第15話 コスプレ
静は、美紗が倒れて入院したのでベッドのわきで見守っていた。
「襲われた恐怖や緊張感に加え身代わりに刺されたひとへの罪悪感などが、家族などの顔を見て解れ心のバランスが崩れて一時的に意識を失っただけで数時間寝てたら目覚めるでしょう」と、医師の見立てだった。
それで静が病室に残り、一心と数馬と一助はもう一度被害者宅へ行って過去を調べることにしたのだった。
酒上あやめの東浅草のアパートを訪れて例の無料招待券を発見した。
一心もこの「無料招待券」が事件に関係するものだということを確信した。
「絶対繋がりがあるはずだ。でなければ美紗まで襲われるはずがない」一心は子供達にきつく言って調査に当たらせた。
一心は美紗の部屋へ行って昔のアルバムを見ていた。
小学校へ行ってるころまでは可愛かった。特に笑顔が静に似ていた。何時間でも見ていられる気がする。
中学校へ行くようになって反抗期が始まって、父親の一心とは喋らなくなった。
いつも口を尖らせていて、休みの日はプイと何処かへ出かけて行った。
母親の静に行先を訊いたが、「娘を信じないでどないしはりますのん」とか言って教えてくれなかった。静自身は話を聞いていて何処で何をしているのか知ってたようなのでそれ以上口にしなかった。
それが高校へ入ったある日、いきなり話しかけてきた。
自分の将来の夢とかどういう仕事をしたいのとか。
「私、親父と一緒に探偵やる」
美紗にそう言われた時には思わず泣いてしまった。あんなに反発してたのにどうしてと思った。
「だから、これからの探偵業に必要な盗聴器とか盗撮カメラとかGPS発信器、それに車を追跡するのに空を飛べる一人乗りのドローンなんかを作ろうと思うの。だから毎月の給料をきちっと払ってね」
美紗の言葉に驚いた。
一心が日頃尾行や人探しで苦労している部分をしっかり把握していたんだ。
長男の数馬はその時は大学生で一助は大学受験生だった。
一番金のかかる時期だったが、上の二人も探偵をやるといってくれていたので、仕事をどんどん取らないと食ってけないなと冷や汗を掻いたのも思い出す。
美紗のアルバムに残されているのは殆ど女の子とのツーショット。昔はやったプリクラのものも多い。
なんかのコスチュームを着て六人で写っている珍しい写真があった。
全員色違いの同じコスチュームを着ている。どこかのコスプレ会場のようだ。背景に色んなコスプレ姿の若者が沢山写ってる。
大学生になると物理の実験なのか機械工場なのか分からないがそれを背景に女の子とのツーショットが多い。
初めて美紗が「父さんできた」と言って見せてくれたのが、毛虫だった。
「なんじゃこれ?」正直、一心は美紗の頭を疑った。
大学まで行って毛虫のおもちゃを作ってたのかとショックだった。
「これさ、毛虫にしか見えんだろう。ふふふ、実は違うんだ。盗聴器なんだぜ」
美紗がそう言ってヘッドホンを一心に寄越して、事務所の奥へ姿を消した。
「おやじ、聞こえるか? 今、毛虫に話しかけてる」そうヘッドホンから聞こえてきた。
戻って来た美紗は鼻高々「どうだ役に立ちそうだろ。今度は、トンボ型の盗撮器作っからな」
そうだった。それからシール型のGPS発信器も作ったりして、遊び心が随分探偵業の役に立った。
夕食に数馬と一助と十和ちゃんのラーメンを出前してもらって食べた。
ふたりに美紗のアルバムの話と探偵をやると行った時の思い出を話して聞かせた。
「遠見里桜のアルバムにも確か六人でコスプレした写真あったな」と数馬が言う。
「おぅ桜木花恋のアルバムにも六人でコスプレした写真あったぜ」
一助が言って三人で顔を見合わせた。
「それって、共通点じゃないか!」思わず一心が叫んだ。
「親父、早まるな。美紗もほぼ同じ歳だからその頃流行りのコスプレしてたとしても可笑しくないぞ。三人の写真をここに並べよう。それと智華さんにも訊いてみようぜ」と、数馬。
「そうだな。まず、智華さんに電話してみる」一助が言って食事もそっちのけでスマホを手に立ち上がる。
……
「親父、智華さんもやってたって、俺明日の朝、写真借りに行ってくるわ」
「おぅ、その時にな、コスプレしてて何かトラブルなかったか訊くのと、六人で写ってたから残りの二人? うちひとりは酒上あやめさんの可能性が高い。が、もう一人が誰なのか訊いてきてくれ」
一心が言うと「俺、明日の朝、酒上あやめの自宅へ行ってくるな」
翌朝、一心は病院へ向かった。
「おはよう。どうだ美紗の様子は?」
すでに起きて美紗の横に腰掛けている静に声を掛けた。
「へぇ、夕べ目が覚めた時には、もう元気でしたわ。そいで朝方まで色々喋りはって二時間くらい前どしたかようやっと寝たんどす。あてもここで腕枕で寝てしもうて少し前に起きたとこですわ」
「ははは、なら眠いだろ。隣空いてるから寝てて良いぞ、俺いるから」
「そうもいかしまへん。看護師さんやら来た時に母親が寝てたらしょうおまへんやろ。美紗と午後家に帰るよって、それから寝かしてもらうさかい、今はえぇどす」
「市森は?」
「今夜を越せたら大丈夫そうやけど、まだまだ危険な状態は脱していないようやわ。あても時々見に行ってるんやけど、あの機械のピッピッって音は心臓に良くないですわ。こっちの心臓が停まりそうで……はよう回復して欲しいどすわ。美紗のためにも……」
「そっか、なら。……事件の関係なんだけど、美紗も昔なんかのコスプレしてたろ」
「へぇ、なんや名前忘れてしもうたけど楽しそうにやってましたで」
「智華さんも殺された遠見里桜も桜木花恋も同じようなコスプレやってたみたいなんだ。今日、その写真を事務所に集めて比べるんだけどな、もしかすると、コスプレが共通することなのかもしれない。そのコスプレは六人いたらしいんだ。ひとりだけ見当がつかない」
「そうどすか、妙な共通点やな。それ七年も八年も前のことやで」
「あぁ確かに古すぎる気もするが、他に共通点が無いんでな調べてみようと思うんだ。あっこれ、朝飯」
一心はパンや飲み物の入った買物袋を静に渡した。
「あら、よー気ぃ付かはったな。あてもお腹がペコペコや」静はそう言ってアンパンと牛乳を取り出した。
午後三時過ぎに静が美紗を連れて帰って来た。
事務所のテーブルに五枚の写真を並べてある。
「美紗、お帰り、体調は?」一心が美紗の顔を見るなり聞いた。まだ顔色は良くない気がする。
「おぅ、もう俺は大丈夫だ。市森は今夜が山らしいから、夕飯終わったら病院へ行ってくる」
美紗はショックから抜け切れていないようだ。当然の事かもしれないが親とすれば心配だ。
「あても美紗と一緒に行くさかい夕飯の後かたずけを数馬と一助頼みますえ」
「帰ったばかりのとこ悪いが、この五枚の写真を見てくれ」一心がテーブルを指差して言った。
静と美紗が一枚ずつ手に取って見る。
「全部同じ写真か?」美紗が言った。
「そやなぁ、あてもそないに思いますわ」
「これって、もしかして殺人の動機か?」美紗が目を見開いて言う。
「その可能性があると俺は思うんだ。だが、昔のことだ。美紗、このコスプレで何か事件無かったか?」
「特には、……最後に喧嘩別れしちゃったことくらいかな」
「喧嘩の理由は?」
「この<かげつ>って女の子の彼氏が遊び人で何人も彼女いて<かげつ>はお金を貢いだりしてたのよ。それでほかのメンバーが証拠掴んで男に<かげつ>から手を引けさもないとほかの女の子全員にこの写真ばら撒くぞって脅して……それを知った<かげつ>がそんなわけないって彼を信じるって。でも、『あんなやばい女友達いるやつとは付き合えない』そう言われて別れたらしいの。それで喧嘩に……」
「その時で幾つだ?」
「十六歳かな」
「その<かげつ>って名前何て言うんだ?」
「それがわからないの。私達、役名で呼び合ってて、イベント会場でしか会った事ないの。だから電話もアドレスも知らない。智華がその時の<あさひ>だったなんて今知ったくらいよ」
「せやけど、そんな喧嘩で今頃になって殺人なんてするやろか?」
「何か切っ掛けがあったかもな。それとあのパーティーにもうひとりいるはずなんだよな」一心が首を捻る。
「あの切られた女は?」
「訊いてみたが、来てなかった」
「なのにどうして狙われた?」
「そうよなぁ、そこも今一だよな……」
「いや、でもその方向で調査進める。良いだろ? だれか反対か?」一心が問う。
全員同意。
「じゃ、一応、丘頭警部にもこの件話してくるな。それと美紗、体調良くなったら、写真の六人と婚活パーティーの動画をマッチングしてみてくれないか?」
「わかった。明日やる」
*
一助は夜な夜な向島の歓楽街を歩いて通り過ぎる女たちに青井川の写真を見せるが、反応は無い。
美紗が襲われた事件もあって連続殺人の方に時間を割きたかったが、約束した以上止めるわけにも行かなかった。
そんな時、丘頭警部から青井川のアリバイを証言する女が現れたと一心に連絡が入った。
女は婚活パーティーの司会者鈴木香月だった。
ひとりで向島で飲んだ帰り道尾けてくる男がいるので気にはなったが電車で新柴又で降りて歩いていると、その男が声を掛けてきた。
「遊ぼう」男は香月の肩を抱いて強引に連れて行こうとするので、腕を振り払って逃げた。
しかし、男はしつこく追ってくる。
走っている途中転んで膝を擦り剥いたらしいがそのまま二十分ほど逃げてコンビニに飛び込んだと証言した。その男の顔が新聞に掲載されていた青井川だったと言う。
警察がコンビニの監視カメラに膝を擦り剥き服に土がついた姿の女性を確認した。
ただ、男は香月がコンビニへ入りそうだったので逃げて行ったと香月が言う通り、写ってはいなかった。
香月と青井川の関係を警察が調べたがまったく生活圏も違うし、生まれ育った場所も違っていた。
また、SNSの取引も確認したが通信した記録は何処にも残されていなかった。
警察はそれを事実と認めざるを得なくなった。
青井川の午前一時半過ぎから二時七分までのアリバイが証明されたとすれば、酒上あやめ殺害の犯人では有り得ないと警察は判断した。
「なんだ、灯台下暗しだな。俺らの知ってる人物が青井川のアリバイを証明するなんてよ」一助が浅草署から貰った捜査資料を眺めながら、ちょっとがっかりしたような口ぶりで言う。
「でもよこれでお前も連続殺人の犯人追えるだろう」一心は一助を宥めるつもりで言った。
「市森は峠を越えたけど、まだ意識は戻っていない」と数馬から連絡が入った。そして「美紗はまだ居たいと言うから帰る時に連絡するわ」と、付け加えた。
「なるべく早く帰って来て、<かげつ>が誰か調べて欲しいって伝えてくれ」
一心もあまり言いたくは無かったが、美紗にしか操作できないマッチングアプリなので無理を言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます