第9話 O型の男

 一心は主催者の<慶賀マリッジエージェンシー(株)>に司会者だった女性を尋ねた。

「探偵さんが私に何の用かしら」鈴木香月と名乗った女性は一心を悪徳探偵とでも思ったのだろうか、棘のある目を向けてきた。

「いや、うちの娘がお宅が司会した婚活パーティーに無料招待券を頂いて参加したんですよ」

「娘さんのお名前は?」

「美紗です」

鈴木はファイルを開いて確認してる素振りを見せる。

「あぁいらっしてますね。それで?」

「無料の招待券なんて良く配布するんだろうか?」

「いえ、そのような物配布したことはありませんわよ」

「えっ、娘が貰ったと、で、当日あなたに訊いたら『特別サービス』とだけ言ったと……」

「さー、美紗さんからも電話で訊かれましたけど、感違いじゃないでしょうかしら?」

鈴木は時間を気にしながら眉間に皺を寄せ面倒臭そうに早口で言う。

「そうですか、……他にも貰ったと言う女性がいるんですがねぇ」

一心は相手の心の動きをみようと指先や目の動きに注視する。

鈴木はいきなり立ち上がって「用件がお済なら、お引き取り下さい。これからお客様をお迎えしなきゃいけませんので……失礼」

一心の反応も待たずに応接室を出ていった。

仕方なく一心が腰を上げようとすると別の女性がコーヒーをトレイに乗せて持ってきた。

「あのー、婚活パーティーのダイレクトメールを出すときの手順なんか教えて貰えないかな?」

その女性に訊いてみる。

女性はコーヒーを一心の前に置いて、トレイを抱えちょっと考える風な姿を見せて「基本はホームページ上に公開するだけなんですが、一度でも来られた方には郵送することもありますね。それはその係りの者が一覧化して、多少の人物調査をしたうえで、そのパーティーを司会するものが最終チェックをしてから郵送することになってますよ。何か不都合でもおありでした?」

女性は親切に教えてくれた。 ――それなら、司会者が勝手に招待券を入れることも可能だ……

――だが、それで何か事件に関係するようなことがあるんだろうか? ……

一心はますます分からなくなってかぶりを振った。

「どうされました。具合でも悪い……」女性が心配そうに一心を見ていることに気付き「あっ、いや、何でもない」そう言って、コーヒーを一気飲みして腰を上げた。

 

 事務所に戻った一心は家族を集めて状況を確認し合った。

その上で、司会者だった鈴木香月を調べるよう数馬に言う、と、美紗が「俺やる。智華のこともあるから婚活パーティー絡みは俺に任せてくれ」

「じゃ、生い立ちから過去に何か無かったか、特に殺された三人との関りを調べてくれな」

 

「いやー、特に事件とかないなぁ。失恋はあったみたいだけどよ。両親も元気で江東区に住んで普通のサラリーマンやってる。死んだ三人の名前は小中高の卒業アルバムにも出てこないかったし、事件には関係ないんじゃないかな」美紗の報告は一週間ほど経った日だった。

「やはり、そうか……あの招待券は謎だが、智華さんはもう数週間何事もなくいるから、たまたまだったかもな」

「疑い深い一心が言うならそうなのかもしれないな」

美紗も何となく「事件性は無いか」と思い始めたようだった。

警察は連続殺人として動いているようだが、まだ容疑者は浮かんでいない。

 遠見里桜殺害事件と酒上あやめ殺害事件で採取されたDNA型が一致し同一犯と断定されたが、三件の事件で浮かんだ男性のDNA型とは一致しなかった。

 また、桜木花恋が握っていたボタンの指紋と彼氏の田中創の指紋は一致しなかったし、念のため照合した遠見の不倫相手の日田や酒上の交際相手の山一とも一致しなかった。

 

 結局、三人の女性が殺された事件で容疑の消えていないのは、桜木花恋の名前も顔も分からないストーカーだけだった。

 

 

 浅草署の丘頭桃子警部は、上層部の判断した連続犯人説に不満を抱きながらも命令に従って捜査を続けていた。

当てもなくストーカーを探していたのだ。 

 ところが、とんでもない所から容疑者が浮かんだ。

池袋駅のホームで起きた男女の転落事故。最初に落ちた女性が「誰かに突き落とされた」と証言したため、傷害事件として警察が動いていたのだ。

 女性の前に居て落下を救った男性が怪我をし入院したのだが、警察が勘違いして男性が加害者だと認識し血液を鑑定し警察のデータベースで照合したところ、女性三人が殺された事件での遺留品のDNA型と一致したのだった。真に「瓢箪から駒が出る」である。

連絡を受けた浅草署の丘頭桃子警部は浅草の松上幸三郎の自宅を訪れ、驚愕の眼差しを向ける両親の前で逮捕した。

 取調室で対座し話をすると「俺は関係ない。そんな女知らない」そう言い張る。

被害者に残された体液のDNA型が一致したと言っても「知らない。そんな場所にも行ってないし、レイプだなんて出来るはずない」

二人目の被害者桜木花恋が握っていたボタンの指紋も松上のと一致していた。

アリバイについて糺すと「景浦沙理香という女と渋谷の忠犬ハチ公の前で午後十時に待ち合わせしていたけどすっぽかされた。だから彼女に聞いてくれ」と言う。

所持していたスマホの電話帳の電話に掛けさせるが、「電話が登録されていないか電源が入っていない」と返される。

「そう言えば、電話で喋ったことは無かったなぁ」と、松上。

「婚活パーティーの帰りがけに向こうから声を掛けてきたんだ。そこの参加者名簿に名前があるんじゃないか?」

丘頭は出鱈目だなとは思いつつも、一つひとつ潰す必要があるので、部下にその会社へ行かせる。

三十分後その刑事から電話が入ってそんな女は名簿には無いし参加もしていないと報告を受けた。

それを松上に突きつける。

「そんなばかな、だってそこからワイン飲んでホテルへ行ったんだぜ」

「店の名前は?」丘頭は嘘つき男に腹が立ってきてつっけんどんに言った。

「名前なんか知らん。初めて行ったんだ、いや、連れて行かれたんだ。本当だ! ホテルの最上階で夜景の見える店のカウンターに並んで座ったんだ」

「店わかんなかったら、私らにどうやって探せって言うのよ。いい加減な嘘はもうやめて!」つい丘頭は怒鳴ってしまう。

「無理やり俺を犯罪者にしたくて、都合の悪い捜査はしないってことか」丘頭は、松上が開き直ってるように思えた。

「無実だって言いたいなら、その店はっきり言いなさいよ。あんたの言う事は信用できないけど、婚活パーティーを主催した会社まで確認しに行ってるのよ。あんたこそ都合が悪いからいい加減な事言って誤魔化そうとしてるんじゃないの!」

「そ、そんなことない。窓からスカイツリー見えた。十階以上あった。向島じゃないかな。ホテルは<アビーロード>ってラブホテルだ」

「分かってんならさっさと言え! じゃ、そのホテルからアビーロードまでは歩いたってことだな」

「お、おぅ」

丘頭は部下に早速行かせる。

「その女の特徴は?」

「百六十センチくらいで、口の右下に大きな黒子、ちょっとグラマーで胸でかかった。んーあと、そんなに美人じゃなかったなぁ。話だけど歌が好きで上手いらしい。そう言えば、あの時の反応が良くってな。ふふっ、背中に爪立てられてバンソコ貼ってもらったんだった」松上はにやけて言うが丘頭はしらけて聞いていた。

「それ剥がした?」

「んー風呂何回も入ってるから剥がれてるんじゃないか?」

「おい、市森刑事、ちょっとこいつの背中にバンソコないか見て」

言われた刑事が嫌そうな顔をしながら「失礼」と言ってシャツをめくる。

「あっ、貼ったままですね」

「ちょっと鑑識呼んで! 証拠品だから指紋つけんなよ」

……

「あんたの言ったことでひとつだけ事実があったわね」

丘頭の頭に「ひょっとしてこいつの言ってることは本当の事なのか? いや、しかし、無関係に貼ってもらったことを思い出して都合よく言ってみただけかもしれない……」迷いが生じた。

「だから、俺は無罪だって言ってんだろう」

「けど、被害者の体内にあんたの体液が残ってたの。どう説明できるって言うのよ。まさかレイプしたけど殺してないなんて言うんじゃないでしょうね!」

「ばかな! 俺はどっちもやってない」

 

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