第5話 勇者は応接室を調べる
懐かしー。この天井、ボスがガラス突き破って登場する奴だ。初見でめっちゃビビったの覚えてるわー。
口いっぱいにほおばったカ・ブキアゲを何とかかみ砕き、お茶で流し込む。甘みと苦みと酸味のある複雑な味だった。
お茶を飲み干し改めて部屋を見まわしてみる。見覚えのあるパーツばかりだ。宝箱はもちろん、壁の質感やラグ、棚に至るまでどこか既視感を覚える。ダンジョン作成キットで作られたものに違いない。
「受けて立とうじゃないの」
これは魔法使いさんのおもてなしと見せかけた挑戦状。これでもダンジョン専門の冒険者だ。踏破したダンジョンは数知れない。攻略しないわけにはいかなかった。
いつもならマップ作成のため魔物を倒してガンガン突き進むが、ここは一部屋。気になるところから調べていこう。
まずは暖炉。
ダンジョンの攻略条件は多岐にわたるが、作成キットを使ったダンジョンの攻略条件はだいたい五つに分けられる。敵を倒す、仕掛けを動かす、鍵を見つける、アイテムを手に入れる、そして脱出する。攻略条件を達成するとダンジョンが消える仕組みだ。
「脱出」は除外していい。魔法使いさんが何度も出入りしている。「仕掛け」や「鍵」、「アイテム」を疑うなら、ここから調べたいところ。
手探りでスイッチがないか確かめながら暖炉に顔を入れる。仕掛けはなく奥がそのまま隠し通路になっているようだ。通路の先で「敵」が待ち構えているかもしれない。魔法使いさん、とか?
ゴーレムがいた。
「うわぁっ」
力任せにこぶしを入れる。膝を抱えたゴーレムは動き出す前に跡形もなく消えた。
ダンジョンに変化はない。ハズレだ。通路をくまなく調べたけど仕掛けも鍵もアイテムもなかった。
暖炉から戻ると、お菓子入れが消えていた。
ど、ど、ど、どうしよう。あのゴーレムの一部だったんだ。驚いて壊しちゃったけど、もっとよく見ればよかった。あのゴーレムはフェイク。魔法使いさんの罠にまんまと引っかかってしまった。
ル・マンドとカ・ブキアゲがテーブルの上に散らばっている。とりあえずかき集めて……全部、食べる?
お菓子入れまで食べちゃいました、あは。
食べれないことないけど無理だよ~。魔法使いさんドン引きだよ~。
失敗をごまかすため何か代わりになりそうなものを探す。
「あれ? あの窓」
外から吹き込んできた葉が窓の内側に張り付いてる。
触ってみると冷たかった。氷だ。よく見ると氷が張られた鉄格子のドアが並んでいた。ドアの下部は手前にある棚で隠してある。
試しにドアを開けてみると難なく開いた。庭にある井戸が見える。
「ふんっ」
鉄格子から氷をはずし、いくつかの小片に砕く。そうしてできた氷のブロックを積み重ねてお菓子入れを再現する。「勇者は魔物よりも物を壊している」なんてジョークを言われる勇者ですが、物を作ることだってできるんですよ。窓は壊したけど。
まだ魔法使いさんは戻ってこない。その間に暗黒ソファの下や棚の引き出しをくまなく調べる。何もない。残るは――。
「宝箱……ね」
応接室風に作られた部屋には不釣り合いで、ダンジョンの一室と考えればしっくりと合う。いかにも何かがありそうだけに罠を警戒する。ミミックを疑うときは剣先で開けるんだけどな。今日は剣を持ってきていない。裏の裏をかいて正解ということもあるし……。
宝箱を開ける前に魔法使いさんが「敵」であることを考えてみる。三日前に手合わせした時には全く歯が立たなかった。実力差がありすぎた。魔法使いさんは、攻略不可能な条件を設定するような人だろうか? 知り合ったばかりだけれど、違う、と思う。領主さんも魔法使いさんのことを「いい子」と言っていたし。
開けよう、宝箱を。
◇
魔力を使い果たしてしまった上に回復薬も見つからない。少し片づけた部屋は今朝よりも汚くなってしまった。
探し物はあきらめて、勇者から受け取った袋を開く。そろそろ戻らないと勇者に部屋を捜索されつくしてしまう。
これは……領主の邸宅の料理長が作ったバウムクーヘン!
バウムクーヘンは領主が荘園の名物として売り出そうと考えている焼き菓子だ。芯棒を自動で回転させる魔法具を一年ほど前に納品した。焼く際の手間は魔法具により格段に減ったが、技術は一様に身につくものではない。この周辺地域では料理長だけが作れる貴重な焼き菓子である。勇者の来訪を少しだけ歓迎する気がわいた。切り分けて、お皿に盛りつける。残りは明日のおやつにしよう。
「お待たせしまし……」
急いで応接室に戻ると、勇者が宝箱を開けようとしていた。
宝箱なんてあったっけ?
部屋を見回して重大なことに気づく。ヤツがいない。
ダンジョンの攻略条件は「敵を倒す」を選んだ。
応接室を作ることになったのは、そもそも違法なマンドラゴラが置かれているからである。勇者の目的がどうあれ、訪問中に応接室が消えてしまっては困る。勇者は勇者なので隅々まで部屋を調べるに違いない。「仕掛け」や「鍵」、「アイテム」は危険が高いと判断した。
応接室には隠し通路の暖炉と鉄格子の扉が三つある。「脱出」に設定するのはたやすかったが、時期が悪かった。暖炉に火を入れるような季節ではなく、窓も開けられる可能性を捨てきれない。
問題は「敵」を何にするか。自分という考えもよぎったが、勇者の目的がお礼参りだった場合はまずい。残りの魔力量を考えると勇者とは互角かそれ以下。負ける可能性はじゅうぶんにあった。魔物の一覧を表示させ、ピラミッドのダンジョンに生息するミイニャを「敵」に設定した。
ミイニャはいわゆるミイラ化した猫のような魔物だ。水分が抜け、やせこけた体に黄ばんだ包帯を巻きつけた姿をしている。瞳だけが異様に潤んでいるのが不気味ではあるが、魔物としては非常に弱い。ただ、みすぼらしく抜け落ちた毛を復活させればペットとして押し通せると思った。
極悪非道な勇者でも人んちのペットを倒さないよね?
粗野な勇者がうっかりしっぽを……なんてベタな展開からなるたけ遠ざけておくべく、ミイニャの行動を逃亡に設定し部屋の隅で眠らせた。
ダンジョンは消えていない。ミイニャはまだ部屋の中だ。隠し通路ならいいけど……。
勇者が勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます