第2話 予兆
遠見里桜(えんみ・りお)は横浜で一人っ子として生まれ育った。子供の頃から十人並みの容姿と言われ男の子が常に周りを取り囲んでいた。
しかし、中学一年生の時に気付いた。告る男は、里桜を好きなのではなく、里桜を自分の彼女だと自慢することが目的で近づいて来るのだと。
放課後そう言う賭けをしているところを見てしまう。
その光景はあまりにショッキングで男を見る目が変わってしまった。
それ以来、告る男には「ごめんなさい」と言う事にしている。
その後も、彼女がいるくせに告ってきて、断ると悲しむんじゃ無くって友達に金を払っている姿も見たし、その現場を見た女友達がわざわざ教えてくれたりもした。
それで、告る男と遊園地へ行ってわざとキスする直前のポーズで写真を撮り、その彼女に差出人を書かずに送り付けてみる。
数日して、男は顔に青たんを作って登校してきた。
「どうしたのその顔?」心配そうな顔を無理に作る。
「いや、母さんに叩かれた」と、男。
里桜は意地悪く笑ってやった。 ――嘘! 彼女に叩かれたくせに……
「そう、今日学校終わったら、渋谷に行かない?」
里桜は男を陥れる作戦を開始する。
「いや、今日は、早く帰って来いと母さんに言われててさ」
男の返事に、困らせてやろうと思って「なんか用事あるの? 一緒に家行って手伝う?」
そいう言っただけなのに「い、いや、大丈夫だから」何故か男は焦っている。
「そんな遠慮しないで、それに、一度お母さんに挨拶したいし、付き合ってますって……」里桜は面白くなってグイッと押してみる。
「いや、いやまだ早いから、そのうちな……」男は赤くなって必死みたい。
こうなるとサド的な気持が沸々と湧き上がってきて、さらに「どうして、私の事好きなんでしょう? なら、早いも遅いもないじゃん。いいわ、あんたがお母さんの用事を足してるときに私お菓子でも買って行くから、別にあんたいなくても構わないわよ」
追い打ちをかける。
すると「ダメダメ、俺のいないところでそんな、絶対だめだからな」と、怒りだす。
想像通りの進行だ。 ――止めを刺してやる! ……
「あんた、そんな事言って、ほかに彼女いるからでしょう! 言いなさいよ!」里桜は目を三角にしてちょっと脅してやる。
「えっ、……」言葉を返せなくなってる。 ――ほうら見ろ、女がいる証拠だ! ……
「本当は彼女に怒られて私と会うなって言われたんだろう! 正直に言わないとその彼女のとこへ行って力で決着つけるぞ!」と言って、グーを男の目の前に突き出す。
里桜の迫力に負けたのだろう「……ごめん、実はそうなんだ……」男が白状する。
「じゃ、別れてやる、けど、代わりにこれから私の服買ってちょうだい、それでさよならしたげる。嫌なら、彼女のとこへ行く」思いっきり冷たく言ってやった。
「わかった」
里桜は心の奥底でほくそ笑む。
――よっしゃーっ! ……
それが切っ掛けで、高価な物が欲しくなったら彼女のいる男に近づいて浮気し、写真をそいつの彼女に送り付けて物か手切れ金を貰う習慣を身につけてしまった。
最近は同じ会社の日田東吾と言う課長と不倫をしていた。
交際中もアクセサリやワンピースにスカートやパンツなど色々買ってもらったし、鬼怒川温泉や洞爺湖温泉のほか沖縄旅行へも連れて行ってもらい楽しんだ、が、その中で不倫の証拠写真を確り撮った。
つい先週、手切れ金五十万円もらって別れたばかり、丁度そういうタイミングで婚活パーティーの無料招待券が送られてきたので、たまには良いかと思って参加してみたのだ。
そこで山一真二(やまいち・しんじ)と言う証券マンとカップルになった。
里桜は自営業をしていた父親から「人生の教訓として金融機関の人間と不動産屋は信じるな」と教わったのを固く信じていて、どれだけ信じられないか試そうと思ってその男を選んだのだ。
パーティーの数日後、食事に誘われたときに投資で金を儲けて、相当持ってそうな話をするので、すぐ嘘だと思う。
里桜の直感でその魂胆も見抜く。 ――こいつは私から金を引出そうとしている……
じゃ逆に、こいつに貢がせてやる。
――勝負だわ! ……
「休みは何してるの?」里桜は訊いてみる。
「そうだなぁ、新聞見て翌週の投資の分配を考えたりかな」
白々しい男だ、こいつ新聞を見てって言うけど投資の話なんか休みの日には出てないから……そうだわ、競馬じゃないかしらと思い至る。
里桜もたまに親と一緒に競馬場へ行って掛けることがあって多少は馬を知っている。
「そう、私、たまに競馬やるのよねぇ。それで自分の勘を鍛えてるのよ。大した金額は掛けないのよ。大丈夫だと確信の持てる馬にそうねぇ精々五万くらいかな。それ以上はお金ないし……ふふっ」と鎌をかけてみた。
里桜は、男が五万と聞いた時に眉をぴくりとさせたのを見逃さない。
里桜は確信した。 ――やっぱりこいつ、金をギャンブルにつぎ込んでる……
「そうなんだ。俺もめったにしないけどやったことはあるよ。どっちかって言えば地方競馬の方が配当良かったりして面白いんだ」
「私は府中しかしないわ。好きな馬は?」
「いまは、オーソリ―かな。函館に良く出てくるんだ。あと、ガリバープライスに……」
男の競馬談議に歯止めが効かなくなる。
二回ほど会ったらギャンブルおたくなのがはっきりし、貢がせようにも金を持って無いと確信できたので興味を失い、今夜はその彼に「私、嘘つき男は嫌いなの、さよなら」と告げた。
男は顔を真っ赤にして眉を吊り上げ声を荒げて何かを言ったようだが無視して家路についた。
……
歩いていると、車道でクラクションが鳴って視線を向けると日田課長の車が停まっていて、
「里桜くん、帰りか? 乗ってかないか?」助手席の窓を開けて叫んでいる。
「えー、……いえ、遠慮します」里桜はそう言って歩き出すのだが、日田がクラクションを鳴らしながらついて来る。
一車線を塞ぐ格好でちんたら走ってるので後続の車にクラクションを鳴らされ、歩行者も尖った目を向けてくる。
日田はそれらを平気な顔で無視しているが、こっちの方が気が気じゃない。
とうとう根負けして黙って助手席のドアに手を掛ける。
「止めてください、こんな人通りの多い所で恥ずかしい……」
「すまない。君の姿を見たら無性に話したくなったんだ。どうだ食事でも?」
まだ懲りて無い日田に呆れる。
「いえ、帰ります。買物あるので浅草の駅で降ろしてください」
「あぁ、分かった。……けど、近いうちまた会ってくれないか。なんか寂しくてな」
「いえ、もう会いません。それに今夜みたいな事止めてくださいね。迷惑です!」
里桜ははっきり言う。その方がお互いの為だし、手切れ金を貰っているので日田への興味はとっくに失っている。
その後も日田はしつこくもう一度付き合いたいみたいな言葉を吐き続ける。
里桜はあまりにぐだぐだ言い続ける日田に我慢できず、
「もう、ここで停めて! あんたの話なんか聞きたくもない。エロおやじ!」と冷たく言い放ち、
「ろくに女を満足させるテクもないくせに……」と続け、まだ停まってもいない車のドアハンドルに手を掛けた時、日田が目を三角にして腕を伸ばしてくるのが目の隅に写った。
……
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