第11話 見た目と中身

「花恋殺害の半年前には親方が小料理屋仲間のところで働いている杉本遥(すぎもと・はるか)という同じ年の女の子を紹介してくれて、今は恋人になっている」高木は嬉しそうに一助に言った。

「そうなんだ、今、二十三歳でしたっけ?」

一助の質問に頷く高木は「あと二年したら結婚したいなと思ってるんだ。親方にも身を固めたら仕事に集中していい仕事ができると言ってくれてるし」と、言う。

「高木さんは血液は何型?」

「O型だけど、それが何か?」

「いや、念のため聞取りする人みんなに聞いてるんだ」

 

 翌日、一助は彼女の勤める店へ客として行って、杉本遥が注文した品を持ってきた時に身分を明かし閉店後三十分だけ時間を貰った。

杉本は約束通りに髪を落ち着いた感じの茶色に染め割と地味目なTシャツにスカート姿で現れた。

「高木君の事ですか?」

杉本が一助の質問を待たずに訊いてきた。

「えぇまぁ、杉本さんは高木くんの恋人だそうですね」

後から一助は随分と無粋なことを聞いたと反省したが杉本の答えにも驚いた。

「いえ、友達ですよ。恋人だなんて誰が言ったんですか?」

一助は「本人」とは言えずに「周辺のひとから」と誤魔化した。

「そうでしょう。噂好きだから飲み屋関係の人たち。嫌だわ」

予想外の展開に一助は迷った。 ――事件の事を訊いても良いだろうか? ……

「高木くんが人殺ししたなんて信じたくないけど、彼、興奮すると止められなくなるとこあるから……」

杉本は語尾をはっきり言わなかった。

「事件の日は会ってないの?」

「えぇ、私は十一時まで仕事してました。マネージャーに聞いてもらえば分かるし、タイムカードにも記録があると思うわよ」

「帰りがけに訊いてみます。……」一助はちょっと訊くのを戸惑った。この辺が探偵経験の浅いとこかも知れないと思い直して聞くことにする。

「今後、杉本さんは高木くんと、そのー、なんて言うか、恋人になりたいとか……」

「ははは、探偵さん、はっきり訊いてくれても良いですよ。恋人になるかどうかは成り行き次第ですよ。恋ってそう言うもんじゃない? 探偵さん恋人は?」

聞かれて一助は冷や汗が流れるのを感じながら「はい、ひとりいます」

「ふふふ、ひとりって当たり前だと思うけど、おかしな探偵さん」

一助は、杉本遥という女は以外に擦れてるのか、恋愛経験が豊富なのか分からないが、スナックのお姉ちゃんみたいだと感じる。 ――高木は杉本の掌の上で転がされてるなぁ……

「もう、良いかしら。そろそろ帰って寝なくちゃ明日に差し障りがでるから」

言われて一助が時計を見るともう十二時近くなっていた。

「あっ、済みません。時間オーバーしちゃいました。もう結構です。ありがとうございました」

一助が頭を下げているうちに杉本は姿を消した。

 

 翌朝、一助は一心に自身の感想を含めて調査結果を報告した。

「じゃ、高木一平のアリバイは十時までしか無いってことだな、しかも血液はO型かぁ」と、一心。

「おう、もう血液型は関係ないんじゃないか? 偽装だったんだろう?」数馬が口を出した。

「そうだった。だから犯人は男か女かもわからなくなったってことだな」と、一心が言った。

「おー、それにしても杉本って女は木訥な感じの高木の彼女だからよ、もっと純な女かと思ったら、じゃないのでびっくりだったぜ」

「そうだ、女は見かけじゃわからん。怖い生き物だぜ」

「まぁ。俺の彩香は違うけどな。へへっ」

 

「でな、一助、もう一件過去に被害者に関わる事件があったんだわ」

「桜木花恋の関係でか?」

「いや、酒上あやめの関係だ。殺害される三カ月前東浅草の公園で暴漢に襲われた事件があったんだ。詳細はそこの警察の調書に書いてあるから読んでからその男に会ってみてくれ」一心がテーブルに置かれた調書を指差し言った。

一助は自室に戻って調書を読み直す。

あやめの店の客の青井川聡士(あおいがわ・そうし)と言う男が加害者だった。

常連でいつもあやめを指名しているのに、昼間食事に誘うと会ってくれるのだが、それ以上のことは拒否され続けたようだ。

ある日、店の帰り道あやめに送ると言って東浅草の家の近くのコンビニまでタクシーで行って、そこから百メートルほどあるアパートまで歩いている途中、

「この辺でいいわ。あとは走って帰るから」あやめは言ったが、

「すぐそこだから送るよ」と青井川は譲らず、深夜の事もあってあやめも大きな声は出さなかったようだ。

アパートのすぐ傍の公園の横を通り過ぎる時、青井川がいきなりあやめの腕を掴んで強引に公園内に引きずり込んで押し倒し乱暴しようとした。

あやめの悲鳴を聞いた巡回中の警官が駆け付け青井川を現行犯として逮捕した。

青井川は「合意の上だ」と主張したのだが、あやめが引きつるように泣いて

「無理やり送るって付いてきて、公園に無理やり連れ込まれた」と訴えたため、青井川は不同意性交未遂として懲役三年執行猶予五年の判決を受けたのだった。

「なんか、花恋の時と同じような事件だな。判決はひと月前か、……青井川が根に持っているとすれば十分犯行の可能性はあるな……」一助は読み終えてそう思った。

一心にその事を言うと、

「あぁ十分に考えられるし、警察も奴をマークしている。あやめ殺害時のアリバイがはっきりしないらしい」

一心はあやめ殺害事件に関する警察の資料をテーブルに置いた。

「本人はなんて言ってるんだ」一助はそれを開きながら訊く。

「部屋で寝てたと言ってる」

「ははは、それはダメだな」

「今、美紗に向島の青井川のアパート周辺の監視カメラをチェックさせてる。抜け道はあるが写っていたら奴の嘘がはっきりする」

「写ってたぜ、青井川。夜中の一時に何処かへ出かけてる。戻ったのは四時前だ」

グッドタイミングで美紗がパソコンを開いてその映像を流しながら事務所へ降りてきた。

「そうか、あったか! 丘頭警部に知らせてやってくれ、一助裏取れ。警察に後れを取るなよ!」

一助は青井川の写真を手に事務所を出て、向島に向かった。

 

 アパートに着いてインターホンを何回か鳴らしたが出ないので不在かと諦めかけた時、カチャリと音がして欠伸をしながら男が顔を出した。

「あのー、青井川さんですか?」

ちょっと強面の男に弱腰で訊く。

「そうに決まってるだろう。お前誰の家に来たのよ」

一助は名刺を渡して名乗り、「あやめ殺害事件について訊きたいんだけど」と切り出した。

「警察に全部喋った。お前に言うことは無い」そう言ってドアを閉めようとする。

「ちょっと待って、主張したアリバイは崩れたよ。証拠を見つけたんだ!」ドア越しに一助は叫んだ。

「本当は事件の夜一時、あんたは家に居なかった。何処へ行ってた?」

ドアがもう一度開いた。

「お前、警察に話したのか?」青井川はさっきの強面はどこかに吹き飛んで怯えた目をしている。それもそのはず、執行猶予中に犯罪を犯して猶予を取り消されたら即務所だからだ。

「あぁ、市民の義務だからな。で、何処にいた? やってないなら俺が証明してやっても良いけど? ……」

立場が逆転して一助は優位に立つと上から目線で喋る。

「……証明って言ったって、女漁りしてただけだからよ……釣れなかったし」

「どの辺?」

「向島の飲み屋街」

「知った人がいたとか、何かの事件か事故があったとか、そこにいた奴じゃないと知らないような事とか無かったか?」

「十人以上の女に声を掛けたから、ひとりくらい覚えているかもしんねぇけどよ……無理だよな」

「分かった。後で何か思い出したらここに電話くれ。警察より頼りになるぜ」一助は名刺を手渡す。

「お、おぅ」務所に戻るのが怖いのか青井川は情けない声で返事する。

「あっ、それとまもなく警察来ると思うけど、絶対に逃げるなよ。無実なら絶対証明してやるから」

何故か一助はそう言ってしまった。犯人である可能性のほうが高いはずなのに。

「おぅ」青井川は返事だけして部屋の中に姿を消した。

 

 一助は事務所に報告して向島の飲食店街に向い、行き交う若い女性に青井川の写真を見せて歩き回る。

事務所では美紗が向島の監視カメラの映像の中に青井川がいないか検索していた。

夜の二時過ぎまで聞きまわり疲れ切って一助は事務所に戻る。

一心が待っていてくれた。

「おぅお疲れ、そう簡単には見つからんだろう」と、一心。

「あぁ、美紗の方は?」

「いやー、ダメだな。明日も行くのか?」

「もち、やり始めたら最後までやる」

「そっか、飯リビングにあるから食ってから寝な」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る