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 何も言わずに連絡先から名前を削除して、素知らぬ振りをすれば良かったのだろう。住んでいる場所が遠くはない以上再びの偶然は有り得るけれど、それも大学に入ってから一年以上起こり得なかった偶然なのだ。僕の連絡先以外を知らない彼女との繋がりはそれだけで自然に消滅していたはずだ。

 それでも何か言うべきだと思った理由は、分からない。万が一、彼女が本当に昔馴染みだったかもしれないという、既に存在しない可能性が、未だ自分の中では揺らいで、消えていなかったのだろう。

 最善を尽くすのであれば、会って話をするべきだった。言葉で真実を覆うことは出来ても、所作や態度には少なからず欺瞞の影が見える。本当に確実に彼女のことを計りたいのであれば、会うか、せめて声を聴くべきだったのだ。

 けれど、今の僕には彼女と会い、話をするだけの体力はなかった。もう一度話をすれば甘ったるい蜂蜜のような泥濘に引き摺りこまれてしまいそうで、自分の中で最も慣れた伝達手段である文面で伝えることにする。

 文章というコミュニケーションツールは、考える時間があるから好きだ。人との会話は沈黙を避けるべきだという強迫観念に押されて固まりきっていない思考がリキッドな状態で脳内から漏れ出ることになる。文章で書いたとしても間違ったことを言うかもしれない。ただ、それは誤りであり、過ちではないのだ。誤りのない人生なんていうものは不可能なのだから、せめて過ちのない生き方をしたいと思うのは、自然なことだろう。

 何を言うべきか、と考える。あくまでも僕がしたいのは確認のような作業であり、一方的に別れを告げるだけならそもそも改めて連絡を取る必要すらもないのだろう。ことの経過を細かく説明をするのも、ただ冗長なだけで意味がない。するべきは不必要な感情や言葉を削ぎ落したシンプルな疑問だろう。

 彼女からすれば突然の拒絶であり、戸惑うかもしれない。けれど、嘘を吐いている以上、常にいつかは暴かれるかもしれないという可能性は自覚をしていることだろう。仮にそうではなかったとしても、自分を騙している人間に対して気を遣う必要はない。

『どうして嘘を吐く必要があったんだ?』

 悩んだ末に書き連ねた言葉はひどく安っぽい、三流映画の台詞のようだった。けれど、これ以外に何も思い浮かばなかったのだから、仕方がない。

 実際、僕はどうして嘘を吐いたのかが知りたかった。責め立てるような気持ちよりも、純粋な疑問が頭の中を支配していたのだ。

 メールを送り終え、煙草を吸う。気が落ち着かないからか、深く吸い込んだ紫煙は脳内から酸素を奪い取り、酩酊したように頭がくらくらとする。煙草を吸い始めた頃のことを思い出す。もう長く吸っているはずなのにこんな状態になるなんて、全く嫌になる。

 三本目の煙草を吸い終えたところで、返信が来ていたことに気が付いた。『嘘ってどういうことかな』。真っ当な答えだ。先に送った文言だけでは、まだ僕が過去の不在について確信を得たという情報は見えない。一度嘘を吐き始めた以上その確信が見えるまで、あるいは見えても、嘘を貫き続けなければならない。

『確かに小学校、中学校と僕たちが同じ場所に通っていたのは事実だ。ただ、高校時代において僕たちは関係を持っていなかった』

『どういうこと?』

 端的な文章のレスポンスは早い。けれど、それに合わせて焦ってはいけない。文章でのやり取りという舞台を選んだのはゆっくりと思考をするためなのだから、あちらの速度に合わせるべきではない。

 正しさの弱さは、それがいかに正しいことであっても一度――それが些細なものであったとしても――間違いを犯してしまうと正しさの持つ力が失われてしまうところにある。僕は今、正しさの中に居るのだ。間違えてはいけない。慎重に、踏み外さないように進んで行かなければならない。

『言葉のままの意味だよ。それ以上の意味はない。君と僕が高校時代、君の通っていた高校の近くで会っていたなんていう事実はないんだ』

『証拠として表せるものがないことは確かだけれども、私たちは本当に会っていたよ』

『記憶の消去という技術が膾炙している今、存在しない記憶もまた真実味を帯びるようになってきているけれど、確かめる方法はある。僕たちは、会っていない』

 それが事実だった。記憶を失った人間と、それを愛する人間の再会は物語の世界に浸かり続けていた人間からすると劇的で、魅力的なものだけれども、現実はフィクションとは違う。そんな都合のいいことは、起こり得ないのだ。

 即座に返って来ると思っていた返信は数分が空いた後で現れる。それは彼女の中に生まれた動揺か、あるいは逡巡のような感情を露わにしていた。

『会って話がしたい』

『会って、何が変わるんだ。そうしたところで君の嘘は変わらない』

『私は、嘘なんて吐いてないよ』

『でも会っていないことが事実だ』

『何か気に食わないことがあるなら言って、嫌だったところがあるなら言って』

『少なくとも、君が僕に見せていた面について気に食わないところも、嫌いなところもない。ただ、どれだけ良く見える人間であっても嘘を吐いているなら信用することは出来ない』

『だから、本当なんだよ。私たちは高校生の頃まで会っていた。もしも記憶を失ったというのが嘘で、居なくなった時のように私に会いたくないだけなら言って。理由は言わなくても良いから、会いたくないならそうと言って』

 その言葉には文章としてでも伝わるような切実さが含まれていて、疲労と安堵の籠った息を吐く。声を聴かないという選択は正解だった。尤もらしい悲劇的な表情で訴えられれば、それを真実だと思うかは別として否定をすることが難しくなる。

 会いたくないならそうと言って。そう言うのであれば、僕は会いたくないというべきなのかもしれない。僕は、確かに彼女と会いたくないのだから。ただ、会いたくないという明確な拒絶は、彼女が嘘を吐いているということが明らかになっても尚、口にすることが難しい言葉だった。自分の弱さが嫌になる。

 何を言うべきなのかと考えて、結局何も言えないままで返信の画面を閉じた。それは逃げであり、するべきではない思考の打ち止めだということは分かっていたけれど、適した言葉は何も、見つからなかったのだ。

 彼女は、本当のことを言っているのだろうか。確かに、今まで話をしていた彼女の態度には、言葉には、真実の熱がこもっているように聞こえた。どうしても、彼女が言ったことが嘘だとは思えなかった。ならば、やはり僕たちは昔、繋がっていたのだろうか。

 いや、有り得ない、と否定する。出会っていなかったという事実と出会っていたという言葉が矛盾なく同居することが出来るのはレトリックの世界だけの話だ。事実はひとつしか存在しない。

 ならば、これで良かったのだろう。真実に見える彼女の言葉の熱は巧妙な嘘に過ぎず、僕がその裏側にある冷たい機構を見抜くことが出来なかっただけなのだ。それだけのはずなのだ。

 動いてもいないのに身体の中を疲労感が支配しているのは、昨日歩き過ぎたからだろうから。けれど、意識を微睡の中に落とすためにはやけに目が冴えていて、眠るために安物のウィスキーを飲み干し、目を瞑る。

 世界は嘘で溢れている。誰しもが嘘を吐かれ、また吐いて、そうして廻っている。あらゆる嘘を嘘だからという理由で拒絶するのは、青臭い潔癖に過ぎないのかもしれない。嘘だとしても、どうせ失うものすらもないのだから縋ってみるべきなのかもしれない。

 それでも僕は嘘を嫌いたい。拒絶したい。僕自身が嫌っているものに、せめて自覚的にならないために、惨めでもみっともなくても良いから、ちっぽけな拘りくらいは大切に守りたい。それすらも守れないのであれば、いよいよ僕に意味なんてなくなってしまうのだろうから。

 生きていることに意味を求めること自体がナンセンスなんだろうと思う。突き詰めて考えれば、あらゆるものに意味はない。ダイヤモンドも金塊も、動物からすればただの石ころに過ぎないように、意味があるように思えるものは、人間が勝手に意味を付与しているだけだ。それでも意味を求めれば、その先にあるのは浅ましいニヒリズムだけだ。価値なんてないのだという諦観を真理だと決めつけて、世界を俯瞰したように見る、陶酔感を覚えるだけの思考の隘路へと行き詰るだけだ。

 それでも、僕は欲してしまうのだ。生きている意味を、価値を。だって、そういうもののひとつでもなければ、見つけなければ、生きていることはただ虚しいだけじゃないか。

 きっと、この考えも未熟さを証明するしるしに過ぎないのだろう。人間的の浅薄さは時間の経過と同じように認めない限り生きていくことが出来ないものだ。いつか、擦り切れた精神は社会や世界に迎合することを良しとして目的を忘れて、嘘や悪意を認めて、生きていくことになる。そんなことは、分かってる。

 けれど今だけでも、潔癖な生き方を選ぶことくらいは許してくれないだろうか。これが自らの不幸にするだけの、耐久性のない生き方だということは分かっているけれど、どうせ世界を信じることが出来るのは今だけなんだから。かたちは異なれど、ないものねだりをしているのは、誰だって同じなんだから。

 ウィスキーの強いアルコールが喉を焼きつけている感覚がした。安酒は、当然のように美味しくはない。アルコールの味がきつくて、ウィスキーの味なんて全く分からない。安酒ばかりを飲んでいる以上、ウィスキー本来の味なんて知らないのかもしれないけれど、思考を消毒するためにアルコールを飲んでいるだけなのだから僕からすればこの味でも十分だった。

 目を瞑ると、暗い中で落ちていく感触がする。孤独の虚へと身体は放り出され、ただ黒だけが支配する空間が僕の周りへと満ちていく。随分と、久しぶりな感覚がした。けれど、それは悪い感覚じゃない。孤独という言葉にはマイナスのイメージが付けられていることが多いけれど、一度孤独の中に居たことがある者は、それが案外悪いものじゃないということを知っているだろう。ここは静かで、落ち着いた場所だ。それが苦手な人間が居ることは分かっているけれど、否定をするべき場所ではない。

 ただ、孤独の安定を感じると同時に、漠然とした寂しさを感じるのも、また確かなことだった。けれど、寂しさは痛みと同じだ。癒えるか、いつか慣れる。窓の外からは夏の音がする。僕を嘲笑うように、世界は変わらず進み続けていることが、耳朶から脳に伝わって来た。

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