3.初依頼〜タグプレート回収編

 依頼を強制に近い誘惑により了承するとマリベルはゼノの家に滞在する事を決める。

 中央にリビングを配置して両脇には小さな箪笥とベッドが収まる程度の部屋を。

 そしてリビングの上、つまりは北側に書庫と風呂場が造られ、大森林でも好立地で良物件のゼノの家は巨樹の内部を改築して親父と二人で暮らしやすいように設計されていた。

 間取りだけみれば犬に角が生えたようにも見える。


 二人が生活拠点を築ける程の幹の太さを持つ巨樹に大森林の異常性を感じずにはいられないだろう。だからこそ、改めてマリベルがゼノの家を眺めて目を丸くするほどだ。

 家なの? 巨樹なの? そんな事を呟く。


 部屋割りは左側の部屋をゼノが使い、右側の親父が使っていた部屋をマリベルに明け渡す。


「それは申し訳ないわ。お父さんの部屋を使うなんて」


 マリベルは目の前で両手を振って丁重にお断りの姿勢を見せる。いつ帰ってくるか分からない人の部屋を使うわけにはいかない。

 知りもしない人が急に帰ってきた所で鉢合わせになる可能性があるのは落ち着くわけがない。部屋に籠る時は服や下着を着る事がない―締め付けられて嫌だから―マリベルは訝しげに考え込む。


 たまたま生まれたての姿を見られたら。

 ゼノは帰ってきたばかりのお父さんと話す事はなく、もう会えなくなるだろう。

 物理的に。


 それでもリビングで寝起きされるより部屋で寝てもらった方がゼノの精神は落ち着く。起きてすぐに強力な毒豊かな双胸で卒倒したくはない。何とか説得してマリベルを部屋に押し込んだ。


 ゼノがマリベルと交わした依頼の条件は雨が上がって2日経過してから、という条件だ。

 それは、大蛇の表鱗が潤いを無くし乾き始め、動きが鈍くなる事を見越して。蹂躙が落ち着き、蠢きを鎮める為に必要な期間で条件提示したのだ。


 最短で2日。最長は未定だが長く雨が降り続く様ならゼノ単独でタグを回収に向かうという提案もしなければならないだろうと決めている。


 その短い期間でしなければならない事はどのような事なのか。

 それは、お互いの戦力と情報の共有が最優先になる。

 短期間という事はお互いの力量を擦り合わせる時間が限られている。これからパーティを組んで動き出すのであればお互いの力量を教え合い、測り、擦り合わせて、何千通りも戦術を組み込む。時間を費やせば費やすほどパーティの戦力は向上していくだろう。


 今回はそれを省略しなければならない。

 最低限の調整。

 ゼノは斥候の役を担い、マリベルは魔法詠唱者マジック・ディスペンサーとして後方から支援に回るだろう。抜けがないか何度も思案する。


 あっ。


「マリベル。ちょっといいか」


 手招きをして家の前の平地にマリベルを呼び出すと魔法を使うように頼む。

 なんて事ない作業でありすぐに了承したマリベルはいつも所持しているのか腰のあたりからあの小さな棒を抜き出すと前に出して構える。

 構えるマリベルは自分を『第一級守護者で魔法詠唱者』と名乗るだけの事はある。

 凛とした、という言葉が相応しい佇まいだ。


「行きますよ〜。系統は何でもいいですか?」

「問題ない。敵と戦うような感じで使ってくれ」

「わかりました」


 マリベルは指示されるがままに魔法を使用する。


 一時の後、魔法陣が炎を纏う。

 準備が完了した事を確信すると魔法名を詠唱する。


 《フレイム・サークル》


 マリベルの周りには炎の渦が巻き起こる。


 平地に胡座をかいて頬杖をついて座るゼノはマリベルの魔法技能を見定める事と魔法を構成する全てに興味を示している。


 何故。魔法の発現について。

 何故。魔法とは何なのか。

 何故。ゼノとは違うのか。


 何故? 何故? 何故?


 錬成を探求するものとして『何故』という問いを自身で解き明かしたい。そんな風に考えるのは一種の職業病ともいえる。治ることのない奇病だ。


 魔法は、自分の体内に宿る魔力を糧に魔法陣を展開して、発現、行使する。一見、錬成の行程と同様に見える魔法の手順だったがそれは違った。


 錬成はこの世界にある《有》を変化させる。

 一方で魔法は、魔力を魔法陣に流し込み変化させる。


 《無》から《有》を産む事ができない錬成。

 《無》から《有》を産み出す魔法。


 魔力を使い、炎や水、土、風を生み出す魔法は錬成とは相反する定義だとゼノは結論づけた。

 そして、マリベルが魔法を行使するまで目を輝かせて眺めた後にゼノはこう考えていた。


 ――『使えない』、と。


 理由は2つある。

 一つは、魔法の行使までに時間がかかりすぎる事だ。

 マリベルが魔法陣を展開して、発現、行使するまでにかかる時間は3秒。

 手を抜いたのではないかとも取れる行使の遅さだ。

 時間にしてみれば短いと感じる時間も戦闘中であれば必滅の時間とも言える。

 3秒間何も出来ないのだ。

 立ち止まっていれば敵は斬りかかってくるだろうし、近接武器で攻撃されれば魔法自体を行使する余裕はなくなる。

 それならば、別の方法でどうだろうか。

 例えば、立ち止まらずに移動しながらの方法。

 走りながら攻撃を回避するのであれば魔法は行使できる。

 だが、その考えは一方では正解だが片方では不正解となる。

 根本的な解決にはなっていないからだ。


 ―行使までが遅い。遅すぎる。


 ゼノでさえ錬成陣を展開から行使までは細心の注意を払い、刹那に行うようにしている。見つかっては意味がないからだ。


 考えを変えて早く魔法を放つ事はできないのか。マリベルに尋ねてみたが首を横に振って否定した。


「私、これでも優秀な魔法詠唱者マジック・ディスペンサーだから結構早い方なのよ。これより早いってなると私が知る限り一人しか知らないわ」


 そう返事を返す。


 隊列を組み複数人で行動する者達であれば後方から魔法を放つ時間を確保でき、効果的に魔法詠唱者を使えるだろう。

 ゼノは大森林で一人で生活している。他者の力を必要としない生活に慣れており今後もないように思う。


 であればこそ、不要だと判断した内の一つになる。


 そして、2つ目。

 これが魔法を使用する上で『使えない』と判断した大きな理由。

 魔法陣に魔力を流し込むと行使する系統の象徴が魔法陣に現れる。これは、錬成陣にはない特徴だ。


 火系統なら炎が纏わりつく。

 水系統なら水が滴り落ちる。

 土系統ならが岩の形を模していく。

 風系統なら風が渦巻く。


 それはつまり、放つ前から何の魔法を使うのか分かるというに意味に他ならない。

 戦う相手に『今から炎の魔法を使うよ』と言っているのようなものだ。

 しかも、ご丁寧に3秒後に、というオマケ付きで。


 知能が低い魔物であれば魔法を放つまで待ってくれるだろう。それであれば魔法も効果的に使え、重要性や需要がある。

 だが、知能が低い魔物でも数回、数百回と同じ魔法を見ていれば対処が出来なくても魔法陣を確認すると逃げ出すくらいの行動を取るようにはなる。


 それが大森林の魔狼などの知能が高い魔物であればどうだろうか。

 先日のマリベルと魔狼との戦闘時、ゼノはマリベルを観察していた。もちろん、救援するという目的を忘れる事なく。

 マリベルは《フレイム・サークル》という魔法を使い炎を渦状にして行使した。

 その際に魔狼はどうしたか?

 魔法陣に炎が纏わりつくのを確認したらすぐに後方へ後退して回避したのだ。知能が高い魔狼が容易く魔法陣の特徴を見破り、順応してみせた。

 それが、対人戦闘ならどうだろうか?

 それは確認しなくても理解できるだろう。


 とはいえ、全く使えないわけでもない。


 魔法を攻撃面だけで見れば、時間を要するが遠距離での攻撃に長ける魔法は攻城戦や複数人でのパーティ編成には必ずと言っていいほど組み込まれる。


 巨大な鉄の塊を城壁の上に備え付けていざ必要になるその日まで待機、よりは汎用性がある。魔法詠唱者の保持する魔力によるが大砲を放つよりも長い間攻撃を行える事もあるのだ。


 もう一つに、魔法は人を豊かにする。


 火が必要な時に火打ち石を使わずに火を起こせる。

 喉が渇いた時にすぐ潤せる。

 簡易的な城壁を作る際に土は役割を果たす。


 そのような形で生活の一部となる可能性はある。とある街では積極的に魔法を生活に取り入れて水準を大きく向上させている。


「使えないな……」


 ボソッと呟いた言葉に『対人戦闘では』という言葉を付け忘れている事に気づかず物思いに耽る。

 独り言を呟いたようにしか聞こえない言葉をピクッと耳を動かして聞き取ったマリベルは怪訝な顔をしてゼノに歩み寄る。


「ゼノ。あなた一度クレナミアに来るといいわ。世の中がゼノの手の中だけで完結しているなんて考えを変えさせてあげるわ」

「えっ!? わ、わりぃ。言葉が足りなかったな」


 マリベルの少し怒気を込めた口調に両手を顔の前に出してたじろぐ。


「ちょっと、脅してみただけなのに。そんなに怖がらないでよ……ねぇ」


 そうは見えない。

 茶目っ気のある笑みでただならぬ雰囲気をばら撒く。


 今も微笑ましくゼノを見るマリベルの瞳の奥は笑っていない。


 触れてはいけない物に触れてしまった。

 とにかく、この話題からは離れるべきだ。

 そう予感させるとゼノは周りを見渡して話題の材料を探す。


 乾いた平地に大森林の割れ目から見える空の天候は晴天で。

 雨が上がって1日……いや、2日目か。

 条件は既にクリアしている。

 これだっ。


「そ、そろそろタグの回収に行けそうだが準備はできているか?」

「えぇ。準備はできているわよ」

「それなら回収に行ってもいいんじゃないかと思うがどうかな?」

「私が決めるの? ……まだ2日目でしょ? 行けるの?」

「もう行けるんじゃないか、にゃ」

「ふ〜ん」


 主従関係がこの場では逆転しつつある。いや、逆転したとしても問題はない。


 タグを拾い、マリベルを街へ送り届ける。

 3.4日あれば依頼の全てを完了できる。そうすれば晴れてまた普段の生活に戻れると計画している。


 そう心に決めたゼノはマリベルからの指示を待つ。


「そう……なら行きましょう」


 既に準備を終えているマリベルを待たせて家に戻り準備を始めた。


 ◇◆◇


 大森林内はゼノが知るいつもの装いを取り戻して燦然としている。所々の巨樹に痣のような跡を見つけると、マリベルが跡の上に立って両手を広げてその大きさに跳ね回る。

 マリベルの両手ではとてもではないが足りていない。ゼノと両手を広げてやっと半分程になるくらいに巨大だ。


「それは大蛇が這っていった跡だな」


 マリベルが気になってマジマジと見つめる跡を解説すると顔色を悪くして後退りする。仲間を亡くす事になった元凶の跡に恐怖を感じたのだろう。キョロキョロと辺りを見渡して巨樹に擬態していないか凝視する。


「大丈夫だって。大体、大蛇はとぐろを巻いて寝る事が多いから巨樹と間違える事は少ないぞ」


 ゼノの言葉を受けて恐怖は和らぎ、安堵の色が濃くなっていく。それでも“多い”というだけで“全くいない”と言い切れないだけにゼノは大森林の異変に注意を払って進んでいる。


 凹凸が激しい巨樹の根は乗り越える事に苦戦する。

 湿地帯である為に浅い水で覆われる地面に足を取られて前に進みづらい。


 走っても走っても変わり映えがない巨樹群を疾走していたから錯覚に陥っていたが、警戒しながら進むとそれ相応に長く険しい道のりだったと分かる。


「私、ゼノに出会わなかったら確実に死んでましたね」


 そうマリベルに思わせるほどに。

 多分に魔狼に喰い殺されていたとは思うが。


「着いた――」


 ゼノの言葉を持ってマリベルの目的地に到着した事を示した。


 3日前の事なのに地面には赤黒い血がおびただしく付着することもなく。

 人間と分かる腕や足、その他部位は見当たらず。


 あるのは魔狼達魔物が食べる事がなかった衣服の破れ端やひしゃげた全身鎧フルプレートメイルのブレストやバックプレート、ガントレットにバシネット。


 死体があれば諦めもついていた。それなのに死体は見当たらず、あるはずもない可能性を夢見てしまう。

 いきているんじゃないのか。そう考えてしまう。


「――何人だ?」

「7名です……」


 泣きそうになる目尻に手を擦り付けて探し出すタグは7つだとゼノへ伝える。

 まずは、マリベルと共に周辺を探す。タグがどのような物なのか見た事がゼノにとって形状の確認は必要だ。


「ありまし……た―」


 ひしゃげた全身鎧の中に落ちていた小さなタグプレート。黄金色をしたタグプレートは所持する守護者が強者であった事を物語る。

 見つけたタグプレートは全身鎧と同じくして少し曲がりくねって所持していた守護者の末路を物語る。


「この人は、ララメイヤ。守護者で数少ない重戦士タンクだったんです。私がギルド職員になるのと同じ時期に守護者になり頭角を表していって――。ゴールドプレートにまで昇り詰めたんです。それなのに……それなのに……」


 胸にタグプレートを抱き寄せて回想を話すマリベル。

 声を出して叫びたい気持ちをグッと堪えて涙だけを流す。


 タグの形を確認し終わると二人は淡々とタグの捜索を始める。

 地面に埋もれてしまっていないか。

 巨樹の根の板にあるのではないか。

 魔物が遊んで少し遠くまでもっていっていないか。


 人探しならともかくこの広い大森林で拳よりも小さいタグプレートを探すのは困難を極める。

 どちらからも声はない。

 どちらからか啜り泣く声が聞こえてくる。


 ララメイヤ。ユーナ。ジュムイ。タリアンムト。ナミル。ダント。カカールナ。


 帰りの事も考えればそろそろ帰らなければいけないという日の暮れ方になってくる。奇跡的に7つのタグプレートはマリベルの手の中に集まった。


 陽の光を受けて7つのタグプレートは黄金色に輝く。

 プレートが擦れ合い和気藹々と談笑のように賑やかで華やぐ。


「帰ろう。もうじき夜になる」


 短く頭を下げて大切にタグプレートを抱きしめて家に戻る。

 ゼノ初めての依頼は完遂したのの後味が悪く忘れる事のない依頼となった。

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