第3話 魔法使いは趣向を凝らす
廃屋のダンジョンシリーズは何気に優秀だった。「脚が折れた」、「カビが生えた」の枕詞が付くものはどうしようもないが、「古ぼけたローテーブル」があった。「古ぼけた」は言い換えればアンティーク。湿ったようなにおいは、ソファと同様にシールドを張って何とかする。
暖炉については、なんと「隠し通路につながる暖炉」があった。設置には隠し通路を作らなければならなかったが、それぐらいお安い御用である。ソファに苦しんだ一時間は何だったのか。三十分もかからないうちに応接室が出来上がった。
「窓が欲しいな」
ドーム型のガラス張り天井のおかげで部屋の中は明るい。ダンジョン特有の圧迫感はないが、どっしりとした印象がどうにも拭えない。やはり部屋と称すならば窓が欲しいところ。優等生の廃屋シリーズにも窓はなく、破れたカーテンだけがぽつねんと掲載されていた。
要は開口部があればいい。魔法であけても構わないが名案を思いついた。出入口である。
ダンジョン作成キットにはいくつかのルールがある。部屋には出入口を一つ以上設置すること、もその一つ。言い換えれば、入口とは別の出口を作ることが可能なのだ。暖炉に向いて右側の壁を、出入口が三つあるものに変更する。
立てかけてあったラグが倒れて消えた。
「ぐぬっ」
窓枠には鉄格子のドアを利用する。鉄格子のドアは監獄のダンジョンシリーズの中にあった。出典が気になるダンジョンである。
鉄格子の上部を氷でふさぎ、曇りガラスっぽさを出す。時間がかけられれば透明の氷が作れたのに。だんだん楽しくなってきた。
余力があるので小物にも凝りたい。領主の邸宅には何が置いてあったっけ……灰皿とか? 時代関係なく喫煙する勇者なんて見たことないから必要性は感じないが、クリエイター魂に火がついてしまった。何で再現すればいいだろう? そういえばガラス製の像があった。膝を抱えたゴーレムの。頭頂部を切り落とせば、それっぽく見えないだろうか?
どうしよう。
どっからどう見ても凶器にしか見えない灰皿が出来上がってしまった。
みるからに重そうなガラス製の、被害者の頭をたたき割ってもヒビ一つ入らない類のやつである。激高した勇者に殴られるフラグ立つでしょう、これ。抑止力に血のりつけとこうか。いくら激高した勇者でも凶器として使用済みの灰皿をとっさに手にしないでしょう。いや、激高した勇者なら手に取るか。とっさの凶器と思われた灰皿には、以前にも凶器として使われた形跡があり捜査の現場に混乱が生じ――。まあ、その時はマリコ様が何とか解決してくれるさ。四十五分ぐらいで。
凶器の塊で構成されている勇者を家に上げる時点で危険なのだから、凶器が一つ増えたとて気に病むことはない。ケチャップは切らしているし、血のりもやめておこう。イチゴジャムなら用意があるけれど、灰皿につけたジャムはあとでおいしくいただけない。虫が来るだろうし。余分な顔から下のゴーレムは隠しておく。
時間も時間だし、部屋はこれぐらいでいいか。ソファとローテーブルを魔法で宙に浮かせ、改めてラグを出現させる。玉座もこうやって運べばよかった。
あとは、おもてなしに必要なお茶とお菓子を用意しよう。午後一時だと昼食のほうがいいのだろうか。悩む時間に来るなよ、勇者。そもそも来るな。
家に戻り食糧庫を確認する。領主を訪問した三日前に買い出しは済ませた。当面の食料はあるし、生鮮食品は荘園の店から配達してもらっている。
お茶もなんとかなるだろう。我が家には魔法薬に使用する薬草が豊富にある。中には使用期限の怪しいものも存在するけど、出す相手は勇者だから大丈夫。念のため毒消し薬を角砂糖にでも振りかけておこう……。あ、この毒消し色付きだ。角砂糖にカビが生えたみたいになってしまった。無問題。無骨な勇者は無糖が無難でしょ?
お茶とくれば次はお茶請け。要はお菓子だ。あいにくと家にあるのは、毎週お菓子についてくるパーツを組み立てると魔法具が完成するというディ・アゴス・ティーニのビスケットしかない。勇者はちまちま魔法具を組み立てたりしないだろうから、おそらく気づかないとは思うけど、やはりここは安全な道を歩みたいところ。シリーズの中には『週甘 聖剣を造る』とかあった気がするし。『週甘 聖剣を造る』の創甘号には剣の柄にはめ込む石がついてきた。「魔石では?」という噂により創甘号は大変な売れ行きだったというが、二号でミスリルがついてきて脱落者多数。上級者向け過ぎたため三号を出さずに休甘となった。刊が甘になっているのはお菓子なジョークである。
今からお菓子を買いに……いや転移魔法でも使わない限り時間的に無理だ。応接室を作るのに結構な魔力を消費してしまったので、往復の転移魔法はきつい。仕方ない。魔法で出そう。
食べ物を出す魔法は食の流通経済における混乱を引き起こす恐れがあるため、非常時以外の使用は禁止だ。今回は非日常の事態、すなわち非常事なのでギリギリ適用範囲内だろう。応接室に戻り、具体的なイメージを思い浮かべながら魔法を練り上げる。
「ル・マンド!」
「カ・ブキアゲ!」
甘い系としょっぱい系を用意し、入れ物に困って灰皿に盛りつける。なんということでしょう。あの重たくて凶器にしか見えなかった灰皿が、匠の技で見事にお菓子入れへと生まれ変わりました。
さすがに疲れたので小休止。床に腰を下ろして室内をぼんやりと眺める。呪われたソファにはできるだけ座りたくない。
部屋を完成させたら魔力の回復薬を飲んで、着替えもしなくては。うちの領主含め、なぜか世間は魔法使いにローブを着せたがるんだよね。
ル・マンドを昼食代わりに食べ、減ってしまった分は魔法で補充する。なんか食べたものを吐き出している気分……。
思いつきで作った割にはちゃんと応接室らしく見える。出来栄えにほくそ笑む。これならダンジョン専門の冒険者でもそう簡単には見破れないだろう。
さあ、勇者よ。どっからでもかかってくるがいい!
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