第13話 令嬢
事務所にやたらに胸を強調する服をまとった若い女性が訪れた。
一心は始めて会ったので名前と用件を聞いた。
「あら、美紗さんとお母さんが病院へ来て色々話したんですけど、知らないんですか?」
逆に聞かれてしまった。
そこへ静がコーヒーを運んできた。
「ようこそ、萌絵さん具合はどうどす?」
萌絵と聞いて一心は気付いた。 ――濡田萌絵が事務所に顔を出したのだ……
「えぇすっかり良くなったんですけど、傷は綺麗には……」
「そうどすか……怖い目におうて、心の傷も癒えんやろ、可哀そうにな」
「ありがとう。でも、心は頑丈なんで大丈夫」萌絵が微かに笑みを浮かべるが、心は言葉とは違うようだ。不安な気持が顔一杯に広がっている。
「で、犯人を捕まえて欲しいと?」事情が呑み込めた一心は訊いた。
「そう、警察じゃ頼り無くって、美紗さんが何か監視カメラと証言を聞いてなにかあるようなこと言ってたので」
一心は渋谷署の面子を思い浮かべる。 ――あそこにはやたら『刑事の勘』ってやつが鋭い優秀な警部がいたはずだが、ほかの刑事はどうも今一だからなぁ……
「あぁ、聞いてるよ。だが依頼が無くちゃ動けないのが探偵なんで、今は止めてるんですよ」
「じゃ、犯人はもうわかってる?」萌絵は身を乗り出して期待を込めた目で一心を見詰めてくる。
「いや、まだそこまでは行かないが、そんなに時間はかからないと……」一心は苦笑いして手を振る。
「そうですか、さすがですね。じゃ、私からお願いします」
「はい、お引き受けします。……静、美紗呼んできて」
「そうそう、まだ聞いてなかったけど、お父さんの会社はなんていうの?」
「太平洋マリーンズ株式会社って言う海運会社です」
「えっ、海運業界のトップ企業じゃないですか。これは驚いた」
「あっ、こんにちわ。先日はどうも……」美紗が大人な台詞を吐いて三階の自室から降りてきた。
「おぅ、正式に調査依頼に来てくれたから、美紗、頼むぞ」
「ほう、そう言うことなら、萌絵さん、早速なんだけど、婚活パーティーの無料招待券って来てました?」
「えっ、例の三人殺されたっていう?」
「そうです。来てました?」
「いえ、封書で案内が来て、それ以外の物は入ってなかったわ」
「そっかぁ、やっぱ関係ないか……いえ、私のとことか友達のとこに来てて、なにか事件と関係あんのかなと思ってたんで聞いてみたんです」
美紗はホッとした表情を浮かべた。 ――無料招待券を貰った人だけが狙われてるんじゃないんだ……
「それから、金田さんの悪事と言うか不正行為は知ってました?」
「えぇ、それで彼、私の言いなりなの。ふふっ」
「じゃ、法本さんと池林さんの弱みとか、あなたに近づいた理由とかは?」
「えぇみんな知ってますよ。でも、彼らにはトップになる資質は無いわ。こせこせ下っ端で働くのがお似合いなの」
「ははは、わかります。でも、大丈夫です? もし、あなたに似合いの彼氏ができたら妨害されないかしら」
一心は、美紗が「……かしら」なんて女言葉を使ったので目が点になってしまった。
「その時はその時ですわ。そのくらいの気量はあるつもりですよ、ふふっ」
萌絵が帰ってから、「萌絵さんって、胸が大きいだけじゃないんだなさすが大企業のお嬢様って感じだった」
美紗が言う。
「おぅ、俺もそう思ったな」一心が相槌を打つ。
「なんやて、胸が大きいだけやないってどう言う事でっしゃろ」いつの間にか静が話を聞いていて目を三角にしている。
「いやいや、し、静。お、落ち着け、な、度量があるってことを言ってたんだ。なぁ、美紗」
一心は美紗に救いを求める。
「さぁな、俺、仕事するから」美紗がそう言ってさっと三階へ行ってしまった。
「萌絵さんが、自分を傷つけた犯人を捕まえてくれって依頼にきたんだよ」一心は必死にやましいことは無いと主張した。
なんせ、その昔、静のパンチが腹にめり込んだ時、息は出来なくなるし、吐いてしまうし、一瞬腹に穴がいたんじゃないかと思ったくらい痛かったのだ。一時間以上身動きできなかった。それでも後から聞いたら手加減したと言うんだ。
「ほーかぁ、それと胸の大きさはどないな関係におますのんかいなぁ?」静が不気味な笑みを浮かべて一心に近づいてくる。
「いや、無い。美紗が言うから合わせただけだ……。あっ、美紗が監視カメラでその事件のヒントを見つけたみたいだから、俺ちょっと見てくるな」一心は急いで三階の美紗の部屋へ非難した。
「なぁ美紗。お前は萌絵さんも同じ犯人だと思うか?」
「いや、別だろう」
「どうして?」
「監視カメラの映像を今集約してるから、それ見たらわかるから待ってろ。で、母さんから逃げてきたのか?」
「お前が変な事言うから、つい乗ってしまっただけなのに……」
「俺は女だから良いの。一心は男だからその辺考えて喋れ。良い歳なんだからよ」
「ひゃー、お前、良く父親に向かってそう言う事言えるな」
「へん、うるさいから下へ行けや。母さん呼ぶぞ!」
「わ、わかったよ。脅すな……じゃ、出来たら教えろよ」
丁度、天の救いか丘頭警部が事務所の階段を上がってくるところと鉢合わせした。
「おー、顔見るのは久しぶりだな」
「そうだったかしら? はい、お土産」丘頭警部は仲見世通りの串団子を買って来た。
「丘頭警部がお土産もって来たぞー」一心は三階に向けて叫ぶ。そして事務所に入ると静が静かにコーヒーを啜っていた。
「あら桃子はんいらっしゃい。串団子ですかいな? 美味しそうでんな。お茶がえぇですか?」
家族が揃ってぱくつく。
「なぁ、一心、今回の連続殺人どう思う?」丘頭警部が真面目に言う。捜査に行き詰ってるのだろうそんな事を言うのは珍しい。
「O型の血液の持ち主は犯人じゃなかったんだろう?」
「そこなのよ。暴行だけしてって考えられるけど、ちょっとねぇ……」
「俺は、端から連続とは思ってなかった。が、その話を聞いて、連続殺人の可能性あるなと思ったんだ」
「えっ」丘頭警部も家族も首を傾げる。
「つまり、その血液の持ち主ははめられたってことだろう。じゃ真犯人はその体液はどうやって手に入れたんだ?」一心は疑問を投げかける。
「……そっか、寝たんだ。その男と寝た女がこっそりと体液とボタンとハンカチに血と汗を染み込ませたんだ」
美紗が気付いたようだ。
「そうか、バンソコの女が真犯人って訳か」丘頭警部が叫んだ。
「そう決めうちは早い。最近は男同士ってのもあるからよ」
「もう一度、松上幸三郎を締め上げてやるわ」丘頭警部が立ち上がった。
「待てよ。そうすっとよ、婚活パーティーが終わってから声を掛けた女、景浦沙理香と名乗った女の正体を突き止める必要があるんじゃねぇかな?」と、一助が言う。
「ほなら、パーティーに参加した男女全員を洗い直す必要あるちゅーこってすな?」
静が言って全員が頷いた。
「そっかぁ、私、松上の背中のバンソコに指紋が付いてないのが気になってたのよ、彼女が松上を罠にはめたと考えるなら納得だわ。やはり、串団子効果は絶大だな。うちの連中ったら全然そんな話にならんもな。みんな、ありがとな」
丘頭警部はそう言って足取りも軽く階段を駆け下りて行った。
*
警察も一心らももう一度婚活パーティー参加者全員四十名の聞取りを始めた。
もちろん、美紗は除外された。
一心が事務所に出入りしていると、松上にしょっちゅう出会う。
「どうした? なにかうちに相談でもあるのか?」一心は声を掛けてみた。
「えっ」松上は逃げ出そうとするので、袖を掴んで「まぁ事務所でコーヒーでも飲んできなよ」
静がコーヒーを出すと美味しそうに啜って「俺、毎日警察に尾行されてて、疲れちゃってさ……渋谷の駅で助けた女と仲良くしてたのに、事件と関係のある人とは親しく出来ませんって言われて……俺、何にも悪いことしてないのによ……」
「お嬢さんだから、親にでも世間体を考えろとか言われたんだろ。そんな女忘れて良い女探せよ」一心は元気づける積りで言ったのだが、
「それだけじゃないんだ。毎月百五十万も俺から電化製品を購入したり蛍光灯の交換があったのに、全部無くなったんだ。売上トップから最下位へ転落した。わかるか? この口惜しさ、俺は何もしてないんだぞ!」
「随分冷たいなその女。何処にいるんだ?」
「いや、わかんないんだ。電話も通じない。外国へ行ったのかもしれない」
「じゃ、俺に彼女を探して欲しいのか?」
「いや、俺をはめた女を探し出して欲しいんだ。……でも、金無いから……」
「あーそれで事務所の前をうろうろしてたって訳か」
一心が言うと松上はこくりと頷いた。
「ははは、心配すんな。もう他からの依頼で調査してるから、犯人を必ず捕まえるよ」
「せやから、あんはんは元に戻っただけなんやから、また一からおきばりや。うちとこでなんかあったらあんはん呼んで買うてあげるさかいな」静が優しく元気づける。
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