第4話 勇者は近道をする

 魔法使いの家。響きだけでワクワクする言葉だよな。


 左手に持った枝をひゅんひゅんとしならせながら、領主さんに教えてもらった近道を登る。

 獣道のようなそこは、服が汚れるから領主さんも魔法使いさんも緊急時にしか使わないんだって。


 ブーツのかかとでゴリゴリと。地面に線を描くように歩く。振り返れば更新された道がふもとの荘園から続いているのが見える。使われずに消えそうな道を救えた。勇者を名乗るなら、これぐらいの善行はしないとね。


 えっちらおっちら登って家に着いた。魔法使いさんは外で作業中だったらしく、笑顔で出迎えてくれた。ご挨拶して、領主さんから持たされた手土産を差し出す。


「本日は突然の訪問をお許しくださりありがとうございます。これどうぞ!」


「ご丁寧にありがとうございます……蔓?」


 これって蔓だったのかー。どうりでよくしなるわけだ。領主さんから教わった文言を言い終え「ふう」と息をつく。


 魔法使いさんにまじまじと見つめられてしまった。


「なにか?」


「お召し物が汚れていらっしゃいますね。何かあったのですか?」


「ちょっと道の整備を――」


 服には草の汁が染みつき、全身葉っぱまみれ。ブーツには乾いた土がこびりついている。こんな状態では家に上がれない。


「――すみません! 井戸を借り……」


 魔法使いさんの指が肩に食い込んだ。


「お風呂、沸かします」




 お風呂で身も心もすっきり。案内された応接室で魔法使いさんを待つ。歩き回ると股下が少しスースーする。


 汚れた服は魔法使いさんが洗って、外に干してある。今着ているのは魔法使いさんが貸してくれたローブ。ローブといえば魔法使い。魔法使いといえばローブ。魔法使いの制服ともいえるそれを貸してくれるなんて。魔法使いさんは「フリーサイズだから」と特に気にした様子もなかった。なんて心の広い人なのだろう。


 空を雄大に飛ぶトンビの姿を後目に部屋の中を見まわす。


 部屋の奥には暖炉、手前にはお菓子入れが載ったローテーブル。ソファがあるべき空間には穴が開いていた。異空間に連れ込まれちゃう系の。意味もなく足音を忍ばせて近づき、お菓子入れから一つつまんで投げてみる。お菓子――ル・マンドは穴に吸い込まれることなく宙に浮いた。おっかなびっくりル・マンドを拾い上げそのまま穴をつつく。袋のギザギザがふにゃりと曲がった。穴じゃない。何かある。


「えいっ」


 思い切って触ってみれば、なんてことはない。黒が過ぎる黒いソファがあるだけだった。変わった趣味のソファだなー。暗黒ソファと名付けよう。

 暗黒ソファにぼふんと座る。程よい弾力がなんとも心地いい。ぼよぼよと体を上下させて遊んでいると、ティーセットを載せたトレーを持って魔法使いさんが入ってきた。


「お待たせしました」


 床に膝をつき、魔法使いさんは優雅な手つきでお茶を注ぐ。シャツの袖がしわくちゃなのは、汚れた服を洗う際に腕まくりをしていたからだろう。魔法使いさんは、風呂も自分で沸かしていたし、服も手洗いしていた。


「魔法使いって、なんにでも魔法を使うのかと思ってました」


「……よくある誤解ですよ」


 一瞬だけ殺気を感じたのは気のせいだろうか? 「そういえば」と魔法使いさんが袋を差し出した。


「お風呂場にこちらをお忘れでしたよ」


「ありがとうございます!」


 何だっけ? 中を見ると焼き菓子が入っていた。領主さんが持たせてくれたお土産だ。お土産……。


「今日は、どうい……」


「わぁ~っ、すみません! さっきの間違い! こっちがお土産です」


 改めて袋を差し出す。

「そうだったんですか」魔法使いさんが微笑む。「ですが先ほどの蔓もいただいてよろしいですか?」


「どうぞどうぞ!」


「ありがとうございます。ではこちらもお出ししますね。よかったらお菓子も食べてください」


 道端で拾った蔓をお土産に渡したことを笑ったわけじゃない、と思いたい。魔法使いさんが焼き菓子を持って退出してしまった。

 魔法使いさんのお許しが出たので改めてル・マンドに手を伸ばす。下にはカ・ブキアゲもある。おばあちゃんちみたい。


「うまー」


 薄い生地が作り出す独特の食感とチョコレートの甘み。懐かしい味に手が止まらなくなりそうだ。


 けど袋がなー。


 テーブルの上に散らばり、いっぱい食べたのがまるわかりになってしまう。おばあちゃんちなら反古紙で作った箱みたいなのが置いてあるのに。


「魔法使いさんがおばあちゃんならよかったのに」


 思わずつぶやいて顔を上げると魔法使いさんと目があった。


 逸らされた。

 聞かれた。

 ヤバい。

 言い訳する? なんて?


 気まずさを紛らわすために砂糖壺に手を伸ばす。横から魔法使いさんが素早くそれを奪った。


「いくつ?」


「みっつ」


 ふざけて年を答えるようなことはなしない。冗談が通じる雰囲気じゃなかった!

 魔法使いさんが砂糖壺を抱えて部屋を出て行く。また一人取り残される。というか魔法使いさん、いつの間に戻ってきたのだろう? まったく気配を感じなかった。


「警戒されてんのかなー」


 この応接室もセキュリティーのために隔離したのかな。勇者のお宅訪問というと宝箱やタンスを開けたり、壺を割ったりすると思って用心する人もいるもんね。一部の迷惑系勇者だけで、一般の勇者はそんなことしないんだけどなー。部屋の隅に置いてある宝箱は、ご期待に応えて開けといたほうがいい?


 カ・ブキアゲをまるごと口に放り込む。ずりずりソファから滑り落ちると、しゃれた天井が目に入った。


「あべ、ほへっへ」


 ダンジョン?

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