第2話 お年寄りの証言と謎の深まり
澪は深呼吸をし、千代に向き合った。部屋の空気が重く感じられる。
「千代さん、どうか話を続けてください。この町の真実を知りたいんです」
千代は深いため息をつき、覚悟を決めたような表情を浮かべる。
「わかったよ。でも、これは誰にも言っちゃいけないことだからね」
その言葉に、澪の心臓が高鳴った。千代は目を閉じ、ゆっくりと口を開く。
「実はね、あの失踪事件……犯人らしき人を見たの」
澪は思わず息を呑んだ。予想外の展開に、頭が混乱しそうになる。
「夜中に、森の入り口で見たの。長身の男が、若い子を連れて行くところを……」
「それは警察に……?」
澪の問いかけに、千代は首を横に振る。
「言えなかったわ。あの人の顔が……人間じゃなかったから」
その言葉に、澪の背筋が凍りつく。冗談には聞こえない。千代の目には、真実の重みが宿っていた。
「それ以来、町で奇妙なことが起こり始めたの」
千代の声は低く、まるで誰かに聞かれることを恐れているかのようだ。
「深夜、誰もいないはずの公園から子供の声が聞こえるの。鏡に映る自分の顔が、徐々に変わっていくこともあったわ。それに、同じ人物が、同時に町の複数の場所で目撃されることも……」
澪は興奮と恐怖で手が震えながら、必死にメモを取っていく。この証言が真実なら、かげみ町の謎は想像を超える深さを持っているのかもしれない。
突然、部屋が闇に包まれた。停電だ。千代の悲鳴が響く。
「大丈夫ですか? 千代さん」
澪は慌てて懐中電灯を取り出した。光に照らされた千代の顔が、一瞬別人のように見えた。澪は思わず目を疑う。
「ああ、また来たのね……」
千代の声には、諦めと恐怖が混ざっている。澪が窓の外を見ると、人影が見えた。しかし、よく見ると誰もいない。
「もう、帰りなさい。この町から離れるのよ。これ以上ここにいると危険よ」
千代の声が震えている。澪は取材を続けようとするが、千代の懇願に押し切られる。
「お願い、もう来ないで……あなたまで……」
半ば強引に家から追い出される形となった澪。頭の中は混乱に満ちていた。
通りに出ると、不審な男性と目が合う。長身で、奇妙なことに顔がはっきりと見えない。澪が振り返ると、男性の姿が消えていた。
(何かを隠している。この町全体が、何かを隠しているんだ)
そう思いながら、澪は急いで旅館に向かう。背後に何かがついてくるような感覚に襲われ、足取りが早まる。
*
旅館に戻った澪は、部屋に駆け込むように入った。扉を閉め、深いため息をつく。窓の外は、いつの間にか夕暮れになっていた。
取材ノートを開き、今日の出来事を整理し始める。千代の証言、不可解な現象、そして通りで見かけた不審な男性。すべてが、この町の大きな謎を示唆しているように感じる。
(鶴見千代。彼女の証言は信じられるもの? それとも、町全体が何かの集団妄想に陥っている?)
澪は頭を抱える。ドキュメンタリー作家としての冷静さと、人間としての恐怖が心の中で葛藤していた。
カメラの映像を確認しようと思ったが、バッテリーが切れていた。充電器を探すが見当たらない。
「おかしい……確かにカバンに入れたはずなのに」
部屋の中を探し回るが、充電器は見つからない。代わりに、見覚えのない古い写真が床に落ちているのを発見した。
写真を手に取ると、そこには若い頃の千代らしき女性が写っていた。しかし、背景の風景が見覚えがない。かげみ町には存在しないはずの大きな建造物が写り込んでいる。
(かげみ町? これは一体……)
写真の裏を見ると、かすれた文字で日付が書かれていた。しかし、その日付は明らかにおかしい。未来の日付なのだ。
澪の頭の中で、さまざまな疑問が渦巻く。千代の証言、町で起きる奇妙な現象、そして今、この写真。すべてが何かを示唆しているようで、しかし決定的な証拠には欠ける。
窓の外を見ると、「影美森」と呼ばれる場所がぼんやりと見えた。暗闇の中で、木々が風にそよいでいる。
(あの森の中に、すべての謎を解く鍵があるのかもしれない)
そう思った瞬間、森の中で小さな光が瞬いたように見えた。澪は目を凝らす。しかし、次の瞬間にはもう何も見えない。
時計を見ると、気づかないうちに夜遅くなっていた。澪は疲れた体を引きずるようにベッドに向かう。しかし、目を閉じても千代の言葉が頭の中でぐるぐると回り続ける。
眠りに落ちる直前、澪の耳に聞こえたのは、遠くから響く子供の笑い声だった。しかし、それが現実なのか、それとも夢の中の出来事なのか、もはや判別がつかない。
かげみ町の夜が更けていく。澪の周りで、見えない何かが蠢いているかのようだった。
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