第16話 わかったこと

 智華がタクシーに乗ってきたと言って事務所に姿を見せた。

「なんか、アパートを見られてるような気がして、怖くて……」智華は顔色も悪く、見るからに怯えているようすだ。

「美紗のこともあるから、一人で居るのは危険だな。美紗の部屋にでも泊ってくか?」と、一心。

「いや、俺が智華のアパートに泊まるわ。パソコン持って行けば作業はできるし、話もできるし。ね、智華もその方が気楽じゃない?」美紗が言った。

「せやなぁ、けど女ふたりちゅうのも危ないから、あても一緒にお泊りしようかいな?」静は何かを勘違いしてるのか妙に嬉しそうに言う。

「そうだな。女三人で楽しくやろっか」美紗が久しぶりに笑顔で言う。

その顔を見たら一心もダメとは言えなかった。

「おぅ、静がいたらどんな相手がきても大丈夫だからな。用心棒だな」

「そうと決まったら、仰山買物して行かなあかんな」静はそう言うと大きな買物袋を三つ出してきた。

「なんかお前ら修学旅行でも行くみたいだな」一心はそう言って送り出した。

 

 

 その晩は美紗と智華に静を加えた三人で小宴会をして楽しんだ。

智華の顔から怯えは消えていた。

翌朝は朝食を取って智華を浅草の勤務先まで送り事務所に戻る。

「お帰り、作業はどうだ?」一心に聞かれたが「夕べは、色々忙しくて出来なかった。これからやる」

美紗はそう誤魔化した。

もっともそのまま信じる親父じゃないが……。

 夕方、智華の終業時刻を見計らって静と迎えに行く。

ちょっと待たされ、心配したが智華は手を振りながら通用口から出てきた。

その夜は、静が手料理を食べさせると言ってキッチンに立っているので「何か手伝うことあったら声かけて」と言っておいて智華と喋っていた。

智華も美紗が<レイ>に扮していたことに気付かなかったと言う。

美紗もまさか智華が<あさひ>だったなんて思いも寄らなかった。

「遠見里桜さんが<そら>で桜木花恋さんが<かい>よね。で、酒上あやめさんが<りく>だったなんて……」

智華が言った。

「そうねぇ、あの時の仲間だったなんて、もっと早く知りたかったなぁ」

「ってことは、やっぱあの時のことを恨んでの殺人なのかな?」智華が不安そうに言う。

「そうじゃないかな。だって、ほかに共通点ないもの」

「こらこら、事件のことばかり話してたら、また智華はんが怯えちゃうやろ。楽しい話せな、な」

静が優しく言う。

「ねぇ、美紗のお母さんって優しいね。私のとは大違い。ふふっ、羨ましい」智華が微笑む。

「何言ってんの、母さん怒ったら、ヤクザも叶わないくらいボクシング凄いのよ。だから父さん尻に敷かれっぱなし、ふふっ」

「やだ、美紗ったら、ふふふ」

「なんですて、美紗、あてのパンチが欲しい言いました?」静がじろりと美紗を睨む。

「ま、ま、まさか、ははは、母さん綺麗だねって話よ。ねぇ、智華」

「なぁに美紗びびってんの。やっぱお母さん怖いんだ。ふふっ」

「せやな、美紗にまだパンチあげたこと無いもんな。欲しいか?」静がそう言って美紗の顔の前にグーを出す。

「いえ、まだ、結構です。俺、悪い事せーへんから……」

「ほな、ご飯にしまひょ」美紗がビビってるのに気付いたのだろう静が軽く笑って言った。

 

「あー、俺の部屋にあるコスプレ時代の動画持ってくんの忘れたじゃ」夕飯の後、マッチングをしていて気付いた。

「あら、じゃ、明日智華さんを送ったら家でやらはったら?」と、静。

「それでも、良いんだが、早くやっつけたいんだよな」

「そしたら、美紗行っといでよ、お母さんと。私鍵かけて美紗帰ってくるまで何処にも行かないからさ」

智華が言ってくれたので母さんも頷いてくれた。

「じゃ、俺以外の奴来たら絶対ドア開けんなよ。智華」美紗はちょっと心配だが作業も早くやりたくて家に戻ることにしたのだった。

「途中気を付けてね」そう言って智華は送り出してくれた。

 

 美紗は静の腕をしっかり両腕で抱きしめ歩いた。

「ねぇ、母さん誰かついてこない?」美紗が訊く。

「いややわぁ、怖い怖い思うとるからそないな気ぃがするだけや。誰もおらへんよ」静は全然落ち着いてる。

もうすぐひさご通りに入ろうとする時、突然タッタッタッと誰かが駆けてくる足音が背後から聞こえてきた。

「母さん!」美紗は一層腕に力を込めて静の腕を抱きしめる。

静は立ち止まって駆けてくる人物の方を見据える。

みるみるその人物が近づいて、美紗は抱きしめている静の腕に力が入ってくるのを感じる。

美紗たちに真正面から向かってくるその人物は頭からフードをかぶり黒の上下の運動着なのだろう。顔は見えない。

美紗が襲われたあの時と同じ格好の人物に恐怖が蘇り美紗は身体を静の後ろに隠す。「母さん……」

タッタッタッ……

数メートルまで近づいてきた人物が突然道路を横切って反対側の歩道へ行った。

「……な、なんだ? ただのジョギングかぁ……脅かしやがって」美紗はホッとした。

美紗が抱えていた静の腕からも力が抜けて行く。

「びっくりしたなぁ。さ、急いで帰ろ」静が笑みを浮かべて言う。

 

 事務所に戻った美紗は真っすぐ自分の部屋でパソコンを立ち上げマッチングアプリを起動する。

そして、コスプレをしていた六人を写した動画をアプリに入力する。

マッチングの相手は婚活パーティーの会場を写した動画だ。

 

 

 美紗はマッチングをシステムに任せ、濡田萌絵の事件を見直した。

割と単純に嘘つきを突き止め一心に報告の為、階段を降りて事務所に向かった。

「一心、萌絵さんの事件で報告有るからみんな集めてくれ」

夫々夕食後の貴重な自由時間、静が風呂に入ってしまったので三十分後に集合することにした。

 

 氷の浮いた麦茶を飲みながら静が風呂上がりの上気した顔をして最後にソファに座った。

「じゃ、萌絵さん事件で嘘ついてる奴いた。たぶんそいつが犯人」美紗がパソコンの画面をみんなに見せるようにして続ける。

「金田雅夫が犯人だ。彼は屋上にいて救急車がきてから降りてきたと言った。しかし、二階のエスカレータの上がり口を写す監視カメラの映像を見てくれ」美紗が言ってみんなが画面を覗き込むように見詰める。

「おー、金田が上がって来た」と数馬。

「そう、屋上にいたという奴が何故か一階から上がって来たんだ。時間的には萌絵さんが刺されてから二、三分後くらいだ」

「えっ、屋上にいたならそんなに早く一階まで行ってエスカレーターで二階へ上がるのは無理だろう」と、一心。

「そこは、数馬と一助に実際に走ってもらえばはっきりする」美紗は断言した。そして「さらに……」と続ける。

「さらに、屋上でちょっとした事故があって子供が怪我をしたんだ。事件の十分前くらい。その時刻は救急車を呼んでるから記録が残ってると思う」

「えっ、じゃ、救急車は二台呼ばれたってことか?」

「一心のいう通りだ。萌絵さんが乗った救急車は、実は屋上から呼んだものだった。実際、萌絵さんが運ばれた数分後にもう一台救急車が来てエレベーターで屋上へ上がる隊員が写ってる」

美紗が画面を指差して言う。

「ほな、金田はんが屋上の事故を知らんはずはないやろ」と、静。

「その通りなんだが、金田は何も無かったと言ってる。以上だ。一心、この情報を丘頭警部に持って行ってくれ」

美紗は媒体を一心に渡した。

「さすがや、美紗、凄いな。警察は連続殺人の犯人がしくったと思い込みはって、容疑者も浮かんでいないちゅうのにな……さすが、あての娘やわ」静が自慢気に言って微笑む。

一心はスマホを手に立ち上がった。

美紗が自室に戻るとマッチングアプリが終了していて、コスプレ仲間の六人が揃って婚活パーティにいたと結論付けていて驚いた。

「えっ、じゃ<かげつ>は?」美紗は呟きながら結果を表示して驚きのあまり固まってしまう。

――これは、一体どういうことなんだ? ……

 

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