第2話 summer day

幼少期を過ごした田舎の風景に触れ、どこか懐かしい気持ちに浸る。小学生の頃、よく遊んだ田んぼや川は疲れた心に染みる。


今は開発が進み秘密基地などを作って遊んだ竹藪はコンクリートの大地になっていたはずだが、かつての生命力を取り戻していた。


「ここは…小学生の頃の夏休み?」

確かに見覚えのある町並み、けれどどこか新鮮な匂いがする田舎。自分が小学生の頃にトリップしてしまったのだろうか?


懐かしい景色の中で歩き回り、子供たちの遊び声が響く広場にたどり着いた。そこで、幼い頃の友人と遭遇する。タイムパラドックスという言葉が脳裏を掠めた。俺は思わず隠れ、遠くから見守るだけに留める。「あの頃の記憶に干渉してはいけない」という漠然とした恐れが俺を制していた。


都会で見ることのない透き通った川の水、田んぼの中で泥だらけになりながら走ってる子供たち、心はどこか癒されていく。だが一方で、「どうやって元の世界に戻るのか」という不安も大きくなっていく。



そんなある夜、町外れの小道で灯りが漏れる一軒のバーを見つける。「ここにバーなんてあったか?」と疑問を抱きながらも、誘われるように扉を開けた。


中には無数の酒瓶が並び、静かなジャズが流れる、暖かで優しい照明で包まれすっと店内に入ってしまっていた。


カウンター席に座り、深い溜息をついた。それには疲れと混乱が入り混じっている。目の前にはバーテンダーが静かにグラスを磨いている。


「信じられないかもしれませんが……」

俺は震える声で語り始めた。

「気がついたらここにいたんです。スマホも電波が入らないし、昔見たことのある街並み……。どうなってるんだ?」


彼は俺の言葉を遮らず、ただ頷きながら聞いていた。年齢は40代くらいだろうか。整った顔立ちに無駄のない動作。どことなく神秘的な雰囲気が漂っている。


目の前のハイボールを一口飲んだ。

「漫画や映画でしか聞いたことがないですよ。でも、これ以外に説明のしようがない……」


彼は静かに口を開いた。

「あなたが今いるこの場所は、確かに普通の世界とは違います。でも、ここに来た理由が必ずあるはずです。」


「理由って……知ってるんですか?」


彼は微笑を浮かべながら、棚から一冊の古びた本を取り出した。それを開きながら話し始める。表紙は読めなかったがar...oir.と書いてあった気がした。


「多くの人がこのバーに迷い込んでくるんです。そして、それぞれに『大切なもの』を見つけた時、元の場所に戻ることができる。」


「大切なもの?」俺は眉をひそめた。

「それって……例えば?」


「人それぞれです。」

彼は本の一節を指でなぞりながら言った。

「誰かとの絆、忘れていた夢、あるいは自分自身を見つめ直すきっかけ……。あなたの場合はどうでしょうね。」


俺は思い当たる節がないか考え込むように目を伏せた。過労で崩れた体調、上司との確執、社会とのすれ違い――忙しさにかまけて、自分が何を求めているのかすらわからなくなっていた。


「でも、僕にはわかりませんよ。」

俺は肩を落とした。

「何を見つければいいのかなんて……」


「焦らなくていいんですよ。」

彼は静かに俺の目を見つめた。

「この時代で、あなたが本当に必要としているものに気づく時がきます。その時、道は自然と開けるでしょう。」


その言葉に不思議と心が軽くなるのを感じた。


「ここでの時間は、あなたにとっての『休息』かもしれませんね。」

バーテンダーが静かにグラスを置いた。


俺は深く息を吸い込み、そして小さく笑った。「なんだか、少しだけ気が楽になりました。ありがとうございます。」


彼は黙って微笑むだけだった。その微笑みには、不思議な安心感があった。


――外に出ると、満月が夜空に浮かんでいた。ポケットに手を入れながら、ゆっくりと歩き出した。この時代で、何かを見つけるために。



蝉の声が響き渡る、暑い夏の日

気が付けば見知らぬ道を歩いていた。いや、正確には「忘れかけていた道」だ。古びた電柱、よく遊んだ公園、そして見覚えのある小学校。懐かしさが胸に押し寄せ、不意に自分が過去に戻っているのではないかと思った。


夏休みだった頃の小学校の記憶が、鮮明によみがえる。10歳の僕が、ランドセルを背負って笑っていた風景。くたびれたサラリーマンとなった今では、仕事に追われ、そんな無邪気な自分を忘れてしまっていた。


校門にたどり着いてしばらくその場に立ち尽くしていた。門の向こうに広がる景色は、記憶の中のそれとほとんど変わらない。だが、その中心に存在感を放つ、一本の巨大な楠木が目に飛び込んできた。


「こんなに大きかったっけ……?」


校舎をも凌ぐその堂々たる姿に、僕は思わず声を漏らした。幼い頃もこの木は確かにあったが、こんなに存在感があった記憶はない。緑の葉が幾重にも広がり、青空を覆うように校庭を見下ろしている。幹には無数の年輪が刻まれ、その根は地面を力強く掴んでいるようだ。


近づいて触れてみると、ひんやりとした感触が手に伝わる。何か静かなエネルギーが流れ込むような感覚に、心は次第に落ち着いていった。


「懐かしいでしょ」


突然、背後から声がした。驚いて振り返ると、小学生くらいの少年が立っていた。色白で、どこか人間離れした雰囲気をまとっている。


「君、誰?」


「ボク? ボクはただの楠木の友達さ」


不思議な返答に戸惑いながらも、少年の言葉にどこか懐かしさを感じた。


「探し物してるんだろ?それなら近くにあるから探してごらん。きっとそれが君の望みだろうから」


少年はニコリと笑って、木の幹にそっと手を置いた。


「いつでも帰って来れるから安心して行きな」


その言葉を最後に、少年の姿はふっと消えた。


猛々しく生える根っこが地面から浮き出ている、俺はその中に小さな光を見つけ手に取った。それは光だった、そうとしか言いようのないものだ。ただ実態のある光、懐かしく暖かく柔らかい光だった。それを手に取った時目の前がその光に包まれて一瞬視力を失った。


気がつけば俺は港に立っていた。

どうやらまた飛ばされたらしい。

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