって、しゃがみ込んでいた。

 かなえが「過呼吸だ、誰か先生呼んできて」って叫んでたのをうっすら覚えている。

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