第3話 ゆめゆり


 「……こ、……とこ、……いーとーこ!!」

 「ふぇっ!? な、何!?」

 「『何!?』 じゃないよ! どうしたの今日? 紬は夜更かしするタイプじゃないで

しょ。なんかあったの?」


 気づけば四限は過ぎ、とっくのうちに頭の寂しい(ついでに寒いギャグの受けも寂

しい)初老教師はクラスをトボトボと過ぎ去った後だった。

 チャイムにも気づかなかったとは、よほど私の頭は眠気の境地に達しているのだろ

う。しかも今日は小春日和である。特に四限目なんて、心地の良い陽が当たる窓際族の私にとっては自室のベッドにいるのも同然なのだ。


 「ゆ、夢だったの……? それにしては、やけにはっきりしていたような……」


 しかもめっちゃグロかった。しかも、目の前の奴が殺されている夢なんて思い出すのもおぞましい。というか、そんな想像をしてしまった私が恐ろしい。


 「…………うん、夢々! 努々ゆめゆめ忘れるようにしよ!」


 糸綾いとあやつむぎは、考えるのを止めた。

 その代わり、目の前の相手との会話に集中することにする。


 「でも、いつも四限目は私寝てるし。いつもと変わんないでしょ?」

 「違和感大有りだ! 糸子は四限目が終わったら光の速度の如く購買部へ走ってい

くじゃん。今日は猫パンは要らないの?」

 「あっ」

 「ほら、いつも通りじゃない。何昼休みは至福の時間 って言ってる糸子がそんな貴

重な時間を惰眠で貪るなんて、やっぱおかしい!」


 隣で追及を迫る私の友人、佐々木ささき 真弓まゆみは険しい顔をしてい

る。きっと私だけが心の内に問題を抱え、そっとしまっているかもしれない事を心配

してくれているのだろう。

 しかし、真弓には悪いが、私の頭の中は既に真弓の言葉を不必要なものとしてしま

っていた。


 「やってしまったあああああああ!!!」


 昔からこの学校では購買で限定販売されている「猫パン」。今も映えの需要として受け入れられ、この学校の名物となっている。

 私はこの猫パンを昼休みに食べながら、動物の動画専門サイト「ネコネコ動画」を見て過ごすのが1日3食の次にというほど絶対的な日課となっているのだが、今日はあろうことか、そのことをすっかり忘れてしまっていたのである。人気過ぎて昼休み直後に完売になってしまうので、今から行ってももう遅い。


 「前から思ってたけど、糸子ってとんでもない変態級の猫好きだよね……」

 「変態で何が悪いっ!」

 「開き直らないでよ……」

 「いーや、私は猫の全てをまだ知らない! 私の猫の知識は猫の背中ほどしかない

のだから! それまでは変態と呼ぶな!!!」

 「猫の背中は伸びるからむしろ広すぎじゃい! 背中を推してくる辺りやっぱり変

態だよね糸子は! あと正しくは額!!!」

 「にゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにいってんにゃ(刀マニアが何言ってん

だ)!」

 「うるせぇ! 刀マニアは日本の伝統を受け継ぐっていう高潔な使命があるんだ

よ! 平和ボケした猫マニアなんかと一緒にすんな! ついでに何言ってるか分かる

の地味にイラつくぅ!!!」

 「刀マニアはミリオタと一緒にされるのは嫌いなのに平和だかウンタラカンタラ言

うな! 大体刀は武器なんだから高潔もクソもないただの紅血撒き散らす狂人の持ち

物だよっ!!!」

 「なんだとぉー!」

 「にゃにおー!」


 一生をかけても終わりそうにもない彼女たちの言い争いは、遂に腕を振り回すだけの単純なケンカに退化していた。


 「またやってるよ、あの新婚夫婦」

 「果たしてどちらが受けでどちらが攻めなのか……、どっちも良い!」

 「どっちでも良いよ!」

 「はぁ!? これはもう『ちきゅうはかいばくだん』を押すか押さないか並の選択なんだよ! お前は地球が消えてもいいのか!」

 「もうどうでもいいよ!!! ほんとあの二人の事になるとめんどくさくなる娘多いよね…………」


 遂にはクラスに残っていた二人の女子生徒が茶番から茶番を繰り広げ始めた。

 どうやらこの教室ではいつもの事であるこの光景は、もはや庭のスズメの戯れくらいにしか意識されず、それどころか一部の人には癒やしになっているらしい。


 しかし永遠に続くようなこの燃え上がる激しい争い《ちゃばん》は、いつもたった一人の生徒会長の存在によっていつも鎮火されていた。


 「あらあら、今日も今日とて、お二人はお盛んですわね〜」


 と、彼女は二人の間に割って入り、それにも関わらず行動を無視したかのような爆弾発言を放り投げた(因みに何がとは言わないが、おっさんではないのでセーフである)。


 「「誤解されるようなこと言わないでくれる!?」」


 案の定、爆心地はたちまち焼野原へと化した。


 「いやぁ〜、こんな風景をまさか高校生の身分で拝めるとは、奇跡も起こる確率が

ないわけじゃないんですわね! 絶対なんて絶対無いんですわ!!」

 「いや、どっちなんだよ……」


 二人のメラメラとたぎる闘争心は、彼女によって言葉通り水を差され、いつ

の間にか萎みきって有耶無耶になる。

 すると、近くでそれを見ていたクラスメイトが律儀に手を挙げて生徒会長に質問を投げかけた。


 「てかさ、会長ちゃんはそういうの見てるのが好きなのになんで自分から止めさせ

ちゃうの?」

 「いえ、そこは生徒会長という身分として断腸の思いで止めているのですわ……。

殺傷事件が起こっては私は自らの仕事を怠ったことになります故、責任を持って腹切

りか身売りを行わなければならないのですわ」

 「『「私たちそこまで本気ガチじゃないのですが!?」」

 「もしかして生徒会長ってドM……?」

 「あらあら〜、今のは無かったことに♡、ですわ〜」


 生徒会長はわざとらしく振り返ってウインクし、唇に人差し指を置いた。


 「さて、本日も私、斎藤さいとう咲美えみによって世界の平和は守られましたわ〜」


 そして彼女は何故か、軽くスキップして歩いていく。


 「いつもの事だが……」

 「あの人結局何がしたいんだろ……」

 「さぁ……」


 多くの謎を残して、ざわついた教室に昼休み終了のチャイムが響き、騒ぎ声たちはどこか残念そうに小さくなっていき、ついには聴こえなくなっていった。

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