四、惜別の列車
いつの間にか雨の音はしなくなり、眩しいくらいに太陽の光が窓から差し込んでいる。
翔は海斗が握りしめていた赤紙をじっと見つめていた。
「っ......」
「起きたか...」
布団に寝かせた海斗を上から覗き込む。すると海斗はハッとして勢いよく起き上がった。
海斗は赤紙を手にする翔の目を見て尋ねた。
「本当に...行くのか...?」
海斗の声は未だに震えていた。寂しさか、怯えか...どんな感情かは分からない。
翔は躊躇うこともなく真っ直ぐな目で答えた。
「いずれこうなるだろうとは思っていた。俺ももう二十一だからな。前は身長が理由で適性検査に落ちたから免れる事ができたものの、二度目はそうもいかないだろう」
そう言いながら翔は手荷物をまとめはじめた。
初めて翔の年齢を知った海斗は、言葉が何も出なかった。
「明日の朝には出る。海斗、駅まで見送りに来てほしい」
「えっ、明日...?」
「ああ。だから今日はご馳走だ」
翔は笑っていた。笑う翔を見て海斗は、こんな時になんでこの人は笑えるのだろうか。そんな事ばかり考えていた。
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「海斗、今日はご馳走だ!いっぱい食えよ」
その夜、翔が作ったのは野菜や肉などの様々な食材を詰めた寄せ鍋だった。
「贅沢は敵だとか言う世の中だが、贅沢はできる時にしないとな!」
「......」
海斗はこの贅沢に素直に喜べなかった。この時期に軍隊から召集を受けること。それ即ち「死」を意味しており、二度と戻ってくることの出来ないものだった。
「ったく、ウンともスンとも喋らねぇじゃんか。心配すんなって、時々手紙も出す。だから遠慮せずに食えよ!」
「...うん、ありがとう」
翔に背中をポンと叩かれた海斗は、少しだけ元気が出ると、鍋の肉にかぶりついた。
翌朝
「用意できた?」
「ああ、中々カッコイイだろ?」
「うん。よく似合ってる」
翔は軍服をきっちりと着こなしていた。国防色と呼ばれる褐色じみた色が、清楚でありながら勇ましさを醸し出している。
「じゃあ、行くか」
家を出た二人は、真っ直ぐ駅へと向かった。
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駅に着くと、今に出発しそうに汽笛の音が鳴り響いていた。二人の間に迫る、別れの時が。
ホームでは婦人会のたすきを掛けた女性たちを中心に多くの人が万歳を繰り返している。
「それじゃ、
翔が汽車に乗ろうとした時だった。
「待って!!」
翔の袖を強く掴んで引っ張る。それは海斗の手だった。
「やっぱり、行かないでよ...兄さん」
「っ...!」
たしかに翔の事を兄と呼んだ、その肉声で。
「海斗...」
海斗は大粒の涙を目に浮かべながら、必死に翔を引き留めた。
翔は海斗に優しく語りかけた。
「そんなに泣くな。
海斗は翔にそう言われると、涙を流しながらも満面の笑顔で笑ってみせた。この笑顔こそ翔が...自身の兄が前へ進む糧になると信じて。
弟の顔を見てホッとした翔は、そこから再び振り返ることもせず汽車に乗った。
その直後、出発を告げる汽笛が声を上げ、軽いような、それでいて力強い音を刻みながら走っていった。
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