第2話 魔法使いは応接室を作る
辺鄙な場所に住んでいるので土地はある。カタログから壁と床を選び、さっそく家に隣接する形で設置する。
「おお、できた」
石造りの壁と床に松明の照明。四方に壁を設置することで完成とみなされるため、壁は一方が開いている。初期設定で天井は床と同じ素材が使われている。今の段階では行き止まりの通路にしか見えない。それでも実際に壁と床が出現するのには感動を覚えた。これだから魔法使いはやめられない。
天井をボス部屋のものに変更し、宝物庫のページから適当なラグをチョイスする。一気に部屋感が増した。嬉しい。
ソファとテーブル、それから暖炉もほしい。領主の邸宅を思い出しながらページをめくる。
「ない」
ボスの部屋のカテゴリには、玉座が二十五種類ほど掲載されている。
どれも堅そう、刺々しい、禍々しい、物々しい、仰々しいものばかりで、中には階段と一体型のものまであった。強そう。
武器として再利用できそうな背もたれさえなければ、座面は一人用のソファとして通用しそうなものもある。加工できないものだろうか。
玉座は玉座だけあって消費する魔力が大きい。試しに木箱を出現させてみる。
「てやっ」
工具を探すのが面倒だったので、魔法で衝撃波を一発。木箱は粉々になり消えた。消えちゃうの?
試しにもう一回。
「ほいっ」
今度は木箱の一角を壊すイメージで軽めのものを放つ。消える様子はない。落ちた木片もそのままだ。おそらく一定程度の破損により消滅する仕組みなのだろう。細かい破片が足の裏に刺さるとか嫌だよね。
容赦ない一発で木箱を消滅させる。床に傷がついてしまった。ラグを引っ張って隠しておこう。
玉座のページを吟味し、革張りのアームチェアに近い一脚を出現させる。
「思ったより大きい」
大きめのボスが座っていたのだろうか。カタログにサイズは記載されているが、実際に置いてみると想像よりも目立つ。血を思わせるような赤い色も存在感を増幅させている。
消費した魔力が惜しい。このまま突き進むことにする。長い槍のような装飾がついているだけだから切りやすそうなのだ。余った部分も暖炉を作るときに使えそうだし。火かき棒とかに。
せっかく敷いたラグを破くといけない。外で切ろう。玉座のアームをつかんで持ち上げ、悲鳴を上げる腰をなだめながら地面に運ぶ。
腕の中が急に軽くなった。
「のわっ」
バランスを崩して転んだ。玉座がなくなっている。
それもそのはず。ダンジョン作成キットは模擬演習に使うための道具である。カタログに記載されたアイテムが有効なのは床を設置した範囲内のみ。宝物庫から金貨を出現させて大金持ち……なんてことは当然できない。八つ当たり気味にラグを巻き、壁に立てかけ一息つく。気を取り直そう。
ソファにばかり魔力を割いてもいられない。玉座をあきらめページをペラペラめくりながら代替案を考える。
「……宝箱、多っ」
ダンジョンといえば宝箱。宝箱といえばダンジョン。玉座が二十五種類だったのに対し、宝箱は四倍の百種類あった。見た目は同じで機能が違うものが多いし、なぜかミミックも一緒に掲載されている。デザインだけで見ると五十種類ぐらいか。留め具が付いただけの木箱から宝石のはめ込まれたものまで、色や材質、大きさも豊富である。
宝箱を入れ子式に重ね、小さいほうを座面に大きいほうを背面にしたら、ソファに見えるだろうか。
「しまった」
間違えて大きい宝箱を二つ出してしまった。一つを部屋の隅に押しやり、改めて小さい宝箱を出現させる。大きい宝箱の中に小さい宝箱を入れて……。
「うん、だよね」
宝箱は重ねても宝箱だし宝箱にしか見えない。ラグを被せて誤魔化すのも無理がある。試しに座ってみるが、丸みが強すぎて座り心地も最悪。重ねた宝箱を外へ蹴飛ばして消去する。今のは気分がいいかもしれない。
気づけば一時間ほどが経過していた。いつになったらソファが置けるのだろうか。いっそ、クッションでも置いて異国風を装う? クッションがあれば、の話だけど。我が家にあるクッション的なものは枕しかない。今晩、勇者の尻に敷かれた枕で寝るのは嫌だ。
「ソファ……」
力なくつぶやくと、開いていたカタログが光りだした。ずっとカタログと呼んでいたが魔法書である。検索機能がついていたらしく、ソファに該当するものが三件表示された。これで七百五十イヘカって安すぎない? 七千五百イヘカだった? 通貨単位が違ってた? あとで領収書を確認せねば。
検索結果に目を通す。
一件目 脚が折れたソファ シリーズ:廃屋のダンジョン
二件目 カビが生えたソファ シリーズ:廃屋のダンジョン
三件目 呪われたソファ シリーズ:古代遺跡のダンジョン
新築戸建てのダンジョンはないのだろうか? 見た目は「呪われたソファ」が最も理想的かつ一般的だけど、呪われてるのがなぁ。古代遺跡のダンジョンに古代遺跡らしからぬソファが置かれているのも謎だ。いくらアホな冒険者でも座らないでしょうに。
怖いもの見たさに「呪われたソファ」を出してみる。
「えー」
呪われてる。どこからどう見ても呪われている。遠目に見ても呪われている。薄目に見ても……呪われている。
視覚効果はバッチリだ。黒く禍々しい靄だかオーラだかが駄々洩れである。駄々洩れすぎてソファ本来の色がよくわからない。これで不気味な音でも発していたら走って逃げていただろう。
試しに呪いを消す魔法を放ってみる。はじき返された。呪われたソファのアイデンティティを否定してはいけないということか……。
呪われてさえいなければ、素晴らしく普通のソファなのに。何か良い手はないだろうか。じっとソファを見つめているだけで呪われる気がする。シールドでも張ろうかな。
「ソファにシールドを張る!」
外側に幕を張るようにソファ全体をシールドで包み込む。行き場を失った黒い靄がシールド内を充満してく。ソファのシルエットの完成である。
時には妥協も必要。次、行ってみよう!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます