第7話 巫女にあこがれて(ない)
「な、何で喋っちゃってるの!?」
私、糸子改め糸綾紬は慌てていた。
だって、真弓の目の前で白猫ちゃんが喋っちゃったんだから!
本来、猫という生き物は喋らない。それが世界中の当たり前であるはずだ。そういう意味で、白猫は私の前だけで喋っていたのだと思っていた。
でも、それは違った。この白猫は、まるで世界中に「猫が喋る」という新事実を知らしめてしまおうと企んでいるくらいに、堂々と私以外の人間、つまり真弓に言葉を発してしまっていたわけである。
そもそも、私なんて然程特別な存在であるわけがないのに、どうしてこんな自意識過剰な勘違いをしてしまっていたんだろう。思わず自己嫌悪に駆られる。
「ん? 特に問題はないと思うけど……もしかしてこの世界の猫って喋らないの?」
「「喋んないよ普通!」」
「……あー、それはしくったなー。という事は、この世界の人間から見れば僕は全くの異次元の生物だったわけだね。通りで人間に過度に驚かれたり、空気に馴染めてない気持ち悪い感じがしたわけだ」
「ネコネコ動画に上がってた『喋る猫』はあんただったの!?」
ただでさえ息切れしていたのに、ツッコミで私の肺は呼吸困難になってしまいそうだ。
「ま、いいや。すぐに消滅しそうな話題だし、それにいつかはどうせ、誰にでも当たり前になるさ。それじゃ、改めましてようこそ! あの世とこの世の境目へ!」
「うーん、そんなこと言われてもいまいちピンとこないんだよね。ここ、ただの近所の神社だし」
真弓が早速疑問を呈した。さっきこそ狼狽えていたけど、状況の飲み込みが早い真弓は既に気持ちを切り替えていた。こういう所ばかりは素直に尊敬する。
「良い質問だけど、『ただの』なんて言葉は神社に合わないなー。神社はそれこそ日本中に溢れかえるほど沢山あるけど、本当は神と通じ合える凄い場所だから。現代っ子はそこら辺忘れちゃってるんだよねー、困った困った」
「ねぇ糸子、こいつ生意気じゃない……? 殴って良い?」
真弓が拳を肩の高さまで持ってきて、体と共にわなわなと震わせている。
真弓は実を言うと、小学生の頃までは暴力で物を言わせていた節がある。
今でも彼女の力は健在で、剣道部では学内でピカイチの功績を残している武道少女なのだ。そんな彼女が白猫の体に、擦りでもしたら……。
そう思った私は、真弓の大きな体を懸命に掴んで阻止しようとした。
「だめ! 確かに態度デカいけどれっきとした猫ちゃんだから! 動物愛護団体&糸綾紬率いる猫マニアに処されるよ!」
「お、おう……」
私の気持ちが通じたのか、すんなりと手を引っ込める真弓。
真弓の人肌が少し熱く感じたのは、寒い気候のせいだろうか。
「それで、猫ちゃんは何で私達を呼んだの? 教えてくれないとあんまり君の事信用できないかも……」
「え、僕そんなに胡散臭いかなぁ……ちょっと傷つく……」
「白猫く〜ん、私そういう先延ばしは求めてないから。私がイライラしてる理由、喋れるんならエスパーぐらい出来るんじゃないの?」
真弓は腕を組んで、意志の強そうな仁王立ちを銀世界の舞台で演じている。貧乏ゆすりが、足元に舞い降りたばかりの粉雪達を掻き乱し、それは天からの贈り物を慈悲もなく踏み躙っているようで、兎に角怖かった。
「わ、分かった分かった! すぐ話すから! ……やっぱ誰にも言えない愛ってのは歪んじまうもんなのかねぇ……」
そう言いながら、白猫は然程すんなりと二本の後ろ脚で立ち上がり、腰に手を当てて可愛らしいお腹を突き出して、大声を張り上げた。
「君達二人には、この神社の巫女になって貰います!」
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