第10話 鬼に金棒 真弓に刀

「行くよ、こはる」


「分かった。心霊体同化制御を解除し、貴方に私を送り込む」


 真弓はいつから持っていたのか、ざわざわと揺れる紙を先端に取り付けた棒―お祓い棒―を高く掲げ、くるくるとその場で回り始めた。


 綺麗で、美しい。まるで昔からその踊りを知っていたかのような、洗練された身のこなしであり、思わず息も忘れ、見守ることしか私にはできなかった。


 私の胸が、少し傷んだが、それもすぐに消えてしまった。


 真弓の周りを竜巻のように突風が吹き、秋の名残の枯葉が舞う。


「物凄いシンクロ率……。やはり僕の目に狂いは無かった……なんちて」


 白猫の呟きを風が攫い、この世の全てが真弓に集まるかのようにさえ思えてしまう。私の杞憂は吹き飛び、期待と諦めを感じさせてやまない。


 真弓の身体は再び光ったかと思うと、また一瞬で発光が止んだ。今度は小さな浮遊物―椿の精霊なるもの―が消え、真弓一人だけが立っていた。


 真弓の体は純白の千早姿に鮮やかな紅色の緋袴。


 それだけではただの巫女装束だが、大きな椿の花の髪飾りで長い艶やかな黒髪をポニーテールにして結っており、よく見れば又々鮮やかな赤の刺繍で縫われた椿の花が千早を更に美しく表現していた。真弓の腰には、いつの間にか立派な太刀が携わっていた。勿論鍔は椿の花形で、紅の紐が取り付けてある。


 しかし、真弓はそれにも驚かない様子で、ただ処女雪をじっと見つめてこの世の真理さえ問うているようにも見えるほど、彼女の顔は冷たく、死んでいた。


「刀巫女フロム椿……推して参る」


 突風によって舞い上がった粉雪の粉塵が霧のように視界を悪くしていたが、それを吹き飛ばすかのような速さで、真弓は「相手」へ突っ込んでいった。


「なんか……怖いよ、真弓」


「あらら、あれは椿の精霊『こはる』に完全に意識を持っていかれちゃってるよ。まぁ、一瞬であんなに主従関係を築けたらそのまま乗っ取ることもないだろうけど」


「なんか一人、いや一匹だけでぶつぶつ言ってないで私にも教えてよ! さっきから何も理解出来ない……」


「簡単に言えば、今真弓と精霊は精神上で繋がってる。元々精霊は『あの世』の住人だから、精神を繋げる事は主人と合体している事と変わらないんだ」


「精神って事は、精霊さんは実体がないんじゃ……」


「その通り。精霊は本来実体がないから、見る事はできないんだ。見えるようになる方法は主に二つ。受容体となるか、名前を付けるか、だ」


「じゃあ、さっき見えるようになったのは?」


「後者だね。真弓は椿の精霊に『こはる』という名を付けたんだ。椿の漢字を分解させただけだけど、結構いい名前してるよね。羨ましい」


 では、白猫はなんと言う名前なのか。そもそも白猫は『あの世』の住人なのか。


『ぎゃぎぃりぃりぃりぃりぃりぃりぃりぃ』


 そう聞こうとするも、高く響いた衝突音がそれを遮った。


 もやもやと粉雪が舞い、やがて視界が開けると、真弓は一人で手を前に伸ばして太刀を構え、足をこれでもかという程踏ん張らせていた。


「あそこに敵が、居るの?」


「あー、糸子には見えないんだったね。しょうがない、まだ契約できないならこの眼鏡で見ると良いよ」


 白猫は何処から取り出したのか、少し古びた木製の丸眼鏡を私に渡してきた。


 それを早く言えよと思う私だったが、それを言う様な雰囲気でもなく、ただ今の展開を一刻も早く見守りたいと言う気持ちが大きく、そのまま眼鏡を装着する。


 すると、最初は闇に包まれていた大きな物体は、次第に姿形を表し、口から覗く大きな牙などの細部までが見受けられるまでには十秒もかからなかった。


「ひぇえええ……でっか……こっわ」


 思わず口から圧倒と恐怖が漏れる位に、敵は大きく、鬼の面の様な恐ろしい顔を持ち合わせていた。というか鬼だ、この敵は。


 見上げる程の巨躯。筋骨隆々の鋼の様な肉体。度太い首に浮き上がる血管。


 何もかもがもう、怖すぎた。


 そんな敵と、真弓は正にしのぎを削っていたのだ。


「お、押される……!」


 真弓の太刀を腕の筋肉の膨張だけで受け止めるという、外見から明らかな程の脳筋ぶりを発揮する鬼。真弓はそれに対してじりじりと食い下がる事に徹することしか出来ていないようだった。


 このままでは、負けてしまう。


「ど、どうしよう!?」


「大丈夫。僕が勝たせてみせるさ」


 と、白猫が言い、前脚を空で少し回した瞬間。


 びゅん、と何かが私の頬を掠めて行った。


 それは本殿の方から飛んできたようで、細長い形状をしていた。


 やがてそれは流れるような動作で鬼を真弓から払い、引き離す。


 そして未だ息を荒くしている真弓の手にすっぽりと収まった。


「こ、これは……」


 すると、これまで感情を見せずに能面のようだった真弓が突然驚きの表情を見せる。何なら身体中が震え出している。


「白猫ちゃん、あれ何?」


「見た通り、ただの刀だよ。ま、人間にとっては重要な刀らしいけど」


 白猫はシリアスな状況にも関わらず、ただからからと笑っている。


「ちょっと、それはないんじゃないかな……!」


 私が憤るも、白猫はウインクまでしてみせて得意げに言う。


「安心しなって。きっと彼女は、刀は勝つよ」



 空気が、変わった。


 鬼が現れた時の様な棘棘しい空気では無く、全てが清らかに洗われるような、聖なる風が吹き込んだフィールド。


 その原因は言うまでも無く、この場に突如として参上した刀だった。


「鬼切丸……!」


 真弓がその名を呼んだ瞬間、「鬼切丸」は轟々と眩しく光り輝き始めた。


 私はただただ圧倒されるばかりで思わず白猫の方に首を向けると、白猫は言っただろうと言わんばかりにウインクを見事にかましたのだった。

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