第9話 春よ来い
「やっぱり僕の能力……いや、僕ってサイキョーだね! 有能過ぎて自分でも困っちゃう!」
「今の状況を把握して先に説明しやがってくれてたら、猫神様って崇めてやったところだよクソ猫」
「ここまで対極の言葉が瞬時に出てくるって事は褒めてるね! 仕方ないから教えて差し上げよう! 君の勘は正しい。あっちから生き物の温もりとむさ苦しい殺気がムンムン匂うね。しかもどんどん強くなってきてる。これは、もう近くだ」
私は全く話についていけないでいた。殺気? 何で? この何にもなくてお金持ちも有名人も居ない田舎町で、そんな凶悪なものを私は今まで感じたことがない。
ただ話を聴いていく内に、背筋から外気以上の寒気をじわじわ感じ始めていた。よく分からないけど、これが殺気? なのだろうか。
いや、殺気を感じた私の身体なりの警告か。
「紬、こっち来て」
真剣ムードの真弓は、私を本名で呼んだ。その圧に気圧され、私は素直に、近づいてきた真弓の差し伸べてくれた手を掴み、本殿へ向かった。
「階段から来てるよ、白猫」
「言われなくても分かってる。それより、これはちょっと厄介な事になっちゃったなー」
「どうして」
「今、誰も戦える人が居ないんだよね。多分真弓ちゃんは人間的にはずば抜けて強いんだろうけど、殺気から感じるに到底太刀打ち出来ない相手だよ」
「白猫が戦えばいいんじゃないか? お前、見た感じ結構超神的な力をお持ちになってるじゃないか」
「残念ながら僕の能力はあくまでサポートだよ。ま、サポート面だけで見れば僕の能力はトップクラスだけどね」
「チッ、何であそこまでイキっといてここに来て使えなくなるんだよ。情けねぇったらありゃしねぇぞ」
「……いや、ぼくがここに居る意味はあるよ。僕がここに居るから、君たちはここで死なずに生き残る方法が出来た」
「方法って、なんだよ」
「さっき言ったじゃないか。今すぐ僕と契約して巫女になれば、相手とまともに戦える力が手に入る。君のフィジカルから考慮したら、もしかしたら楽勝かもね」
「契約の、条件は?」
真弓は、巫女になろうとしている。
今の話を聞いている限り、私たちはどうやら殺戮対象になっているらしい。信じられないけど、真弓のこれほどまでに厳しい顔を見て信じないわけにはいかない。
「別に話してもいいけど、滅茶苦茶長いよ。言ってる内にたちまち殺されちゃう」
なんてグレーな契約だ。
ブラック企業でも山積みの規約書を見せてくれるのに、今猫が言っている事はそれ以前の話だ。
「……私は細かい事考えないタイプだから。私はつ……糸子を守れれば、それでいい。私がどうなっても、私の事は私が解決するから」
「いやー、御涙頂戴な話をありがとう! 御礼に奮発しちゃおっかな!」
そう言って白猫は真弓に抱きつき、思いっきり首筋を噛んだ。
「ッッ! 何やってくれちゃってんだ、バカ猫!」
「ちょっと痛いけど、我慢してね。精霊に合う魂の形にしないといけないから……はい、終わり。これで君も立派な戦巫女だ」
白猫の言う通り「契約」は一瞬だった。
見た目こそ何も変わらないが、白猫の言い回しが少し気になるところだ。契約した張本人は頭に血が昇っているのか、細かい事に意識が向いていないようだが。
「契約は交わしたけど、それだけじゃ相手とは戦えないよ」
「まだあるの!? もう時間が無いよ、きっと!」
私は思わず叫ぶ。まだ姿は見えない……というか姿が見えない存在なのかも知れないけど、「殺気」らしい「圧」は私にずしずしと錘を乗せ加えていく。ただでさえか細い脚が重圧と緊張に耐えきれず、思わずそこにへたり込んでしまった。
「君が人外の力を得るには『あちら側』の世界の住人から力を借りる必要がある。どんな奴と契約できるかはまぁ巫女次第だね。僕のおすすめはそこら中にいっぱい居る精霊だよ、ほら」
白猫が指差す方を見るも、私には何も見えない。しかし、真弓は何かに気づいたかのように指差された空間に近寄り、何かを呟いて指先を伸ばした。
その瞬間、パッとその場が明るくなったかと思うと、すぐに収まって代わりに謎の浮遊物がその空間を満たしていた。
「承った。名を頂いたからにはこの身を貴方に授けよう、真弓殿」
「な、なんか出た!?」
「紬、こいつは椿の花の精霊らしいぞ。今契約を交わしたばかりだが、こいつの情報がどんどん私の脳に流れてくる」
「主従関係になると、主は最適な命令が取れるように従者の情報が得られるんだ。そうなってるって事は心霊体が繋がって、ちゃんと契約が成功している証だよ」
「…………見える」
「真弓、どうしたの」
「見えるよ。相手が」
真弓は真剣な表情を更に強張らせ、ぎりりと歯を食いしばった。
「何故か初めての闘いなのに、相手の力量が手に取るように分かる……相手と私はどうやら互角らしい」
「だから手強いって言ったんだよ。どうする? 糸子も契約すればほぼ確実に勝てると思うけど」
そう言い終わるかどうかの間合いで、真弓は遮るように叫んだ。
「ダメだ! 絶対に、ダメだ。それだけは……」
「ど、どうして! 私だって真弓を助けたくて」
「紬は、私が守るんだ……必ず」
もはや真弓は私の言うことを聞いていなかった。彼女の精神は研ぎ澄まされ、ただ目の前の見えない敵に刃のような眼光を鋭く突きつけていた。
「行くよ、こはる」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます