第二章 蠢く影
第1話 地元のお年寄りとの邂逅
早朝のかげみ町。古い商店街に、かすかな霧が立ち込めている。澪は静かな通りを歩きながら、周囲を観察していた。開店準備をする店主たちの姿が、ところどころに見える。
地元新聞社の記者、
(この町、まるで活気がない……)
澪はカメラを構え、撮影を始めようとした。その瞬間、怒鳴り声が響き渡る。
「勝手に撮影するな! 許可は取ったのか?」
中年の店主が、真っ赤な顔で澪に詰め寄ってきた。
「申し訳ありません。ドキュメンタリーの取材で……」
「うちの店は関係ない。さっさと出ていけ!」
澪が困惑していると、老婆の声が割って入った。
「まあまあ、そう怒らないで。この方はお客様なんだから」
皺の刻まれた顔に、澄んだ目。老婆は穏やかな笑みを浮かべていた。
「あなた、この町のことを調べてるんだね」
「はい、特に町の歴史について……」
「それなら、わたしが話してあげられるかもしれないよ」
老婆は自己紹介をした。
千代の家はすぐ近くにあった。古い日本家屋で、手入れの行き届いた庭が印象的だった。部屋に通された澪は、古い家具や戦前の写真、美しい盆栽に目を奪われる。
「お茶を入れるから、ゆっくりしていってね」
千代の言葉に頷きながら、澪は緊張した面持ちでインタビューの準備を始めた。録音機材とカメラをセットし、千代が戻ってくるのを待つ。
お茶を運んできた千代は、ゆっくりと口を開いた。
「昔から不思議な話は多かったねぇ」
その言葉に、澪の耳が釘付けになる。
「三十年前の夏、七人の若者が消えたんだよ。警察も手詰まりでねぇ」
千代の証言に、澪は息を呑んだ。失踪事件の詳細が、少しずつ明らかになっていく。
「それに、『影美森』って呼ばれる場所があってね。立ち入った者が帰ってこないって噂だったよ」
「影美森」について、澪はさらに詳しく尋ねようとした。その瞬間だった。
突然の物音に、千代が動揺する。録音機器からノイズが混じり始め、澪は焦って機材を確認した。
千代の様子が急変する。取り乱したような表情で、話を避け始めた。
「もう、これ以上は……」
千代は言いかけて、急に口をつぐんだ。澪は困惑しながらも、何とか話を続けようとする。
「千代さん、大丈夫ですか? 何か……」
澪の言葉は、千代の震える声に遮られた。
「ごめんね、お嬢さん。わたし、もう……話すことはないの」
千代の目には、恐怖の色が浮かんでいた。澪は何か言おうとしたが、千代は既に立ち上がり、部屋を出ようとしている。
「千代さん、待ってください!」
澪が慌てて追いかけると、千代は振り返った。その目には、悲しみと諦めが混ざっていた。
「お嬢さん、忠告しておくわ。この町の秘密を暴こうとするのは、やめた方がいい。あなたのためよ」
そう言い残すと、千代は部屋を出て行ってしまった。澪は呆然と立ち尽くす。録音機器のノイズが、まだ静かに響いていた。
(何があったんだろう。千代さんは何を恐れているの?)
澪は深いため息をつきながら、録音を停止した。窓の外を見ると、空が急に暗くなったように感じる。雲が低く垂れ込め、不穏な雰囲気が漂っていた。
取材ノートを開き、今日の出来事を書き留める澪。千代の証言、そして突然の態度の変化。すべてが、この町の大きな謎を示唆しているようだった。
(影美森……そこに何があるんだろう)
澪は立ち上がり、窓際に歩み寄った。遠くに見える鬱蒼とした森が、彼女を呼んでいるかのようだ。不気味さと好奇心が入り混じる感覚に、澪は身震いした。
部屋を出る前、澪は最後にもう一度振り返った。千代の去り際の言葉が、まだ耳に残っている。
(この町の秘密……本当に追究して大丈夫なのか?)
一瞬の迷いが頭をよぎるが、すぐに打ち消す。真実を明らかにすること、それが自分の使命だ。そう自分に言い聞かせながら、澪は千代の家を後にした。
外に出ると、冷たい風が頬を撫でる。空はますます暗くなり、遠くで雷鳴が聞こえ始めた。澪は首を縮め、急ぎ足で旅館への帰路についた。
しかし、彼女の心の中では、新たな疑問が渦巻いていた。この町が隠す秘密、そして「影美森」の真実。それらを追究することで、自分は一体何を見ることになるのだろうか。
(もう一度行こう……千代さんから、すこしでも話を聞かないと……)
来た道を戻り始める澪。
不安と期待が入り混じる中、彼女の足取りは重くなっていく。かげみ町の謎は、まだ序章に過ぎなかった。
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