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 インターネットの発達とはかくも素晴らしいもので、僕の知っているような単語であれば打てば僕が知っている以上に詳細な情報がずらりと羅列される。あるいは、それほどにまでインターネットに毒された現実は素晴らしいというよりも薄気味悪いとも言えるのかもしれないけれど。

 創天教に関してもその例外ではなく、むしろ創天教と打つと上位に出てきたウェブページの中には教団自体が運営している公式のホームページも存在していた。宗教とインターネットというのはあまり相容れているイメージはないけれど、人々とインターネットが既に切っても切れない関係になった以上上手く取り込みつつあるのか。

 開いてみるとそこには白を基調として小綺麗に体裁の整えられたホームページが構えられていた。活動、歴史、教義など、都合の良いように切り取られて作り上げられていることが創天教について殆ど知らない僕でもなんとなく察することが出来る。ただ、その特性は宗教に限らず、どこのホームページにしても変わりはないのだろう。宣伝のための媒体に好んで不都合な情報を載せる必要はない。

 現教祖として載っていた冬麻幸雄、それから初代教祖として載っていた冬麻宗司の顔は、言われてみれば冬麻さんに似ているような気もする。けれど、結局そういうものは言われてみれば類似点を論い似ているように錯覚するという話であり、独立して見ればさして似ていないのかもしれない。

 冬麻家の人間の顔以外にめぼしい情報らしい情報はなかった。シンプルといえば聞こえはいいけれど、どちらかというとホームページにまで力を入れる余裕がないようにも思える。ブラウザをバックして、好事家たちがまとめ上げたサイトの方を巡回することにする。

 大抵そうしてまとめ上げられたサイトの方向性は創天教を批判する目的のものばかりだということは、興味深い。無論、部外者からしてみれば真に中立的な情報を網羅することなど出来ないけれど、取り沙汰されている創天教にまつわる情報はその宗教がいかに胡散臭いものであり、信者がどのような事件を起こしてきたのかというものばかりだった。根から捻くれ者が染み付いている身からすればその中立性に欠いたような内容は何かを見落としてしまっているような気がして他ならない。

 インターネットに記されていた情報は、確かに目新しいものもあったけれど、基本的には詳細に、出来る限りセンセーショナルに、ひとつひとつの事件について書かれているだけで創天教という本質について考えるうえでの情報だと考えれば上谷さんから貰った情報以上に有益なものは見つからなかった。強いて言うなら、彼女の言っていたことが正しかったという裏付けが出来たことくらいか。

 彼女の言う通り、創天教という宗教は現在落ち目にあるらしい。九年前、初代教祖である冬麻宗司が死んだが、彼のカリスマはかなりのものだったようで彼の死とともにかの宗教は徐々に衰退していった。一時期は全国的にその勢力を拡大していた勢いも今では久しく、今では本殿と呼ばれるこの近くにある場所を中心としての活動のみとなっているらしい。

 宗教も宗教で大変なんだな、と思いながらカーソルを動かしていると、終末の予言という文言が目に留まり、一瞬だけ動きが止まった。終末の予言。それはまさしく、彼女が口にしていたものではないだろうか。

 急いでそのホームページを踏み、開く。今まで閲覧してきた中でも珍しくそのホームページは創天教信者によって作られたもののようであり、相変わらず偏ってはいるものの批判的ではなくむしろ教義について肯定的に捉えらえている場所だった。

 来たる世界の終わりに備えて。

 そんな仰々しい文言から始まった文章には教祖とやらが予言をした終末の到来について書かれている。来たる時、悪魔が訪れ世界を引き裂く。その時に助かり、新天地へと逃れることが出来るのは創天教の教えに従順に従った人間だけであり、他のものはただ終末を愚かしくも待つしかない。

 宗教特有の人間の不安を掻き立てるような文章の羅列は、しかしどこか滑稽に見えた。真剣に書かれていることは伝わる。この文章を書いた人間が、本気でこれを読んだ人間を救おうと、そのためには創天教に入るしか道はないと思っていることは分かる。けれど、傍から見ればその文言は荒唐無稽な子供すら騙すことも出来ないであろうお伽噺に過ぎなくてその温度の差がシュールな雰囲気を醸し出していた。

 冬麻さんの信仰にここまでの狂信の影は見えず、上谷さんの話していたことはあくまでも他人から聞いた情報に過ぎない。信仰は人を盲目にする。その一端を僕は初めて目の当たりにした気がした。

 来たる八月二十二日に備えて。

 そうして文章は締めくくられた。

 思わず目を疑う。八月二十二日? 十二月十六日ではなく?

 書き間違いだろうか。しかし、何かの間違いにしてはあまりにもかけ離れすぎているし、何より予言の日なんていう大切な日付にまつわる記述をこれほどの信者が書き間違えるとは思えない。ならば、これもまた何かしらを示唆するものなのだろうか。

 そこまで考えて、末尾に添えられた記述日を見て思わず笑ってしまった。

 この文章は、五年も前に書かれたものだ。

 こんな単純なことに少しでも気が付かなかった自分の愚かさに、そして繰り返し予言される終末に、ひそやかな笑いは零れ続ける。たった五年のスパンで訪れる終末。そんなチープな終末が事実であって堪るか。

 同じブログを辿ると、どうやらこの予言は救世主の力によって悪魔が祓われることで回避されたらしい。つまり、その救世主こそが現教祖である冬麻幸雄だと。

 なんとなく、話が見えてきた。つまり、初代教祖である冬麻宗司が死に求心力を失った教団は信者を繋ぎとめる、分かりやすい奇跡の力を必要とした。それが、世界の終わりを救うという絶対的な事象だった。その推測を裏付けるように、どれだけ調べても冬麻宗司の時代に予言された終末は見つからない。

 冬麻久々利が新たな救世主として担ぎ上げられることになったのは、世代交代の意味があるのだろうか。あるいは、血筋によって受け継がれる奇跡を表すことで自らがカリスマであった冬麻宗司の血を受け継いでいることを証明しようとしているのか。

 いずれにしても彼女の語る終末はやはり偽物の、儀礼的で定期的な終末に過ぎない。想像していたよりも終末の真実とはずっとチープでくだらないものだったようだ。

 元より信じてなどいなかったけれど、ここまで酷いものだとは思っていなかった。まだ、妄信の末の世迷言だというほうがマシだ。教祖による利己的な予言なんて、酷いにもほどがある。

 しかし、そんな馬鹿げた予言ですらも、信じている人間がいるのだろう。だから、創天教は微かながらも確かに続いている。そうして、その結果として冬麻久々利は今も手を合わせて祈りを捧げている。終末の到来を信じている。

 彼女たちの世界において、終末は本当に訪れるのだ。例えば、僕たちが明日も朝日が昇って来ることを信じるように、彼女たちにとってそれは紛れもない真実に過ぎない。

 例えば、幻覚症状を起こした人が「目の前に怪物が居る」と言う。他の人から見ればそんな怪物は居ないと笑うようなことかもしれないけれど、しかしその人の前には確かに怪物が居るのだ。嘘ではなく、真実として。世界の事実とは別に極めて個人的な真実というものが存在していて、その部分に他人が立ち入ることは出来ない。

 この場合「怪物なんていないよ」という言葉は何の解決にもならない。他人から何を言われても幻覚は立ち消えないのだから。同様に、世界の終わりなんて来ないと言っても何の解決にもならない。何を言おうとも彼女たちの中にある根本的な問題の解決にはなっていないのだから。

 創天教のあくどさに辟易とする。終末論なんて馬鹿馬鹿しいと見切りをつける信者もいるだろう。創天教という宗教の胡散臭さは増して、入会する人間も減るだろう。けれど、それでも残った信者にとって、それでも入会をした人物にとって、終末から救ってくれた教祖は更に神格化される。ただ当たり前のものとして日常が続いただけにも関わらず。勢力を拡大することが不可能になったと判断し、少数でもより強固な信者を得るように方向を変えたのだろう。計算高さが透けて見えて、嫌な気分になる。

 最近では縮小の傾向にあるからか、創天教に関する話題は良くも悪くもインターネットに立ち上るほどのものではなくなっている。けれど、教祖が変わったとはいえ同じ宗教である以上過去に信者が引き起こした事件を無関係と捉えるのは都合の良すぎる解釈だろう。上谷さんが言っていた通り、これからの動き次第で剣呑な事態に巻き込まれる可能性は無視することが出来ない程度には存在している。何せ、冬麻久々利は教祖の娘であり、救世主なのだから。

 冬麻さんは創天教という閉ざされた空間の中で育てられた。ゆえに彼女と創天教を切り離して考えることは不可能なことで、けれどだからといって同一視して考えるのもまた危険なことだ。彼女がどういう人間なのか、どうやって付き合っていけばいいのかを決めるのはやはり僕自身で決めていきたい。

 ただ、上谷さんの忠告もまた胸に留めておかなければいけないことであることは確かなのだろうと再認識する。これからも向き合い続けるのであれば、覚悟が必要だ。

 ブラウザを閉じて、考える。冬麻久々利のことについて、創天教のことについて、世界の終わりについて。

 全く、嫌になる。これが嫌だから、知ることによる同情の毒に蝕まれることが嫌だから、今まで人間関係を避けてきたというのに。それでも既に引き返すことは出来なくて、僕は考え続ける。

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