第16話 伝説は現実に
「……ここだ」
真弓が呟く。私達の目の前にあるのは木々を除いて石碑しかない。
どうやら真弓の言っていた目的地はそれらしかった。
「人の気配とか全然無いけど……何処にいるんだろ」
「そこまでは聞いてないんだよね。ここに行けば取り敢えずなんとかなるらしいんだけど……この寺もう閉まっちゃうぜ?」
数分程待っても、人の気配も無いどころか周辺に変化は何一つない。私も真弓も拍子抜けしてしまい、どこか気の抜けた雰囲気になっているのは間違いない。
仕方が無いので、また来る意思で踵を返そうとしたその時。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
地を揺らす様な轟音が、閑静としていた空間を破る。
本能的に音の鳴る方へ振り向くと、見れば石碑の扉らしき部分が少しずつ開かれていっているのが確認できた。
「急すぎない!?」
「そんなことってある!?」
思い思いの感想を飲み込む轟音から、開き切ったのかやがて静寂が再び訪れる。
延々と広がっていそうな暗闇から、二人は先程の威圧感を感じざるを得なかった。
固唾を呑んで頷く私達。
恐る恐る離れかけていた石碑の元へと近寄っていく。
私は勇気を振り絞って、中を覗き込もうとした。……したのだ。
現実は、そうさせてはくれなかった。
私の左足首を締め付けられるような痛みが襲う。
私は顔を青ざめながら、ぎこちなく首をゆっくりと、下に曲げた。
分かってはいた。私の足首を締め付ける理由など、それしか無いではないか。
……やはりそこには、暗闇から伸びた腕が存在していて。
「〜〜〜〜〜〜っ!!」
その瞬間私はパニック状態になり、必死でそれを振り解こうと足をバタバタさせる。しかしその腕は思ったより屈強らしく、私の抵抗も虚しくどんどん引き摺り込まれていく。正体は少なくとも、腕が枯れ木のようなやつれた姿の幽霊なんかではないだろうが、怖いものは怖いし、というかこの腕は冷たい。
結局どんな体格にしろ幽霊であることには変わりないのではないか。
もう泣きそうで仕方がない。
急いで真弓の方を振り向くと、真弓は呆けた表情を私に向けた後、慌てて私の右腕を掴んで、身を寄せて羽交締めの様に私が引っ張られるのを抑えてくれた。
しかし、私の足ももう限界まで来ている。雪のせいで踏ん張りも効かず、何をやっても結局ジリジリと暗闇に引き込まれていた。
それどころか、引き摺り込まれる前に左右から引っ張られている私の胴体は真っ二つに割れてしまいそうで其方のほうが今一番の心配になってしまっている。
もうダメか。
そう思った瞬間、私の左足首からひゅっ、と今までの締め付けが嘘だったかのように、腕から完全に力が抜けた。解放されたのだ。安堵を感じながら、私は真弓に抱きしめられる様な形で、勢いを残して後方へ倒れた。
安心した途端、真弓って結構あるんだなとかそんなしょうもない事をふと思ってしまったなんて、助けてくれた真弓には申し訳なくて言えない。
まだ安心したくて、甘えていたくて真弓に身を預けて暖かな体温を確かめ合っていると「仲良しだねぇ」なんて呑気な声が返ってきた。
私はそんなの無視したかったのだが、真弓が警戒心の発動故に飛び起きてしまったので、私も同時に起き上がり、その声主の顔を見ることになってしまった。
屈強な体……というか、全てが引き締まったかのような滑らかな肉体というのが声主の印象だった。まず、見る限り主は「女性」らしかった。どう鍛えればそこまでになるのかと言いたくなる程の太い腕と脚は、最早一種のフェチさえ感じさせる。
この厳しい冬だというのに黒いタンクトップ姿に緑のパンツ。テールとは言えない短く括った栗毛の髪に肩ほどに伸びた癖毛と日焼け慣れしたような褐色肌が快活さを醸し出している。
「いやぁ驚かせてすまんかったねぇ、お嬢ちゃん達。あんたの脚、細すぎて枝と間違えて掴んじゃったよ、ハッハッハッハッ」
白い歯を光らせて豪快に笑う彼女は、どうやら先程の幽霊紛いの腕の正体らしかった。何故私の足を掴んだのかよりも、何故あんな所から出て来たのかを教えて欲しかったが、この人懐っこそうな顔が険しくなるやも知れぬという考えがふと頭をよぎって、口をつぐんでしまった。
私にまだ、彼女の情報は何一つないのだ。もう少し彼女の話を聞いても問題は無いだろう。
「私と話がしたい奴がいるって聴いたもんだからね、この『まさかり』に……っていないじゃないか。おい、出てこいよ」
それに応じて、彼女と同じく暗闇の中から出て来たのは、正しく空を浮遊する幽霊……などでは無く、こはると似た姿をした羽を持つ小人―精霊―だった。
全体的に翡翠色をしているが、鉛のようにくすんだ瞳がその精霊の陰気さをそのまま表しているようである。
「その……『こはる』ちゃんが話がしたいって言ってたから……金ちゃんに教えたの。びっくりさせちゃったなら、ごめんなさい」
こはると同じ様にあまり喋らない性格らしいが、あくまでこはるは冷淡無口。この「まさかり」と呼ばれた子は人見知りという部類に入るだろう。またあの小さい身体で頑張ってきちんとお辞儀をしている所からまだ二人しか出会っていないので何とも言えないが、精霊は共通して礼儀正しいのかも知れない。
「こはる、金時さんを呼んでくれたことには感謝するが、事前通告はしてほしいな。本当に幽霊か何かと思ったよ」
「申し訳ない。心得る」
説明のせの字も無かったが、精霊同士は正に以心伝心な関係らしい。便利そうだが、頭の中で色々考えている人間がやれば情報処理がえらいことになる事間違いなしである。きっと精霊の純粋さ故行える所業なのだろう。
「んで、私の名を知ってるって事は君が例の私の弟子くんかな。そいじゃ隣の子は……」
恐らく疑問形で質問を行おうとしたのだろう。しかしそれは彼女の苦笑により、自ら阻止され、叶わなかった。
「私の弟子では無いかな、かなり貧弱そうだし」
「あぁ、はい。こっちの糸子は私の付き添いで、弟子になりたいんじゃないんです。私がついて来てほしいって言ったから……」
「そうかい」
「……貧弱……かなり……」
「ああいや、傷つけるつもりはなかったんだが、どうしても私の生きていた時代の固定観念があってだね。流石に名乗ってもいない私が他人を語るのは失礼だったよ。すまなかった」
言葉の割には、彼女は胸を張って続けた。
「私の名は坂田金時。生前、頼光様に仕えていた武士だ」
……そう言えばこの場所が坂田金時の墓がある場所だったな、と今になって思い出した私だった。
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