神の使い

yakuzin.

第1話 下界


 煩悩がなく冬の真夜中。


 階段に連なって立つ鳥居に雪が降り積もり、紅と白が月の光によって、暗闇の中で幻想的に映し出される。


 一般的におめでたいと言われる、年の初め。

 しかし、どこまでも続くような銀世界の境内には人っ子一人の影も見当たらない。


 ただ一人、平安時代の様な着物を着ている中性的な外見をした者が、開け放たれた拝殿の中に厳かに座っていた。


 「……どうだったか、人間ちじょうの世界は」


 これまた中性的な声で、その者は呟く。

 その呟きは言葉として確かに問いかける意味を持っているのに、言葉を受け止める相手など周りには見当たらなかった。


 しかし、一風が舞い降りる粉雪を持ち上げ、運んで行ったとき。

 それに応えるかの様に小さな体が、呟いた者の背後からぬっと飛び出してきた。

 それは、まるで呟く者の影から出てきたかのような、気味が悪くなるほどの滑らかさだった。


 小さき者は拝殿の階段に腰掛け、細長い足を放り投げてぶらぶらさせた。


 ……今宵は満月だからだろうか。

 影がかっているというのに、艶やかな白い肌が、光る。


 「……うーん、なんか思ってたよりかは面白くないね、ここ。何処も人だらけで誰とも話せないし、猫専用の『カフェ』っていうところがあると思って入ったら、そこは人間だけが欲を満たすためだけに作られた身勝手なところだったんだ。こんなんじゃ、地獄とさほど変わらないよ」


 呟いた者の厳かな態度とは裏腹に、小さな体の持ち主は軽薄な口調で接する。


 「ふむ……、そうか。人間の悲痛な叫びが永遠とわに続く、佇んでいるだけでも嫌気の差すあの世界よりかはマシだと思うがな」

 「そう? 僕にとって人間の声なんて蝉の声と大差無いよ。『うるさいなー、まぁいーけど』って感じ。どっちかって言うと、僕が嫌気がさしたのは何処に行っても人、人、人!! なところだね。とにかくどんなとこでも数で覇権を取るのは人間だよ」


 小さな影は元々華奢な体をさらにすぼめて、呆れたように微笑んだ。

 それを横目で透かして見た、呟く者の目は心なしか細まったように見える。


 「……本当にお前は、私に協力してくれるのか?」


 「あ〜、ごめんごめん。気に触ること言っちゃったかな? でも勘違いしないでよね、僕は人間が嫌いなわけじゃ無いから。少なくとも、僕には人間を語る知識も、資格もないよ」


 「違う。私の言いたい事はお前が人間を嫌いであるか否かではない。彼女……ツムギヒメの捜索は進んでいるのか? サラッとサボっていた事を口に滑らしおって……。 一丁前に都市部まで歩いて行ったというのに、現に何の成果も得られていないではないか」


 「呟く者」は「小さき者」の空いた両手を見透かして言った。


 「でもさ〜、ほんとにする事ないんだって。僕の能力は。テキトーに歩いてれば探している人なんてすぐ見つかるんだよ」


 対して「小さき者」は余裕な表情で苛立ちを受け止める。


 「大丈夫さ。これには君の人生、いや、神生がかかっているんだろ? それならこの僕に任せておきなよ。きっと叶えてあげる。君の夢をね」


 そう言って振り向いた「小さき者」には黄金つきの光が降り注ぎ、今まで隠れていた美しい顔立ちを現した。燃えるような鳥居色をした二つの眼が、純白の体も相まって自身気に爛々と光る。


 「ふん……。お前はやっぱり信用できん」


 「なんでだよ、ツンデレめ〜」


 仰ぎ見ることもできないほど白綿が埋め尽くす、空遠くの寒空。

 この地では過去に例を見ない大雪は、二人の居る神社を隠すように積もってゆく。


 世界の覇権をとって尚人間が対抗することの出来ない自然たちの荒れ具合は、これから始まる人間たちへの悲劇を暗に示しているように見えた。

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