第6話 事情聴取

 一助は曇天だが蒸し暑いなか歩いて事務所から桜木花恋が働いていた店へと向かっていた。

<かれん>と言うその店は向島の飲食街の大通りに面した交差点の角にあって、目立つカラフルな色合いの壁や窓の装飾は女性に好まれそうな感じだ。

店内に入ると、カウンターチェアが五つにボックス席が六つあり外観とは違って落ち着いた雰囲気で数カ所に観葉植物が置かれている。

そして広い窓からたっぷりと光が差し込んでいて、明るい。

事前に連絡していたのだが「何で探偵なんかが花恋のこと嗅ぎまわってんだ?」

肩を怒らせた父親だろうおやじにちょっと棘のある言い方をされて驚いた。

「花恋さんの彼氏から頼まれまして……」普段はヤンキーっぽい言葉を使う一助だが、仕事では普通に喋ることも出来る。

「あぁ、創くんか。……せっかく良い男と知合えたと娘も喜んでいたのに……」父親が言葉を詰まらせる。

「それで、何を聞きたいのかしら?」母親が代わって質問してきた。

「犯人逮捕の為の情報を集めてるんで、トラブルとか悩みとか……最近、普段と違ってたこととか……ないですか?」

「おー、ストーカーだ。なぁ母さん、黙って後を尾けてくるって、警察へも相談に行ってるんだ」

「そうよ、警察にも言ったんだけどね、花恋ストーカーにつきまとわれてたみたいで困ってたわ」

「ストーカーの話は聞いてるんですが、相手の顔とか名前とか分かんないんですか?」

「それが、全然……なんせ近くに寄らずに離れたところからじっと見ているようだったから」

「いつ頃からですかね?」

「半年くらい前からよ。ねぇ、彼氏のできる三か月ほど前だったから……」

母親は父親の顔を同意を求めるように見詰めながら言った。

「そ、そうだな、確かそのくらい前だった」

「その頃何か変わったことありませんでした?」

「……そー言われてもなぁ母さん……」

「花恋が二年前に店で働くようになったら、お客さんが増えてきて昼時なんか満席で忙しくってねぇ……あっそう言えば、お客さんの中にやたら花恋に声を掛ける男のひとがいたわねぇ」

「そりゃお前、店の中の話しだろう。自分の娘の事を褒めるのも恥ずかしいが、結構可愛くってな。ショートヘア―にミニなんかで、そりゃ若い男は釘付けでよ、ふふふ」

「なんです。お父さん、そんな嫌らしい笑いして、バカじゃないの!」

「はぁ、相当男性に人気があったってことですね。働いてる写真あったら見せて貰えないですか?」

母親がすっと裏へ行って一枚の写真を潤んだ目で見詰めながら戻ってきた。

「おー、可愛い、彩香と良い勝負だ」一助が思わず呟いてしまう。

「えっ、彩香って?」母親に聞かれてしまう。

「あっ、すんません。……俺の、彼女で、へへっ」頭を掻いて照れ笑いする一助。

「おっ、そーか、写真持ってるのか?」父親が興味深そうに言うので、免許証と一緒にしてる写真を見せる。

「ほー、ちょっと花恋に似たとこあるな」

「どれどれ、私にも見せて……あらー……」お母さんが写真をじっと見詰めてぽろりと涙を零す。

父親も涙ぐんでお母さんの肩に手を回す。

「すみません。思い出させてしまって……」

「ふふふ、何言ってんの、花恋のこと訊きに来た時点で思い出させてるでしょ」

笑顔を作ってお母さんが写真を返してくれた。

「今度よ、彼女と一緒に店に来てくれないか。コーヒーご馳走するから」と、父親。

「そうね、コーヒーに花恋から作り方教わったパスタもつけるわ」お母さんは娘を見る様な愛情のこもった眼差しを一助に向けるので、思わず頷き、ろくに顔を覚えていない自分の母親がこんなひとなら良いなぁとぼんやり思う。

「俺きっとそのストーカー見つけ出します。娘さんの仇は俺がとります」

勢いで言ってしまって少し後悔もしたが、ストーカーを憎む気持は十分に伝わっていた。

帰り道店付近の監視カメラの位置をメモする。

それから、花恋の家まで歩きながら監視カメラの位置をメモし続けた。

 

 事務所に戻った一助は「美紗、ここにメモした住所の監視カメラの映像で桜木花恋のあとを尾ける男探してくれ」

そう言って借りてきた花恋の写真をテーブルに置いた。

「これ花恋って奴か? 顔写真なら警察から借りてきたのあるから要らない、その件、もう一心から頼まれてるし、その住所本当に正しいのか? 漏れてたら犯人捕まえられないんだぞ! それ分かって調べてきたんだろうな!」機嫌が悪い訳じゃないんだが美紗は男言葉で、言い方もきつい。それだけ真剣に調査をしているって事なんだが、些か腹が立つ。 

「あたりきだ。俺はいい加減な仕事はしないんだ!」一助が叫ぶように言う。

「ふふっ、なら良い。ちょっと言われて弱気なこと言ったらぶっ飛ばすとこだ。分かった、その住所をあくまで参考にさせてもらうぜ」言い放して美紗は三階へ姿を消した。

考えたら一助は二十五歳だから美紗よりひとつ年上、なんでこんな言い方されなきゃなんないんだ、と改めて腹が立つ。

 

 

 一心は夜の十一時過ぎに事務所を出た。もちろん、静には話してある。仕事だ。決して女遊びじゃない!

「行ってらっしゃい。寄り道せんようにな。おきばりやす」

静は優しく送り出してくれたが、二重瞼の優しい目は少し三角になりかけていることに一心は素早く気付く。

 店の名前は英語で読めなかったが、<Girls bar>と言う部分だけは分かった。

一心は一歩店内に入って驚いた。

カウンターは「U」の字型をしていて、中に入る女性の足が見えるように空洞になっている。その色気の部分を除けば回転寿司屋みたいだ。

話を通していたので、そのまま奥の事務室に連れて行かれた。

「むらさきの事は、……じゃない、あやめだな。彼女は厄介者だったよ」マネージャーが言った。

「どういう意味で?」

「トラブルメーカーでさ、しょっちゅうほかの女と喧嘩して、困ったもんよ」

「それは客の取り合いで?」

「それしかないだろう。ほかにあると思うのか?」マネージャーはこの世界ではありがちなヤクザもんの風を見せている。

客にバカにされたらこの商売やっていけないからだ。

「特に、仲の悪いのは誰?」

「あきとちほだな」

「あとで話訊ける?」

「店閉めてからな。どっか他の店でも行って訊いてくれ」マネージャーはそう言いながら寿司を握る真似をし、ジョッキーをグイッと空けるマネをする。

「客に気になる奴はいなかったか?」一心は苦笑いしつつ質問を続ける。

「おー、最近、店の客で彩鬼って奴につきまとわれたらしいぜ。あれにしては珍しく怖いと言ってた」

「そいつの写真とか無いよな」

マネージャーが傍にある引き出しを漁って「あぁ、これだ、これ」一枚の写真を差し出した。

「この後ろの列の右端から二番目の奴らしい、あれがそいつを指さして、店に来れないようにできないのかって言ってきたから」十人ほどが写り込んでる客と従業員の記念写真のようだ。

その男は一言で言えば人相の悪い、特に目が尋常の人間のじゃないみたいだ。

「こいつヤクでもやってんじゃないのか?」

「そう見えるだろう。まぁ訊いてみんとわからんが、頭が可笑しい奴なのは間違いないと思うぜ」

「こいつに殺された可能性あると思うか?」一心が問う。

「そうだなぁ……有り得るだろうな。言い寄って、逃げようとしたり、酷い言い方して奴が切れてな……だけどよ、あんときはあやめが帰ってから三十分は店にいたぜ。あやめが先に帰ったの知らないから戻ってくる思ってたんだろうな。で、誰かに先に帰ったと聞いて切れてた」

「おーやはりそうか……じゃ、殺害は無理だな」

「女の話は? 訊くのか?」

「あぁ、一応ふたりに訊く」

「じゃあよ、ちょっと行ったら<門屋>ってすし屋あるからそこで待ってれや、十二時には行かせるから、奢ってやらないと何もしゃべらないぜ。ふふっ」マネージャーはにたりとして言う。

「えーっ、めちゃくちゃ高い証言料だな」一心は二十四時間営業のレストラン程度の事を考えていたのだが……。

「ミニスカのねぇちゃんとただでお話しできるんだからそのくらい出せや」

マネージャーは他人事だと思って気軽に言いやがる。 ――十一時四十分か、先行ってビール飲みながら大将に価格交渉でもしとくか……

 

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