第8話 無料招待券

 一心は昼飯を食った後コーヒーを啜りながら静とテレビが報じる殺人事件の続報を観ていた。

「俺は遺体の状況に納得いかないんだよなぁ」一心が呟く。

「そやかて警察は連続殺人やてゆうとりますえ」と、静。

「でもよ、死んだ遠見里桜の体内からO型の体液が採取されたが、抵抗しただろうに加害者の汗や髪の毛、皮膚片と言ったものが発見されていないんだ。それに女の身体に擦り傷ひとつ無いのは理解できない。だろう?」

「せやけど、睡眠薬が遺体から微量検出されてますやろ」

「うん、眠らせたうえで暴行したということになるがよ、それなら、何故遺体をわざわざ裸にして川へ捨てたのかな?」

「そやなぁ、遺体を動かしはったらそこに必ず何か証拠が残るよってなぁ……不思議やわぁ」

「だろう、考えられるのは、殺害現場を隠したいということじゃないか?」

「ほなら、犯人の家とか会社とかが現場だっちゅうことかいな?」

「おぉ、そういう現場と犯人が容易に結びつく場所で殺してしまった場合が考えられるがよ、今回は睡眠薬を使っているから、車で移動してから殺害しても良かったんじゃないか?」

「そう言われたらそやなぁ……なんか変やわぁ」

 

「第二の殺人事件の被害者桜木花恋の場合はもっと不思議なんだ」

「何がどす?」

「被害者が握っていたボタンに犯人だろう男の指紋は残されていたが、どうして被害者の指紋が付着していないのか?」

「ほー、そうやな」

「それによ、被害者の衣服は乱暴に引きちぎられているが、爪の間に糸屑や皮膚片と言ったものが見つかっていないし、擦り傷も無い。ボタンは抵抗する中で引きちぎったものと考えられるから、状況が一致しないんだ」

一心はそう言って「その上、つまりあまりに強く抵抗するので乱暴する前に首を絞めてしまったという事だろう」と付け加える。

「花恋はんもどこかで殺されて、キャリーバッグで運ばれて……可哀そうやわぁ」

「あぁその事だけど、通常二時間ほどで硬直が始まるから、殺害してバッグに詰めて運んで丸まっている遺体の手足を伸ばすまで、二時間と言う時間は短すぎると思わないか?」

「なら、キャリーバック痕は偽装やいわはりまんのか?」

二人は顔を見合わせて一緒に首を傾げる。

「ちょっとコーヒーでも淹れてきますわ」静が空のコーヒーカップを持って立ち上がる。

「いやー参ったな。全然先が見えん」一心も立ち上がって軽く体操をし気分転換する。

 

一心が淹れ直したコーヒーに口をつけて、

「そして、第三の殺人事件の被害者酒上あやめの場合は、加害者は端から被害者を殺そうとしている。レイプ目的じゃない。それなのに、撥ねた車のシートの下からO型の血液のついたハンカチが見つかっている」

「へぇ、それはあても可笑しい思うとりました。車を停めてから血を拭ったはずやおまへんか、なら、ハンカチは落しまへんで、それもシートの下やなんて……」と、静。

「おー、それにな、警察は加害者も怪我をしたと判断したようだが、車内にぶつかった痕跡が無いんだ」

「ほなら、どこで加害者はんは怪我をしはりましたんかいな?」

「この三件を警察の言うように連続殺人とするなら、何故、三件目だけ単純に撥ねたのか? 被害者は結構良い女だったんだぜ」

一心は言ってから後悔した。静の目が、あの二重の優しい眼差しが三角のボクサーの目になりかけてる。

「いやいや、俺がどうこう思ってるんじゃ無くって、犯人がそう思うはずだって話だ」

冷や汗を一杯掻いて言訳をする。

「ほんまか? あんはんもおなごに弱いよってなぁ……」

やばい! 一心が思った時バタバタと足音が階下から聞こえ数馬らが帰って来た。

美紗も三階から降りてきた。

「あーだめだぁ……監視カメラの位置が現場から遠いのと、轢いた車を後ろから写してるからナンバーは分かったけどひとは分からんじゃ」美紗の泣きが入ったが、一心には天の救いだった。

 

 

 探偵事務所に来客があったようだ。

三階の自室で照合作業をしていた美紗が呼ばれた。

階段を降りて二階の事務所に顔を出すとハッカー仲間の桜乃木智華が一心と話していた。

「あら、智華、珍しいわね。どうした?」

「うん、んー、……」

何か内緒の話があるみたいなので美紗は智華を三階の自室に連れて行く。

「あのさ、遠見里桜と桜木花恋と酒上あやめの三人って……」智華がそう言ったところで、美紗は言葉を遮って「殺された……」と続けた。

「殺されたのよね。あんた知合いなの?」

「美紗、気が付かないの? 三人ともこないだ行った婚活パーティーに参加してた人達よ。それもカップルになってた」

「へー、そうだっけ。あんたもカップルになったよね。その後どうした?」

「うん、えー週一くらいで会ってるかな。じゃなくて、そっちは良いの! だから、私もカップルになったから狙われてるんじゃないかと……」

本当に不安な様子の智華を見て思わず「ぎゃははっ、そんな、智華を狙うなんて。だって、あんたを恨むような人いる?」

「それはそうなんだけどさ……そんな、笑わないでよ。これでも結構真剣なんだからさ」

「そうね、ごめん。でもさ、親父に訊いたら、三人とも夫々恨んでいる人はいるみたいよ。まだ、犯人を特定していないけどさ、別々の犯人なんじゃないの。あんたの言うのはたまたまよぉ。そうに決まってる。それとも襲われそうになったとか?」

「いや、それは無い。思い過ごしなら良いんだけどさ、……でも、怖くてさ」

「ねぇ、あんたのとこにも無料招待券送られてきたの?」美紗は気になって訊いた。

「えぇ、あんたのとこにも来たの?」

「そう、なんか変な気がしたんだけどさ。殺された彼女達にも送られてきてたんだろうか?」

「美紗、ちょっと止めてよ。来たなんて言われたら、狙われてるみたいじゃないよ」

美紗の心に探偵の根性が沸々と湧き上がって「でもね、怖がってばかりじゃ事は解決しない。でしょう?」

「まぁ……」

「分かった。下へ行って親父に話して探偵岡引一家としてあんたを助けるわ」

 

 事情を話すと一心も気になる様子。

「先ずよ、そのパーティーの主催者に訊いてみな。それで誰々に送ったかはっきりする」

「そうだな。掛けてみる」美紗は親父と話すと何故か男言葉になっちゃう。

……

「可笑しいなぁ……」美紗は首を捻る。

「どうだった?」心配げに訊く智華。

「それがさ、そんな無料招待券なんて送って無いって、でもさ、会場で司会者に訊いたときには『特別サービス』とかって言ってたのに……あ、あとカップルになった人知ってる?」

「えーっと、……あんたあんときの名簿持ってない?」と、智華。

「あぁ、あると思う。ちょっとまっち……」

美紗は階段を駆け上がり自室の引き出しを掻きまわす。

「あったわ。これ見て分かるの?」

「うん、喉まで出かかってるから、ヒントさえあれば……」智華が指で名前を辿る。

「あっ、この人だ」

智華の指先を見ると、乙女塚真琴(おとめづか・まこと)と書かれていた。

「あー思い出した。あの背のでっかいひと。カップルになってた。男の人と背丈が同じだったわ」

「もうひとりカップルじゃないけど、男の人三人引きつれてたひといたわよね」

「えっ、んー……あぁ、私くらいの背丈でやたら胸の大きな娘、智華くらいあったんじゃない?」

美紗も智華もそばに一心がいること無視してバストの話を始めると一心はこそっと奥の部屋に姿を消した。

「バカ、何言うのよ。あの彼女はFカップはあったわよ。私はDだもん、負けてる」

「智華、良いのよそのくらいが、私なんかBよ男のひとの胸の筋肉と大差ない」

「ははは、良いのよ美紗は美形でスリムなんだから」

「そうね。大きすぎると歳いったら垂れる心配しないとなんないもんね。ははは」

……

ひとしきりバストの話で盛り上がってから、「でも、住所も電話も書かれてないから連絡とりようがないわね」と、智華。

「ふふふ、あんた何年ハッカーやってんの、その会社のサーバーにきっと保存されてるわよその真琴の住所も電話もね」

「ふふっ、そうね」

「あっ、で、彼女の名前……」と、美紗が訊く。

「そうそう、えーっとね……そうそう、これこれ、このひと濡田萌絵(ぬれた・もえ)さんよ」

美紗は智華を連れて自室のパソコンを開く。

 

「あんた電話する?」と美紗が言う。

「いやー、探偵さんに任せる」

乙女塚真琴は美紗の事を覚えていてくれた。そして「無料招待券? って何?」と訊き返された。

身の回りに普段と違う事も無いと言う。

ただ、パーティーに参加した三人が殺されたと言うのは他人事のように聞いて知っていたと言う。

「やはり、全員に配った訳じゃないんだね。何らかの狙いか目的があるってことだね」

美紗はすぐに事務所へ行って一心を呼んで報告する。

智華は浅草に住み電化製品の販売・卸店に勤務している。

美紗と同じ北道大学の電子機械工学科を卒業していて、別名「ハッカークラブ」という大学の研究クラブの仲間の男女十名くらいでいつも遊んでいた。

その中に恋人もいたのだが、卒業と同時にアメリカに渡ると言う彼に付いては行けないと言って別れた。

その後グループは自然消滅したが美紗とは長く友人なのだ。

 

「じゃあよ、まず、智華さんの男関係を洗ってみよう。カップルの相手からだな」一心が言う。

「はい、武純淳(たけすみ・じゅん)って言います。今はさいたま市に住んで自動車修理工場で働いてます。今年二十六です」智華が答えた。

「じゃ、智華さんは夜一人歩きをしないとか、何か気になったらすぐ美紗に電話をいれてくれ。家近そうだから夜中でもすぐに駆け付けるからね」と、一心。

「美紗、一度智華さんの家まで送って行ってくれ、場所覚えておかないといざって時、時間掛かっちゃうからな」

「おー大丈夫任しときな」

智華は探偵料を払う積りで来たらしいが「美紗の友達から金はとれない」と、珍しくケチな親父がかっこいいとこを見せる。

 

 翌日、美紗が相手の武純に会いに行くと事件の日にはアリバイがあると言う。

美紗はその足ですぐ裏を取りに走り回った。

……

「ただいまー」美紗が事務所に戻ったのは夕方の六時、随分と都内を走り回って疲れた。

「どうだった?」一心に訊かれ「おー、彼氏のアリバイ成立だわ。裏も取れた」と、答える。

「そうか、良かったな。知らせてやったのか?」

「一応な、だけど、他に犯人がいるってことだから油断はできんだろう」

「そうだな、まぁ気ぃ付けてみてやれ」

「あぁ、ついでに彼の家族とかにも話訊いたけど、機械好きでいつも油臭くて女の子とろくに付き合ったことも無かったらしいぜ、智華が臭いを気にしなかったので一気にのめり込んだようだよって親が言ってた」

「そんなやつなら、まぁ犯罪に関わることは無さそうだな」

 

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