第6話 紅白世界の中で ~真弓の場合~
私、佐々木真弓は今、生きた心地がしない。
分かるだろうか、この今まで常識だと信じてやまなかったことがこんなにもあっさりと覆されてしまったこの衝撃が。
だって、だって。さ。
猫が、喋っちゃったんだから!
元々、私は近所の神社で特別公開される「鬼切丸」を見に行く予定だった。
鬼切丸はかつて源頼光が最強の鬼である酒呑童子を討ち取ったとされる、源氏に代々伝わる伝説の名刀だ。
いつもは京都の北野天満宮に所蔵、公開されている。しかし今回は近所の神社が源氏によって建立された関わりの深い神社だったため、公開に至ったというわけだ。
この際はっきり言ってしまおう。
私は刀マニアだ!
……という情報は既に糸子―糸綾紬―のせいで知られていることだろう。
こんな刀マニアの私だが、私には好きなものがもう一つある。
それは、究極の幼馴染にして究極の可愛さを誇る、究極の猫好きの究極の人見知り、糸綾紬だ。
私は紬のことをいつも「糸子」と呼んでいるが、姓名の漢字に全て「糸」がついている為、私が付けたあだ名だ。そして、「紬」と呼ぶのが恥ずかしいから使用している及第策でもある。
初恋の相手はもちろん紬。初めて家族以外で一緒にお風呂と入ったのも紬。お揃いで文房具や服を買ったのも紬。紬。紬。紬。
私の初めては、全て紬に注いでいる。
そういう訳でとにかく私は紬が好き過ぎる、ただの変態幼馴染女子フェチなのだ!
……なんて本人に言える訳もなく、そして今の関係を崩したくが無いために告白のこの字も発せるわけもなく、私は今日まで生きてきた。
そして今日、私は全てを欲張った。
一番好きな紬をさりげなく誘う事に成功し、二番目に好きな刀を見に行く事にしたのだ!
紬とっ、二人デート!!!!!!!!
もうそんなことを考えただけでも鼻血が水圧ジェット機のようにドバドバ飛び出し、出かける直前も貧血になった。
しかし私はそんな事で機会を逃すバカじゃない!
なんとか根性で紬と合流する事に成功。その時不思議なことが起こり、私のヒットポイントはフル充電されたのだが、それはまた別のお話。
神社に行くまでも、私の心は大暴走だった。
紬が背中にちょこんとぶつかってきた時は身体の穴という穴から機関車レベルの勢いで蒸気が噴出しそうになったし、ブーブー文句を垂れていた紬のジト目は私の目に祝福をもたらした。
言動に関してはあくまでも友達に見えるように、もしくは聞こえるように紬と接しているが、心はトキメキ☆乙女状態なのである。
ところが、そんな幸せに包まれた時間をぶち壊す元凶が現れた。
白猫である。
耳元で鳴いたかのようにハッキリとした声だったのに、近くを見回しても何処にもいない。周りをキョロキョロ探し回っていると、とぷんという擬音語がよく似合う、空間からのお出ましを果たした。
その時はまだ、雪に紛れて見えなかっただけだろうと思った。
しかし、白猫が神社に向かって走り出し、私たちもそれを追っていったのは、間違いだったに違いない。
境内まで辿り着き、膝を押さえて肩で息をしていると、白猫は嘲笑うかのように優雅な足取りで登場。
そして賽銭箱の上にちょこんと腰掛けると。
「二人ともようこそ! あの世とこの世の境目に!」
……こんな風に、流暢な日本語で話し始めたのだ。
神様。私、欲張り過ぎましたか?
だからこんな意味分かんない事態を押し付けられてるんですか?
例えそうだとしても、そうでなくともどっちにしたって……。
「私の幸福の、日曜日を返せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
私は吹雪に負けない大声で、嘆きの叫びを大空に届けた。
こんな理不尽な神様に、絶対聞こえるように。
覚えとけよ……と。
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