一、 戦火に包まれた町
人というものは時が経てばどんなに変化した環境にも慣れてしまうと言うが、およそ事実のようなものだろう。
数年前に開戦を告げた事により、ありとあらゆるものが政府の下で制限されるようになったが、今となってはそんな日常にも慣れてしまっていた。
食料や日用品の殆どが配給制になったにも関わらず、海斗の家ではそう困らない生活を送っていた。
そもそも、彼自身や彼の家族は少食の傾向にあるから少ない配給でもどうにかなるし、特に母親が器用なこともあって家は工夫の知恵だらけだった。
「海斗、そろそろ寝るわよ」
「はーい」
母親に呼ばれて布団に入る。生まれて間もない弟を真ん中に、川の字になって寝るのがこの家の決まりである。
と言っても、夜中に警報がなった時は防空壕まで避難するから、正直布団で満足に寝れる日はさほど無いに等しかった。
「おやすみなさい」
「はい、おやすみ」
今日はホッと一息してゆっくり眠れるだろうか。海斗はそう思いながらウトウトと眠りについた。
数刻後
「海斗!早く起きなさい!」
母親の慌てるような声に目が覚める。ふと時計を見やると、時刻は夜中の2時過ぎ頃だった。
「どうしたの母さん...」
「どうしたのって、空襲警報よ!早く支度なさい!」
母親に急かされた海斗は非常用の荷物をまとめた持出袋を背負い、防空頭巾を被って母、弟と一緒に外に出た。
何機もの戦闘機が空を飛び交い、落とされた焼夷弾による炎の影響からか町全体が赤や橙に染まっていた。
「東と南の方で炎が上がっているぞ!早く逃げろ!」
通りかかった男性が海斗たちに現状を知らせてくれた。
「ありがとうございます!母さん、行こう」
弟をおぶった母と共に海斗は火が少ない町の北方へと走った。
走って走って、少し開けたところへ出る。そこは町内会の奉仕などでよく集まっている空き地だった。
「...ここなら燃えるものも少ないから大丈夫なはず...」
その安堵は一瞬にして散った。
ドォン!という衝撃音に混じって海斗たちが通ってきた道に大きな炎が花開いたのだ。
「...っ!母さん、こっち!!」
母の手を引いて更に北へと逃げる。その先には国民学校があると知っていたからだ。
もう少しでグラウンドと校舎が見えるはず。
そう思っていた時だった。
真横の角から勢いよく吹いた爆風が海斗たちを吹き飛ばしたのである。
そう、それは焼夷弾がすぐ側に落ちた事を意味していた。
「うっ...」
突然にして一瞬の出来事だったからだろうか。
海斗は地面に強く叩きつけられた衝撃で意識が朦朧としていた。
しばらくしてぼやけていた視界が鮮明になってくると、ハッと思い出したかのように母親がいた方に目を向けた。
「...!!」
そこで見たのは、想像を絶する光景だった。
海斗のすぐ近くで炎が生きているかのように渦巻き、周囲の物がアッという間に炎の中へ消えていったのである。
それは俗に言う、火災旋風というものだった。
そして、更なる絶望が海斗に襲いかかる。
火災旋風のすぐ近くで、母親が倒れていたのだ。
「母さん!」
「何をしている!早く逃げるぞ!!」
必死になって母親を助けに行こうとした時、見知らぬ男性が海斗を抱えて走ったのだ。
「おい!離せ!母さんと弟が!!」
「あの炎に巻かれてお前まで死ぬ気か!」
そう言われた海斗は言葉を失った。
弟をおぶったままの母親が、瞬く間に炎の渦の中へ呑まれていったのを目にして。
海斗は、国民学校の校庭でただ呆然と立ち尽くしていた。
「お前、これからどうするんだ?」
「......」
家族を失った事がよほどショックだった海斗は、何も答えられなかった。
「...アテがないなら、『港町の杉本』で訪ねに来い。俺はそこにいる」
男性はそう言い残して海斗から去っていった。
その晩、海斗はどうしようもならなかったので、木陰の下で一夜を過ごすことにした。
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