第8話 戯れとシリアス

 「君達二人には、この神社の巫女になって貰います!」


 「「……なんだ、巫女か」」


 私達の口からは、ふわふわと溜息に似た言葉が飛んでいった。

「反応薄くない!? 巫女だよ!? あの誰もが幼少期には憧れる美しい巫女さんだよ!?」


 「いやまぁ、確かに普通は驚くんだけど……」


 「私達が今置かれてる状況がもう普通じゃないから、それ以下の驚きを豪語されても何も感じないというか……」


 「もっと、魔法少女とか、異世界転生とか、最強のスキルをくれるとかじゃないかなと、無理だと思いながらも薄々期待しちゃってたんだよね……」


 「僕が殺されかけた意味が無い!」


 白猫が泣いている。


 鳴いてるんじゃなくて、泣いてるのは初めて見たな……。


 最早口に出すこともはばかられる小さな発見を、唇を軽く噛む事で押し潰した。これ以上白猫に脱線の機会を与えれば、益々私の体は色んな意味で冷えていくだろうからだ。


 「うぅ……。確かに巫女はこの世界では日常っぽい響きを持つのかも知れないけど、元は神のお告げを伝える預言者的な凄い立場のはずだよ……。いつから女子高、大生の可愛い制服が着れるお小遣い稼ぎになったんだ……」


 「そうかも知れないが、それももう古い。白猫、お前この世界の知識が平安時代くらいで止まってないか?」


 「違うよ! 僕が言ってる『巫女』は今でも現存してるものなの! で、それを今君達にお願いしてる所なんだけど!」


 「……と、いう事は、私達は預言者に似た人になるってこと?」


 「まぁそんな感じなんじゃない?」


 どうやら間違っているらしい。そう思う程の棒読みと大きな欠伸を、私達の前で思いっきり晒した。自分から呼んだくせに、説明する事すら面倒くさそうだ。


 「白猫、お前私達に何かして欲しいんだったら、猫だとしても喋れるんならそれなりの態度はあるだろ。今のお前の印象、私から見れば過去最悪だ」


 真弓が喝を入れるように、静かに怒る。私が話しかけても理不尽に怒鳴られそうなほど、彼女のイライラはピークに達しかけていた。


 しかし、マイペースなお気楽猫はそんな事微塵も気にしなかったようだ。


 「いや〜だって僕失敗しないからさ〜」


 照れる照れる、と白猫は狭い額をサラッと前足で撫でた。

 前髪なんて無いのにね……いや、空気読めよ!!!


 私は心の中で叫び、痛いくらいに地団駄を踏んだ。純白の雪を踏み躙る事で、少し白猫へのマイナス感情が紛れた気がした。というか私、猫マニア失格では?


 私の地団駄は絶対聴こえているはずだけど、真弓はそれをことごとく無視して、猫のように目を細めた。眼光レーザーポインターの獲物となった標的は白猫だ。



 「…………は?」



 ほらキレたー! 絶対ちゃんと説明するより面倒臭い事になったー!


 血の気の多い真弓はここまで来ると手がつけられない。過去に彼女を怒らせた男子達は完膚無きまでにボコボコにされ、全治に半年かかったという馬鹿みたいに恐ろしいエピソードをこの田舎町に残している。彼女の幼馴染だった私はクラスメイトに避けられまくったので、悲しいような虚しいような。まぁそれは私が度の過ぎたちょっかいをかけられていたから起こった事なので、文句は言えないのだが。


 真弓は本殿への石道を、積もった雪から露わにした。つまりは、余りの足の踏みにじる強さに、雪が摩擦熱で蒸発した、という事だ。自分で言ってても何を言っているか分からないが、今起きた事を有りのままに話したまでである。


 そしてそれを繰り返して、彼女はゆっくりと、そして着実に白猫に近づいて行く。白猫はそんなことは気にも止めず、何故か両前足頭の後ろに持っていって組む余裕まで見せている。その無限に湧き出て来そうな自信、私にも分けて欲しいくらいだ。


 遂に真弓は白猫を捕まえられる所まで距離を詰めた。いくら猫の瞬発力でも、真弓の反射神経には敵わないだろう。恐らく、間一髪も許さない。絶体絶命と言うより、絶対に絶命だ。


 まだ白猫は、逃げない。



 真弓の指が、ピクリと動く。


 その瞬間、彼女の身体は静から動へと見事な流れで動かされた。無駄な動きのない、自然過ぎるフォーム。最早白猫が捕まるのは、天命に等しい。


 そして。


 彼女の指は、空を掴んだ。


 白猫は依然、賽銭箱の上で寝そべっている。



 ……では何故真弓は何も掴めなかったのか。


 単純明快。


 真弓は何かを察知した。彼女はそちらの方が優先だと、そう考えたのだ。


 それはもう、すぐ近くにいる。

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