第12話 僕(しもべ)

 美紗が萌絵の周辺に聞取りなどをした結果によれば、

――

濡田萌絵は大企業の社長の一人娘として生まれ贅沢し放題、特に父親の可愛がりは周囲から見ると「異常なくらい」と形容される。

十人並みに可愛くすらっとしている割にバストに強烈な魅力がある。中学生頃からそう言うスタイルな上、学業でも五本の指に入る。

ただ、スポーツは苦手らしい。友人も「あの巨大なバストが揺れてスポーツができない」と笑う。

男子生徒の少なくとも三人を僕としていて、気に入らない生徒は上級生であっても僕にぼこぼこにさせていると学校中の噂となり、ヤンキーな連中でさえ萌絵を避けるようになっていた。

 大学を卒業しても特に就職せず、父親が主催するパーティーなどの接待役を務めたりしている。

現時点でのその僕は、金田雅夫(かねだ・まさお)という25歳の証券会社勤務の男、法本正義(のりもと・せいぎ)という27歳の弁護士、池林臨(いけばやし・のぞむ)という30歳の東大出で経済産業省の官僚の三人のようだ。

――

と、報告。

そして「恨まれることはありそうだけど事件にまで発展したケースは無かったし、具体的な名前も出てこなかった」と美紗は付け加えた。

 

 美紗が家族と一緒に夕食を取っている時、「今日の午後一時過ぎ、渋谷のデパートで女性が背中を切りつけられる事件がありました。女性は救急搬送されましたが意識はあり軽傷だということです。被害者は濡田萌絵さん二十五歳で婦人服売り場で買物をしている時に背後から切りつけられたという事です。……」

美紗はテレビニュースで流れたその名前に驚いた。

「一心、一連の殺人事件じゃ?」

「お前の調べが甘かったんじゃないのか?」数馬が厳しく突っ込んだ。

「そんなことわかんねーだろうがっ! 親父、丘頭警部に訊いてみろや」数馬になんか文句言われて美紗は腹が立ってしょうが無かった。 ――くっそー、この俺がどじるはずないのに……

「そうだな、警部に訊いてみる」一心はスマホを手に立ち上がった。

……

「警察はまだ婚活パーティーの参加者だと言うとこまで調べが行って無いようだ。犯人は黒装束でエスカレーターを駆け下りて逃げたらしい。ただ、管轄が違う浅草署には十分な情報は入って来ないそうだ」

一心が丘頭警部から聞いた内容を伝えてくれた。

「そっかぁ、依頼ないから調べられないもんな?」美紗はそう言って一心を怨めしそうに見詰める。

「それはそうだが、……まぁ、連続殺人と関係あるのか無いのか、そこまでだったら調べに行っても良いぞ」

美紗は一心が言い終わる前に立ち上がって自室へ向かった。 

部屋に入って直ぐ、渋谷のデパートの監視カメラをハッキングする。

「えーっと、午後一時過ぎからだな……」呟きながらカメラの位置を確認してくと、三十六台もある。

――くっそー、何でこんなにあるんだ! ……

くじけそうになるが、数馬の言葉を思い出して気合を入れ直し一階から三階までに絞ってハッキングする。

しばらく見ていて二階から一階へ走る男を見つけた。黒装束で顔は見えない。

一階の監視カメラにも写っていた。

人相は分からないが走る姿から「これは男だな」

「あれっ?」

美紗は出入り口のカメラの映像を見ていたが、犯人が出てこないのだ。

駐車場の監視カメラにも賊は写っていない。

美紗はエスカレーターの犯人の映像とそれ以外に写っている一般の客の映像をマッチングアプリに登録し起動した。あとはアプリに任せておけば結果が出てくる。

……

美紗は思うところがあって事務所へ行って「一心、ちょっと渋谷の病院へ行って事情訊いてくるわ」

「ちょっと待て、ひとりじゃダメだ。静と行け。……静、美紗と一緒に行ってくれ!」

一心が奥の部屋に向かって叫んだ。

「へぇ、どないしはりました?」静が顔を出す。

一心が事情を話す。

「へぇ、ほな、美紗行きまっか」

 

 萌絵の特別個室はホテルのスイートルームのように豪華で、控えの間まである。

美紗が静と訪れた時にそこには三人の男性がいた。

その男性に用件を訊かれて名刺を差し出して名乗り「デパートでの事件のことでお話を訊きたい」と伝えて貰う。

ベッドのある部屋にはキッチンやトイレに浴室まであるのに驚いていると、応接セットも用意されていて、萌絵はそこに座ってコーヒーを啜っていた。

「背中の傷、痛みますか?」と、美紗が問いかける。

「えぇ、ちょっとヒリヒリするけど、大丈夫よ。探偵さんがどんな事訊きたいのかしら?」

「デパートにも控室にいる三人の方がいたようですが?」

「えぇ、私のボディーガードみたいなもんですから」

「切られた時は一緒に?」

「婦人服売り場の、それも下着売り場に男性を連れて行けないでしょう」

萌絵はちょっと冷ややかな笑みを浮かべる。

「犯人に心当たりはありませんか?」

「いえ、まったく。いきなり後ろから切りつけられたので、後ろ姿も見てないのよ」

表情をまったく変えない萌絵に「そうでしょうか。監視カメラの映像には犯人がしっかり写ってました。顔こそ見えなかったけど、歩く姿で人物の特定はできるんですよ」

美紗は控室にも聞こえるようにわざと声を大きくして言った。

「美紗、そないに大声ださいでもえぇやおまへんか」反応したのは母の静の方だった。

「ごめんなさい。で、その時三人は何処へ行ってたんでしょう?」

美紗が言うと萌絵が三人を呼んだ。

「あなた方にも話を訊きたいそうよ」

三人は萌絵の後ろに並んで立ち順番に自己紹介を始める。

「僕は、金田雅夫。その時は屋上の喫煙室でタバコを吸ってコーヒーを飲んでいたんですよ。サイレンとか聞こえたんで二階へ行ったら萌絵さんが倒れていて、店の人が手当をしているとこでした。法本はもういた」

「屋上にね。屋上に子供の遊具とかありましたか」

「えぇ、ちゃっちぃのが数台あったけど子供はいなかった」

「僕は、法本正義。その時は4階の紳士服売り場でぶらぶらしていたら女性の悲鳴が下から聞こえたんで、もしやと思って階段を駆け下りて二階へ行ったら、萌絵さんが倒れていて、店のひとが声を掛けていたので、救急車は? と訊いたら、まだと言うので電話したんだ」

「救急車を呼んだのは法本さんなんですね」美紗は確認する。そしてもう一人の方へ視線を走らせる。

「僕は、池林臨。その時には特に見たいものもやりたいことも無かったので、立体駐車場に停めていた車で音楽を聞いてました。しばらくしてサイレンが店の近くで停まったので、野次馬根性で見に行ったら担架が店の中に入って来たので、一階へ行ってみようとしたら、店員が隊員を連れて二階へ上がって来たので後をついて行ったら萌絵さんが倒れてたのでびっくりした」

「じゃ、池林さんが萌絵さんのところについた時には二人はもういたんですね」

「そう。その辺全部警察にも喋ったよ。なんで探偵が来てるの?」

美紗はちょっと静と顔を見合わせて「実は、萌絵さんが以前参加した婚活パーティーに参加した女性が三人殺害されてて、私ら依頼を受けて調べてるんだけど、四人目として狙われた可能性を調べに来たんですよ」

「えっ、最近起きてた殺人事件のことなの?」萌絵は知らなかったようだ。が、首を捻る。

「でも、なんで私が狙われるの?」萌絵は不安になったのか美紗と静を交互に見詰めながら言った。

「まだ、前の三件もまったく動機が分かんないんです。別々の事件かもしれないし」

「じゃ、あんたたち私の護衛もきっちりとお願いよ」

萌絵の命令に三人は胸を叩く。

「せやけど、こん事件は関係無いやろな。なぁ美紗」

 

 

 病院を出てから美紗は静と三人の男が務める会社へ聞取りに回った。

次の日、美紗は証券会社の顧客情報システムにハッキングして苦情やトラブル関係を調べる。

その中に「騙された。訴えてやる」と顧客が言ったと記載のある報告書が数件あったのでその顧客に会いに行った。

どうやら金田は法で禁止行為とされている「絶対に儲けさせてあげます」と言い切って顧客を勧誘しているようだ。それで損失が出た時に苦情やトラブルになっているのだった。

金田が書いた報告書には「十分なリスク説明をしたにも関わらずそれを忘れて苦情になった」とコメントし、重要事項説明書に契約者の署名捺印のあることを証拠に責任を逃れている。

さらに、金田の扱った取引を時系列的に並べて美紗は疑問に思った。

数百万単位の損失が出たあと、数口の口座を解約していて、かつその合計額が損失額に近いのだ。

そういうことが何件も繰返されている。

そこまで調べてもう一度金田に会った。

「それはたまたま偶然だ」と金田は言い張った。

「じゃ、その解約の必要の無さそうな口座の所有者に会って話を聞いてきます」

美紗がそう言った途端に金田は仮面を脱いだ。

「なんだ、てめぇ。警察でもないくせにいい気になるな!」立ち上がって美紗に手を伸ばした。

その瞬間、静が金田の腕をパンチで跳ね返す。「待ちよし。乱暴はあきまへん」

バシッと鋭い音がして金田がよろめいて椅子から崩れ落ちる。

「美紗、これは警察へ行った方がえぇみたいやな」静が金田を睨みつけながら言う。

真っ青な顔色をして金田が土下座した。

「すみません。これを公にされたら俺首になっちゃう。なんでも言う事聞くから黙ってて下さい!」

悲鳴のように言った。

「金田はん、このこと萌絵はんにばれたんとちゃいます? それでボディーガードみたいなまねさせられてるんちゃいますか?」

「はい、その通りです」

「ってことは、お前には萌絵を殺害しようとする動機があるってことだな」と、美紗が問い詰める。

金田はかぶりを振って「違う。俺は好きだから傍に居るんだ。このことは関係ない!」

異常なくらい強い調子で言う。

「法本だって、池林だって他人に知られちゃやばい様な事やってるんだ。俺だけじゃない」

「へー、それって萌絵さんから言われてやってるのか?」

「いや、前からだ」

「そーいや、あんたらも婚活パーティーに参加してたよな? 何故だ?」

「そりゃー、結婚相手は俺だからさ。変な奴にさらわれたら大変だからな」

「ふーむ、やはりあんたの狙いは萌絵の父親の金か……若しくは、次期社長の椅子だな」

「まぁな……」

「じゃ、法本さんは? 何か有るのか?」美紗が訊く。

「あぁ、法本は揉めている双方から金を貰って仲裁をして稼いでるんだ。それでその揉め事が訴訟にまで発展するとばれて依頼者とトラブルになっているんだ、バカみたいだろ。それと、萌絵に近づいたのは父親の会社の顧問弁護士になれば知名度が上がって収入が増えるし、ひょっとして次期社長という事も夢見ているって本人が言ってた」

「じゃ、池林さんは?」と、美紗。

「池林は、官僚のくせに禁止されている接待を受けてるんだぜ。直接じゃなく、高級料理屋で良いだけ食って飲んで自分の名前でつけにし、それを企業に払わせてるんだ。それが萌絵にばれて言いなりになっている。こいつもバカだろ。萌絵に近づいたのは、萌絵の父親が国会議員の後援会の会長なんで、その議員秘書にでもなれたら将来議員への道も開かれるし、次期社長の線も捨てていないと言ってた」

 

 結局、萌絵の紐のような存在の三人には萌絵を殺す動機はあるが、将来を考えると実行は出来ないだろうと美紗は考え一心に報告した。

一心は「だから、怪我をさせるに止めたのかもしれないな」と感想を言った。

そして、「金田のその悪事証拠と共に丘頭警部に渡しとくからな」と付け加えた。

「おぉ、当然だな」と、美紗は応じた。

 

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