第5話 枷から逃れ

「おい、聞いたかよ」


 次の日、エレベーターホール脇の廊下で、アシスタントディレクター同士が会話している。


「なんだよ」


 呼び止められたADが、うるさそうに返事する。


「グミちゃんの」


 小声になるAD。


「あぁ、それって昨日ラブホから出て来たってヤツ?」


 もう知っていると言う顔をするAD。


「そうそう! それで───」


 と、言いかけて、


「あら、続けてイイわよ?」


 わたしの顔を見て、会話をやめるADの二人。


「「おはようございます」」


 エレベーターから、出てきたわたしに、挨拶するAD。


「で、なんの話をしていたの?」


 チラッと、グミちゃんというフレーズが聞こえて、気になる。


「いゃ、その………グミちゃんが、アイドルなのに一般人とラブホに行ったらしいってウワサが流れてて───」


 一人のADが、せきを切ったように話し始めると、


「そうそう、事務所の社長に呼ばれて、しぼられたって話なんすよ~」


 もう一人も、詳細を話す。


「エッ………まずいわね」


 どうやら、わたしと行ったとは、なっていないみたい。

 言い出しにくい状況だわ。


「そうっすよね~」


 頭を、抱えるAD。


「わかったわ。ありがと」


 まだ、スタッフだけのウワサで留まってくれたらイイけど。


「うっす~」


コンコン


 楽屋のドアを、ノックする。


「グミちゃん、いるかな?」


 部屋をのぞくと、メンバーが1人いる。


「なんか、外の空気を吸いたいって」


 そう、メンバーが言うので、


「まさか、あの子みたいに飛ばないわよね………」


 アイドルをやめて、田舎に帰るならまだしも。


「えっ………」


 顔色が、青ざめるメンバー。


「わたしは、上を探すからあなたは下を探して!」


 行方を、探すように指示する。


「はいッ!」


 楽屋を、飛び出すわたしたち。


「たのむから、無事でいて」


 廊下を走る。


「青いな~空」


 屋上のフェンスに、ちょこんと座るグミちゃん。


ガタン


 勢いよく、屋上のドアを開けるわたし。


「ちょっと! なにやってんの!?」


 あぶないって!


「あぁ、プロデューサーさん。おはようございます!」


 のけぞって、足をブラブラするグミちゃん。


「はやまっちゃダメよ~」


 あれぐらいで、棒に振らないで。


「えっ? あー、違いますよ登りたかっただけです」


 あっけらかんとしているグミちゃん。


「えっ!? それならイイけど」


 ん?

 とりこし苦労だったのか?


「ほら、フェンスが邪魔で景色があまり見えないので」


 向こうを、指差すグミちゃん。


「もう、やめてよ。まぎらわしいから」


 キモを冷やしたわ。まったくもう。


「は~い」


「もう、返事だけはイイんだから」


 素直なのは、取り柄だけどさ。


「えへへ。あとワタシ、大河にも出たいの」


 苦笑いするグミちゃん。


「わかったわ。なんとかしてみる」


 変な気を、おこさないように話を聞く。


「ヤッター! 八代将軍とかの時代劇やりたい」


 江戸時代中期の話をやりたいらしい。


「えっ? そんな大河あったっけ」


 時代劇とか、あんま見ないしなぁ。


「あっ、いたいた」


 捜索してくれていたメンバーが、屋上に来る。


「あー、うん。探してくれて、ありがとうね」


 そう言えば、早く見つかったと言わないといけなかったわ。


「いいえ。あたしのせいで、グミちゃんがアッチ行ったら、目覚めが悪いですもん」


 口角を上げるメンバー。


「えっ、なにか言った?」


 小声で言っていたので、聞きのがすわたし。


「いえ、なんでもないですよ」


 ニッコリ笑うメンバー。


「そう? さあ、番組の収録がはじまるわ」


 そう、わたしが言うと、


「はーい」


 ドアを開けて、駆け降りるグミちゃん。


「あの、プロデューサーさん」


 メンバーが、呼び止める。


「どうしたの?」


 グミちゃんに、聞かせたくない話かな。


「あたしとも、一泊してくださいませんか?」


 大胆なことを言うメンバー。


「えっ? なにを言ってるの?」


 いきなり、どうしたの!?


「フフフ。考えといてくださいね」


 意味深な笑いを残し、ドアを開けて降りていく。


「いや………」


 固まるわたし。


「じゃあ、また」


 ドアが閉まる瞬間に、振り返るメンバー。

 ヤバいな。


「ふぅ、これからまた会議ね」


 別の番組の会議から、また別の会議室へと移動する。

 腕時計を見ると、もうすぐ夜の9時だ。


「おつかれさまです~」


 スタッフが、声をかけてくる。


「おつかれー」


 会議室に向かって歩きながら、話をする。


「収録が、テッペンまで押すそうですよ」


 メンバーを、気にかけるスタッフ。


「あー、そう。焼き肉とシウマイどっち?」


 と、スタッフに聞くと、


「楽屋弁当っすか? たしか、焼き肉だったと」


 不思議そうな顔をするスタッフ。


「うん、一応聞いてみただけ」


 前髪を、かき上げるわたし。


「そうっすか」


「あっ!」


 自販機で、コーヒーを買おうとした時、グミちゃんが後から来た。


「ああっ、プロデューサーさ~ん」


 笑顔で、駆けよって来るグミちゃん。


「収録終わった?」


 そう聞いてみると、


「今、休憩で。まだ終わりそうにないんですよぉ~」


 グッタリしているグミちゃん。


「そうなの? なんだったら、終わった時に送るよ。未成年だし」


 いつもなら、早朝までアイデア出しするが、珍しく早く片付いた。


「はい、ありがたいんですが今日は………」


 昨日の今日だからと、周囲の目を気にするグミちゃん。


「ああ、そうだね」


 まぁ、そうだよな。


「プロデューサーさん。週末あいてますか?」


 いきなり、顔を近づけるグミちゃん。


「えっ、大丈夫だけど」


「ちょっと、話があって」


 真剣な顔をするグミちゃん。


「えっ、今じゃダメなヤツ?」


 まわりには、人がいないけど。


「そうです」


 小声になるグミちゃん。


「うん。誰かに見つかるとまたヤバいから、赤坂のホテルをとっておくよ」


 電話のジェスチャーをする。


「プロデューサーさん、ありがとうございます」


 ペコリと、頭を下げるグミちゃん。


「いや、気にするなよ」


 変なウワサが、おさまるまで慎重にしないと。


「はい~。それでは」


 走って、スタジオに戻るグミちゃん。


「あっ、グミちゃん」


 次の日、ホテルを予約して部屋番号をメモに書くと、


「おはようございますプロデューサーさ~ん」


 グミちゃんに、会いに行く。


「コレ」


 メモを、周囲にバレないように渡すと、


「はい。必ず行きます」

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