第2話 決意


 私は幸せだった。


 口には出さなくても、いつまでもこの幸せは続くのだと頭の中ではそう思ってた。


 「なに……これ……」


 なのに、まさか、こんなものを見てしまうなんて……。


 ぼんやりした頭は、次第に周りの状況を理解し始めていた。


 着たこともない、和服と洋服の中間みたいな服装。

 引き裂かれたような、噛みつかれたような跡が幾重にも生々しく残っている。

 起きあがろうとして腕を動かし、最初に目についたのは肌色の欠片もない両手。

 かつて真紅を帯びていた血の跡は、見れば体のそこらじゅうにこびりついて、乾ききって褐色を帯びていた。


 血痕は、何処だかも分からない荒れ果てた大地に一方向の道を示している。


 君の居場所はこっちだよ。

 ……そう言われた気がした。


 私は訳もわからないまま、ただフラフラと立ち上がる。

 これがあからさまな罠だったとしても、進むべき道はきっとこの一筋の道の、たど

り着いた先しか無い。 そう思ったからだ。


 一歩ずつ、一歩ずつ。

 私は何かに向かって、歩き続ける。

 たどり着いた先は希望か絶望か。

 実際確かめてみるまで結果は分からないのに、どうしてか私の心の片隅には確かな

諦めが霞んで見えた。


 最早何時間経ったかすら分からない。

 神経がやられていたのか、それとも歩き疲れてきたのか、徐々に感覚を取り戻した足に感じる痛みで、とにかく余計長く感じられた時間だった。


 待っていたのは血痕が途切れた大地。

 ……私の求めていた、「答え」だ。


 無惨に喰い荒らされたような肉塊。

 それを中心に広がりきった血溜まり。

 生前纏っていたと思われる服の布切れで、かろうじて人間だったのだとやっと気づ

くことができる。


 「…………………………」


 私は肉塊のその先に転がっていた丸い物体に、何も言うことができなかった。

 「驚いた」のではなく、予想していた答えと余りにも一致していたことに「虚し

さ」を感じたのかもしれない。


 肉塊から外れたはずの球体は、まるで後に肉塊が血に染まったかのように綺麗な肌色をしていた。

 私はそれに歩み寄り、そっと抱える様に拾い上げる。

 その球体……「人の頭」は寂しく微笑んでいた。


 「まゆみ…………」


 私は、ただ後悔することしかできない私を、恨む事はしなかった。

 仕方がなかった。どうしようもなかった。

 過去がどう変わろうと、この現実いまは変わりやしなかった。


 だって誰もこんなこと、予想できるはずがなかったんだから。


 ……でも、一つだけ、今の私にはやらなければいけないことがある。

 いくらこの世界に絶望したとしても、少なくともあの子は私にとって希望であり、

生きる意味だったのだから。


 「……ごめんね」


 そう言ってから、私は泣いた。

 初めて泣いたはずなのに、もう一度泣いている気がする。


 あの娘が死んだ世界で、私は生き続けなければならない。

 自分も彼女を追って死ぬだなんて、彼女の死への冒涜も甚だしい。


 二度と私のような悲しみに暮れる人が現れないように。

 そして、この壊れた世界を少しでも良くするために。


 「…………やらなきゃ」


 心に決意が宿ったその時。


 ……私の記憶は、そこで途絶えた。

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