第18話 誤解

「鈴木香月さーん、もう、止めてぇー、<あさひ>は仲間でしょう! 殺さないで! <かげつ>はあなただったんでしょう。もう、みんな分かったの。私は<レイ>よ。友達だったじゃない!」

美紗は思い切り叫んだ。

橋の上の人物の動きが止まった。

「よくわかったわね。褒めてあげる。でも、<あさひ>は殺す。<レイ>は邪魔が入って殺し損ねたけどね」

「何故よ。あれから六年以上経ってるのになんで今頃?」

美紗はそう叫びながらゆっくり歩いて一助の前に出てさらに近づく。

「あんたがたが恋人に意地悪して、私を捨てさせたの忘れたの? 私はショックで自殺したのよ! すぐに見つけられて助かってしまったけど。それほどショックだった。彼に振られたことも、あなたがたに裏切られたこともね……」

「違う! それは誤解なの。あなたはあの男に騙されてたのよ」

「うるさい! 今更、言訳聞きたくない。パーティーの無料券を送った時は、昔の事忘れて久しぶりに会いたかったから、……でも、その後、付き合ってた彼氏に振られた。それも、同じ会社の後輩に、私の彼だって知ってたはずなのに、また、裏切られた。それに、<そら>と<かい>と<りく>に<あさひ>の四人もカップルになって幸せそうな笑顔なんか浮かべちゃって、その顔見てたら急に憎たらしくなって、昔の恨みが身体中に溢れて殺そうと思ったのよ!」香月の声には憎しみが溢れている。

「違う。誤解なの、聞いて! あの男には何人もの女がいて、あなたを騙して金づるにしてたのよ。それでその女たちとホテルへ出入りするとこを写真に撮って突きつけたのよ。そしたら<かげつ>のことを酷い言い方して別れてやるって言ったの。嘘じゃない。この動画見てよ」

美紗はそう言ってその男が美紗たちに言った場面の映像を流した。

……

聞き終わった<かげつ>は涙を流した。

「何で! 何で、あんとき言ってくれなかったのよっ! 私、私を心配してくれた友達を三人も殺しちゃったじゃない! ……<レイ>のことも殺そうとしちゃった……」

「ごめん。あの時、お互いの名前を言ってなかったから連絡のしようが無かったの……<かげつ>が自殺しようとしたなんて知らなかった。本当にごめん。悪いのは私。私があの男をとっちめようって言い出したの。だから、<あさひ>を離して、自首しようよ。どうしても殺したいなら私が代わる。私を刺して良いわよ。お願い<あさひ>は今でも仲の良い友達、いや、親友なの、だから……」

美紗は必死に頼む。

もう、香月は目の前にいる。

「ねぇ、止めようよ<かげつ>、平和の使者六霊神のひとりでしょ……あのとき何で役で揉めなかったのかな?」

「はっ、さぁ、でも、私は名前が「香る月とかいて、(かつき)」だから<かげつ>とも読めるからなんとなくファンだった」

「あっ、そうか、ふふふ、みんな夫々役名のファンだったのかな。懐かしいね」

美紗はそう言うと自然に涙が溢れてきた。

香月も泣いてるようだ。……

少しの間、夜のしじまが辺りを覆った。

そして、いきなり智華を美紗の方へ突き飛ばし香月の身体が宙を舞った。美紗は智華を受け止めるので精一杯だった。

「きゃーっ! <かげつ>」美紗が悲鳴をあげて橋の下を覗き込む。

……

ブーン、モーターとプロペラ音を響かせてバルドローンが闇の中から浮き上がって来た。

美紗が懐中電灯の明かりを向けると、ヘリウムガスがびっしり詰まった翼型のバルーンの上に<かげつ>が倒れている。そして翼の上に張めぐされた網にしがみついている。

そのままバルドローンは橋の手前の空き地へ飛んだ。

全員でそれを追って走る。

着陸したバルドローンのところへ駆け付け、一助と数馬が手を貸して香月を降ろす。

美紗は無言で香月を抱きつく。「<かげつ>お帰り」

香月は声を上げて泣いた。

智華が二人に抱きついた。そして三人で泣いた。

 

 事務所に向かう車の中で美紗と智華は香月の肩を両側から抱きしめてほとんど泣きっぱなしだった。

途中、助手席の静が三人に缶コーヒーを買ってくれた。

「みな泣いてばかりおらんと、せっかくの美人が台無しやで、これ飲んで一息つきや」

香月も泣きながら美味しそうに飲む。その姿を見ながら美紗は智華と目を合わせ頷いた。……

 

「香月さん、本当にあなたが三人の女性を殺害したの?」

事務所で香月を囲むようにソファに座り、一心にしては優しい言い方で質問を始めた。

香月は気抜けしたようにぼーっとしていて返事をせず一心の顔を見詰めている。

美紗は香月の手を握って「もっと早くお互いの名前とかわかってたら良かったのにね。そしたらきちっと話合えたのに、勝手に突っ走ってしまってごめんね。もう少し<かげつ>の気持を大事にしてあげたらこんなことにならなかったのにね。ごめんね」

「<かげつ>があの後自殺しようとしたなんて全然知らなかったの、ごめん。美紗の言うとおりね、あなたの気持を無視して、良かれと思って勝手に……ごめん」智華も香月の手を握って頭を下げた。

……「良いの。私が男に騙されただけの話。バカだった、友達を信じ切れなかった。ちゃんと確かめれば良かっただけなのに、そんなことさえしないで、ただみんなのせいにして恨んで、……私こそ、みんなの気持を考えていたら、……清家連二郎(せいけ・れんじろう)のこと、実はあれからしばらくして調べたのよ。そしたら、何人も彼女がいて、お金持ちの息子だからプレゼント責めで落とすのが得意技。気分で女を変えては夜を共にしてた。あー私もあの女たちの一人だったんだって知ったの。だから<レイ>や<あさひ>のせいとかじゃないの。わかってたのに、ひとのせいだと無理やり思い込もうとしてた。そしてパーティーの直前に後輩と彼氏に裏切られて切れちゃった……ばかな女」

「香月さん、今のは自白として録画して警察へ提出するからね。了解しといてね」一心が事務的な話し方で言った。

美紗は「話してる内容を考えて喋れこのぼけ親父」と喉まで出かけた言葉を静の顔を見て飲み込んだ。

静の顔を見た瞬間 ――殺人はどんな理由があったって許されるものじゃない! 真っ先に出る言葉は被害者への謝罪の言葉でなければならない。…… そんな風に感じたのだった。

「じゃ、ひとりずつ事件について話してくれるか?」あくまで冷静に一心が言う。

「はい、婚活パーティーの後声を掛けた松上って男とホテルへ行って体液とボタンと血を手に入れておいて、遠見里桜を尾行して神田で車から降りたところで、偶然を装ってクラクション鳴らして声をかけたの。助手席に乗せて親し気にパーティー後彼とどうなったか聞きながら睡眠薬入りのコーヒー飲ませて、人気のない所で寝ている彼女を裸にして、注射器で体液を仕込んで首を絞めて殺した。ブルーシートを被せておいて衣類なんかは黒いビニール袋にいれてから燃えるごみの袋に入れて捨てたわ。それから川の傍の道を走って、何処まで遡ったかわからないけど、川の近くまで車が入れる場所見つけて死体を引きずって川に落とした」

「その計画何時立てたの?」

「パーティーの最中に四人の笑顔見た時滅茶苦茶にしてやろうって思って……」

「じゃ、桜木花恋の場合は?」

「尾行してたら、浅草寺の仲見世通りに入ったので先回りして寺の陰に隠れて来るの待ってた。体当たりして自転車を倒して、起き上がる彼女に睡眠薬を染み込ませたタオルで口塞いで、おんぶして車に運んで、服をびりびり破いて乱暴された感じにしてボタン握らせて絞め殺した。そして走り回って適当な公園みつけて捨てた」

「その時キャリーバッグ使った?」

「いや、使ってない。なんで?」

「遺体のそばにその車の跡が発見されてるんだ」

「それ私とは関係ない」

「じゃ、酒上あやめの場合は?」

「結構、首絞めるのとか大変だし、乱暴されたように見せかけるのも疲れちゃうんで、盗難車を使ってひき逃げしようと決めてた。何回も車盗んでは尾行して、一週間目くらいだったと思う。チャンスがきて即効撥ねた。車に血の付いたハンカチ捨てて車はどっかの駐車場に乗り捨てたの」

「青井川のアリバイを証明したのは自分のアリバイ作りか?」

「えぇ、大分、捜査の手が迫ってる気がして、ちょうどいいと思って……」

「美紗を狙ったのは?」

「手の込んだことするのに疲れちゃって、ひさご通りは夜人気無くなるから、尾行を続けて刺そうと、……ごめん。そしたら急に男の人飛び出してきて刺しちゃった」

「あれ刑事さんだったのよ。一時は危険だったんだから……」美紗は思い出して怒りが込み上げてきた。

「おー、市森刑事な、意識が戻ったとお前たちいない間に連絡来た」と、一心。

「ばか、早く言え! じゃ、市森助かったんだな!」

「お、おぉ」

「良かったぁ……」涙が零れた。

「<レイ>はその刑事さん好きだったの? ごめん。とんでもないことしちゃった……」香月が涙をまた零した。

「美紗、良かったねぇ」智華が微笑む。

「で、智華さんをあの吊り橋から落とそうとしたんだな?」

「はい、ごめん」

もう、日付は替わっていたが、一心は丘頭警部に電話を入れた。

そのすぐ後、一心のスマホが着信を知らせた。

相手を確認しないで繋ぐと警部ではなく「犯人捕まえたのか?」声は松上だった。

「こんな夜中に何で電話なんか寄越すんだ。あんたに関係ない話だ」

一心がそう言って通話を切ろうとしたとき「これから警察へ連れて行くんだな」

相手の怒鳴り声は美紗にも聞こえる。

一心は答えず通話を切った。

「よし、行こうか」と、一心が言って立ち上がる。

「私もついてく」美紗が言うと智華も立ち上がった。

 

 浅草署までは五分ほどだ。

署の前に車を停めて、香月を降ろす。

玄関には丘頭警部ほか数人の刑事が待っていた。

数段の階段を上がっていると、署の中から男性が出てくるところだった。

そんなに広くない玄関、一心は少し右に寄って道を空ける。

男性は一段降りたところでつまづいてよろけ一心の方へ走るように落ちてくる。

「おっ、危ない」一心が手を差し伸べると、男はその手をかいくぐり香月の方へ倒れかけ、そのまま体当たりする。

「きゃーーっ!」香月が鋭い悲鳴を上げる。

男は香月の上に乗ったまま倒れる。

男が転がって香月から離れると、香月の腹に包丁が柄まで刺さっていて血がドクドクと流れ出していた。

「その男確保っ! 救急車だーっ!」丘頭警部の叫ぶ声が、水を打ったように静まり返っていた真夜中の街に響き渡った。

 

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