第17話 何者でも無い私が

「まぁ闘いは教えられないかもしれないが、座学なら多少は教えられるさ。ただこのまま立ち往生ってのも申し訳ないし、中で話をしよう」


 ほらこっちだ、と手招きしながら金時が入っていったのは、彼女が出現した場所―石碑の中の暗闇―だった。


「私これから石碑っていうか、人の墓に入んなきゃいけないの……」

「実際彼女の死体が埋まってるかはよく分かんないけどね。他の所にも墓があるって噂はあるし、そもそも彼女の今の身体自体が死体かもしれないし」

「いや……でも金時さんって歴史上ではバリバリ男の人でしょ。流石にそれは無いんじゃない? ……ああでも、じゃあなんで金時さんは今の姿があるの?」

「考えれば考えるほど、一層まとまらなくなってくるね……」


 私と真弓が、他人の墓穴に入ることに躊躇していると、焦ったそうに金時が暗闇の中からひょこっと顔を出した。


「おいお前ら、聞こえてるぞ。その疑問も一気に私が解決してやるからさ、早く中に入って来なよ! 大丈夫! これだけは言える! 死体は無いっ!」


 そう言うと再び下に降りて行く金時。私達は好奇心が八割と、後戻りができない展開なので仕方なくというのが二割の心境に陥った結果、二人で意を決して墓穴に入ることに決めた。気分はピラミッド探索。それなりの罪悪感を感じるアレだ。


 真弓が先導し、私はそれに着いて行く。金時の降り様から何となくそんなものがあるだろうなとは思っていたが、やはり梯子が設置されていた。

 ちゃんと壁に固定されており、それに立派な木製のものだった。金時の体重を支えるには最もこれくらいでないとダメなのだろう。

 これについて尋ねれば、きっと彼女は失敗談と末にある成功を笑いながら話してくれるはずだ。彼女から直接聞いたわけでは無いが、何となくそんな気がした。


 真弓が降りきったのを声で確認してから、私も慎重に降りて行く。

 外からは暗く見えたものの、降りるにつれて底からの光で背中が照らされていって、完全に降りる頃には外と存分変わらない程になっていた。


 言われてしまった通り貧弱な私は、五メートル程の深さを降りるのにもギリギリと筋肉が悲鳴を上げている。しかも降りている途中はどれくらいの深さなんて分からなかったもんだから、精神的にもどっぷりと疲れが溜まっていた。

 膝に手をつき、必死に呼吸を整えていると待ってくれていたのか、真弓が私の眼下に手を差し伸べる。


「大丈夫? 明るいけど、つまづいちゃうかもだから手繋ご」

「う、うん……ごめんね」

「謝らない!」


 怒った様な口調で、でも照れくさそうに苦笑しながら私の手を取った真弓。


 私に、振り向いて。


 そよ風が吹くかの様なその光景に、私は思わず眼を見開いて凝視してしまった。

 どんなものより太陽なのだ、彼女は。


 気を取り直して私はサッと彼女から眼を逸らした。


 私には、眩しすぎた。


 私には、不釣り合いだ。


 私の瞳の中には、誰よりも、あのヨシツネよりも神々しく光り輝く真弓が焼き付いて。眼を瞑っても、離れなくなってしまった。


 まざまざと見せつけられる、私と真弓の、差。


 私なんか、真弓の…………。


「ちょっと、足動かしてよ。もう金時さん見失っちゃうよ」

「ごめ…………うん」


 せめて彼女に手間をかけさせたくなくて、謝罪の言葉は頭の中だけで繰り返した。


 真弓はあんなにも助けてくれるのに、私は真弓を助けられない。

 罪悪感に溢れ、責任を感じざるを得なかった。


 でも今は、彼女に助けてもらわなければ私は何も出来ないのだ。

 絶望と諦めを胸に抱えながら、私は囚人のように重い足を踏み出した。

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