第5話 不倫する男

 数馬に遠見里桜の友人や自宅周辺の聞き込みを指示している一心は、自ら里桜の勤めていた渋谷の<S商事>へ出向く。

人事部長に面会し社員への聞取りを許してもらい、始めにその部長に話を訊く。

「里桜の不倫話は社内でも有名でな、複数の管理職が被害にあっているんだ」

社内の不祥事を飄々として話す部長にちょっと驚かされる。

「その相手わかります?」

「そうよなぁ、里桜の所属する部の部長までもがその中に含まれているらしいぞ」と、部長。

幾つか質問を変えてもう少し名前を聞き出そうとするがなかなか言わない。

それで一番年上の女性を紹介してもらう。所謂、お局様だ。

「業務部の山白課長、搬送部の大分課長、総務部の唐崎部長、人事部の大磯部長、経理部の日田課長と青地部長の六人が引っかかった男よ」と、彼女は具体的な名前をすらすらと読み上げるように言う。

「えっ、人事部の大磯って今話を訊いてきた……」一心はさすがに驚く。

「そうよ、他人事みたいに言ってたでしょう。百万取られたって噂よ。もう一度訊きに行ったら、ははは」

「それに経理部って里桜さんの所属してた……」

「えぇ、そ。彼女金持ってる男しか興味ないのよ。ってか、男に興味は無いの。金だけなのよ、悲しい女」

「ほう、その六人の中で一番彼女を恨んでるのは誰だと思う?」

「ふーん、容疑者って訳ね。やっぱり、日田じゃない。別れた後もしつこく里桜を追いかけ回してたって聞いたわよ」

「不倫が原因で離婚した人は?」

「離婚ねぇ……あっいるわ。青地部長よ、そうそうこないだ離婚訴訟起こされたって頭抱えてたっけ」

大体どこの会社にもいる管理職より年配の女性社員は、誰とでも平気で喋るから噂の発信源でもあるし、情報屋でもある。

一心は丁寧に礼を言ってその青地部長に会いに行く。

 

「もう、聞きつけてきたのか? 我が社の母さんからだろう?」青地は特段隠すつもりもないのだろうすらすらと喋ってくれそうだ。

「あの女には騙された。端から金狙いさ。色気ふりまかれて、ついふらふらっと。あんたも分かるだろう男なんだからよ」

「えぇ、良く分かるなぁ。たまにはふらふらっとされてみたいもんだよ。ふふふ。それじゃ、彼女が亡くなった晩はどうしてました?」

「おっ、俺を疑うって訳か? まぁ、良い。あれは土曜日だったよな。んー誰かと寿司食いに行ってたな……」

「なら、アリバイは有るんですね」

「そ、そうそう、向島の<門屋>ってすし屋だ。あそこ馴染みの店なんだ。誰と言ったか覚えちゃいないが九時頃から一時間か二時間寿司食って日本酒飲んでた。行って聞いてくれ。それに俺、騙されたのそれが初めてじゃないからそもそも殺そうなんて思いも寄らないぜ。それだけは言っとく」

青地はそう言った後で「俺も定年まで八年あるから、取締役になる可能性も無きにしも非ずと思ってたんだ」

と事件とは無縁の話を始めた。今更聞きたくないとも言えないので大人しく聞いてあげることにする。

「だから、スキャンダルは命取りだと肝に命じてたのに……しかしなぁ、あんたも五十代か?」

「えぇ五十四だよ」

「それなら分かるだろう。歳と共に若い女に夢を見るんだ。アダルト動画みたいな夢」

「えぇ、俺も夢みるな」

「でさ、あの艶めかしい里桜に何かにつけて仕事を頼んでたら、役員会の資料作りに苦労してる時、向こうから『手伝いますか?』ってさ声かけてきてよ、もう有頂天になって五日間びっしり汗の匂いが分かるほど傍に居て、役員会になんとか間に合ってな……。終わってから、本心からお礼の積りで食事に連れて行ったんだ」

「はーなるほど、そこでアルコールが入ってラブラブになったという訳だね」一心はもう話を終わらせたくて先取りした。

「おいおい、先に言うなよ。で、旅行へ行きたいってせがまれてな、拙いかなとは思ったんだけど、撮りたいって甘えられて撮った写真を家内に送られて、大騒ぎよ」

「それは大変な事件だ」

「そうよ、寝室も別にされて訴訟起こされ、それで仲間内で飲んだ席で『ぶっ殺してやる』なんて言っちゃったもんで、会社にも刑事らが何回も来るから社長にどやされて昇進も、パーさ」

良く聞いてると青地はすでに開き直っているように言うが、未練たっぷりな思いがその表情に現れている。

「だが、すし屋へ行ったのは本当だぜ、まだ運が残ってたんだな、これでアリバイ無かったら逮捕されただろうな」

「青地さん、高い授業料になったけど良い経験だったんじゃない?」

「ふふっ、そうでも思わんとやってらんないよ」

「じゃ、もう、若い女の色香に負けて不倫なんてしないね」

冗談半分に言った一心だったが「それは分からんな。かみさんがあっち向いてしまったから、たまにはジュニアも仕事したいだろうからな。ふふふ」

青地がまったく悪びれる事なく言うので呆れる。

 

 一心は辞去し日田課長に話を訊くため向かう。

日田は犯罪者でもあるかのように妙におどおどしていてまともに目を合わせようとしない。

「日田さん、体調でも悪いの?」一心は思わず訊く。

「いや、あ、あんた、お、俺が里桜を殺したと、思ってんだろ。お、俺は、殺ってないからな、自宅、で飲んでたから、アリバイなんて、無い、けど……」それだけ言うのにも結構時間が掛かる。どもり癖でもあるのかとつとつとしか喋れないようだ。

「家に奥さんいたんでしょう?」

「いや、か、かみさんは、実家に帰ってる。不倫ば、ばれて、い、以来、家に帰ってこない」

「それで、別れた後もしつこく里桜さんを追っかけてたんだ」

「あぁ、ひ、ひとり、じゃ、飯も満足に食えない、からな」

一心に憐れむ気持ちはまったく起きなかった。 ――なんじゃこいつ、そんなの自業自得じゃないか、散々良い思いしたんだから……

「でも、断られたから憎んだでしょうね。……事件の夜、殺される少し前に日田さん、あんたが運転する車に彼女が乗るところを監視カメラが写してたよ。家で飲んでたのは嘘だね」

日田は目を見開いて「の、乗せたけど、浅草へ向かう、途中であいつが、強引に、降りてしまって、それで、家、帰って飲んだんだ」

「どこで、降りた?」

「か、神田、辺りだったかな。降りたら振向きもせずさっさ、と走って行っちゃって……」

「首都高は通らなかったのかい?」

「あぁ、色々喋りたかったから、時間のかかる下の道を選んだんだ」喋ってるうちに日田の口が徐々に滑らかになってきた。

一心はちょっと不思議に思った。 ――始めは緊張でもしてたのか? それとも? ……

「時間は?」

「乗せた、の八時半ころだったから、九時前後じゃ、ないかな」

場所と時間が大体わかればどっかの監視カメラで写されてるはずだ。

「日田さん自宅はどのへんかな?」

「家は調布の下石原。品川通り沿いのマンションだけど、家に来るのか?」

「いや、その通りなら監視カメラあるだろうから、日田さんの帰宅時間を確認するだけさ」

一心は容疑者第一号だなと思った。

 お局さんから聞いていた残りの四人も当然だが殺害を否定した。

アリバイがあると言ったのは業務部長と搬送部長のふたり、あとは自宅で飲んでたか寝ていたと言う。

 

 事務所に戻ると数馬が待ち構えていた。

「里桜に男がいたぜ。山一真二って男で婚活パーティーで知合ったらしい、それで数回会って振られたらしいが、なんか酷い言われ方して腹立ててるみたいなんだわ。殺意は有るんじゃないか」

「で、アリバイと、血液型はO型なんだろうな?」

「おー、もちろん、ひとりで向島で飲んでたと言うんだが、店の名前を忘れたって言うんだ。怪しいだろう?」

「ふーむ、それも美紗のアプリで、探さんとダメだな。写真は撮ったか?」

「おー、そいで、美紗にもう頼んである。容疑者一号だな」

「いや、こっちにもひとりいるから、お前のは二号だ」

一心も三階へ上がって美紗に日田課長の事件当日の動向を調べるよう指示する。

 

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