第17話 追跡

「美紗、そろそろ智華はんとこ戻らんと心配してはるんやないか?」と静に声を掛けられた。

それで我に返った。

「あぁ、そうだな。戻るか」

美紗が智華に伝えようとスマホから呼びかけるが反応が無い。

「あれ、智華がでない……」

何回か掛け直しても同じだった。急に不安が広がる。

「数馬、車で送って! 智華が電話に出ない!」美紗は数馬の部屋に向かって叫んだ。

美紗はパソコンを抱え車に乗るとすぐGPSで智華を探す。

「どうや、居場所わかる?」静が後部座席に乗り込んで言った。

「何か用事でも出来たのかな? 西へ移動してる」美紗が言った。

「まず、智華の部屋を見に行こう。もうすぐそこだから」

数馬の言う通りに智華の部屋の前に立ち、緊張しながらノブを捻る。

ドアが開いた。

「えっ、鍵かかってない」

部屋の中は荒らされた様子はないがスマホがテーブルに置いたままになっている。

「美紗、智華はんはどないな靴履いてんのや?」静に言われてたたきを見て不安に身体が包まれる。

「この靴履いてるはずなのに、下駄箱に靴揃ってる」美紗は智華がいつも履いてる靴を摘まみ上げ、泣き出しそうな気持を押さえて「さらわれたんじゃ……」

「跡を追うぞ。GPSの位置にいるってことだろ!」数馬が叫んで一心に一報を入れた。

「一助にバルドローンで追っかけるように言って、GPSの位置を転送するからって」

美紗は叫んで車に乗り込む。心臓の鼓動が聞こえるくらい激しく脈打っている。 ――智華! 無事でいて!……

静と数馬も続く。

「今、新宿を中野方面へ移動してるな? どこへ行くんだろ?」と、数馬がパソコンを覗き込んで言った。

「まさか、もう殺してて遺体を捨てに……」

美紗は息苦しくなる。 ――また、自分のせいでひとが死んでしまうのか? …… 

「美紗、ばかなこと考えるんやないで、きっと無事やから……」静の声がなんか遠くに聞こえた。

激しく息を吸わないと肺に空気が入って来ない気がする。 ――あれっ、私、どうした?……

「美紗、どないした? 苦しいんか?」静が心配して言う。

「空気が肺に入って来ない……母さん」

「過呼吸やないかいな? これ、この袋口に当ててゆっくり息してみなはれ」

「おぅ」

言われたとおり、静がくれた買物袋に頭を突っ込んで呼吸を続ける。

 ――スーハ―、スーハ―、……

「……あぁ、少し楽になった。母さんありがと」袋の中で言う。

「おぅ、で、美紗、GPSはどうだ?」

袋から顔を出してパソコンを見るが状況は変わっていなかった。

「西へ動き続けてる。一助に聞いてみるか」袋で口と鼻を覆ったままスマホを手にする。

「一助、今どこだ?」

「おー、今、八王子上空。まだ追いつくのに時間かかるな、かなり飛ばしてるぞ」

美紗は袋を当てたまま呼吸しながらパソコンをじっと見続ける。

……

追いかけて二時間近くになる。

「おぅ、美紗、GPSが青梅街道に入った。奥多摩にでも行くつもりなのかもな。間も無く見えてくるはず。そっちはどこだ?」

「八王子から青梅市へ向かうとこだ。発見したら逃がすなよ!」

美紗は自分が飛んでいきたい気持ちを押さえて叫ぶ。

「数馬にもっと飛ばせって言ってやれ、間に合わんぞ!」

一助に言われメーターを覗くと制限速度はかなり超過している。静はしっかりシートベルトをして前方を睨んでいる。

「さっきから言ってるけど、おんぼろ車が限界なんだってさ」

美紗が言うと、「せやなぁ、買うてから二十年になるかいなぁ……そろそろ買い替えなあかんやろか?」静が真面目に捉えてみんなを笑わせる。

「ったく、こんな時にしゃーないな……おっ、あれかな、……追いついたみたいだぜ。車番とか写真撮ったから送る」

美紗のパソコンに一助から写真が転送されてきて車番がはっきり見えた。

「おー、一助、写真貰った、智華の命が掛かってんだからな。絶対、見逃すなよ。頼むぞ!」

車はその後も走り続ける。

……

「氷川って町に入ったな。奥多摩駅入口って信号機を左折だな。あっ、図書館か公民館かな駐車場に車停めた。……降りて、歩き出した。……あっ、智華さん生きてる。ナイフ突きつけられてるみたいだな。そのまま追うぞ」

「一助、危険感じたら降りて助けてよ!」美紗が叫ぶ。

「おー、もち」

スマホからブーンっというバルドローンのプロプロペラの回転音とモーター音だけがスピーカーから流れ続けていた。数分間続いている。

「なんか、神社の脇道へ入ってくぞ、森の中に行くみたいだな、ちょっと先を見てくる……」と、一助が言う。

「おぅ、見失わないように気を付けてな」

……

「百メートルくらいかな? 吊り橋あるぞ。そこから突き落とす気かな……」一助が言う。

「あと二十分でその辺に着くから、それまで頼むぞ」

「数馬、その神社見えたら俺を降ろしてくれ、走ってく」美紗が言った。

「あても一緒に行くさかい、路肩に停めよし」静が後ろの座席で早くもシートベルトを外して降りる準備をしている。

「吊り橋のそばに空き地あるから着陸する。今日が満月で良かったぜ。地上が確り見える」と、一助。

「こっちも今到着、わき道真っ暗だな」美紗が下りてパソコンを抱え車に備え付けの懐中電灯で足元を照らし急ぐ。周りは森の木々で覆われて真っ暗。

……

「一助、どうだ?」美紗が声を潜めて言う。

「あぁ、橋を歩いてる……真ん中で止まった。やばい、落とす気だ! ……待てっ! 何してる!」

一助の叫び声が聞こえてきた。

「数馬、母さん走るぞっ!」美紗は叫んで駆け出す。

程無く月明かりの中、吊り橋の上に三人の人影が見えた。手前が一助なのだろう。

「一助、着いた。お前が見える」

「止めろっ! その人を離せっ!」一助の叫び声が直接聞こえる。

 

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