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キヤ

第1話 魔法使いは手紙を読む

 朝早く、速達で届いた手紙には、奇妙な一文が記されていた。


 三日前のお礼がしたいので、午後一時にお宅へ伺います


 差出人の名前に見覚えがないので記憶を手繰る。三日前というと、領主の邸宅に定期報告をしに行ったときだ。魔物の脅威から荘園を守る魔法使いとして毎月一回、領主の邸宅に足を運ぶ。何か変わったことがあっただろうか。手紙をもてあそびながら玄関から部屋へと引き返す。


「そういえば、帰り際に勇者と手合わせをしたっけ」


 邸宅にかけた魔法の状態を確認しているときに、勇者を案内する領主と出くわした。ダンジョン専門の冒険者である勇者は、このあたりに出現したダンジョンの調査のため領主の邸宅に滞在するという。今は演習場を見に行く途中だった。


「ダンジョンですか」


「管轄は隣の領地なのですが、ダンジョン自体はこちらの邸宅に近い場所にありましたので、滞在をお願いしに上がったのです」


 勇者の説明は理にかなっており、まじめな好人物という第一印象だった。演習場は確認を終えていたため、失礼しようと頭を下げると、領主が「そうだ」と声を弾ませた。

「ちょうど演習場に行くのだし、二人で手合わせをしたらどうだろうか。勇者も調査の前に肩慣らしがしたいだろう?」

 雇われの身なので拒否権はなく、勇者も乗り気だった。


 演習場周辺の魔法をかけなおす羽目にはなったが、お礼参りされるほどコテンパンに倒した覚えはないのだけれど……。手を抜いたのがバレたのだろうか。もう一度、文面を読み返す。


 三日前のお礼がしたいので、午後一時にお宅へ伺います


 なんで? こちらの都合とか拒否権とか一切無視なわけ? 勇者は怪盗なの?

 午後一時に秘宝 魔法使いの命でも頂戴しに参上するの? それ秘宝じゃなくて悲報だよね?


「どうしよう」


 できれば無視してしまいたい。今日はロッキングチェアでのんびり読書と思っていたのに。うっかり出かけてしまおうか。とはいえ主な外出先といえば、領主の邸宅か荘園か家の周囲の森ぐらい。領主の邸宅や荘園は勇者とのエンカウント率が高くて論外。周囲の森では近すぎるし、お役目があるため遠出には領主の許可がいる。


「無理か」


 後々の面倒を考えれば、勇者の来訪を受け入れたほうがいい。小一時間ほど相手すれば勇者も満足するだろう。魔物の襲来があったと思えばさして怒りも覚えない。伸びをするついでにポイと手紙を本の塔が乱立したテーブルに放り捨てる。うず高く積まれた本の地層に新たな歴史が刻まれ――ることなく崩落した。


 汚い。


 危険な魔法薬を扱うので床に物は置かないようにしている。そのぶん棚やテーブル、奥の作業机の上は物であふれかえっていた。

 この部屋に勇者を通すというのか。

 スツールなら数脚ある。テーブルに少し空いた場所を作ればいいだろう。見ようによっては、いかにも研究者気質の魔法使いらしい部屋だといえる。本いっぱいだし。


 片付けよう。


 雑然とした中にも自分なりの規則がある。できれば動かしたくないが、どこに何があるかは把握している。片付けの魔導書は棚に……ない。作業机に……ない。あれ?

 今は勇者を迎え撃つ準備が最優先。なんでも魔法に頼るのも悪い癖だ。魔導書はあきらめ手紙の突撃で床に落ちた本を拾い上げていく。


「あっ、この本。探していたんだよね。ここにあったのか……」


 十分ほど読みふけり、ふと目を上げる。このペースでは片付かない。機械的に本を抱え作業机に置く。本と本の隙間やページの間から飛び出した書類やメモもまとめて積み重ねる。次々と本の塔が瓦解していった。天板との再会に涙する暇はない。とにかく手を動かす。


 マンドラゴラと目があった。


「あっ」


 これ絶対通報か討伐されちゃうやつだ。正義感あふれる勇者は見て見ぬふりとかしてくれなさそう。


 マンドラゴラの栽培、飼育は法律で禁止されている。入手経路は問題ない。研究目的で許可を得ている。愛着がわいてしまい研究の終了後に処分する規則を無視しただけだ。許可書はどこかに埋もれている。探し出して日付を改ざんしておく? 文書偽装の罪を重ねてどうするよ。


 場所を移そうにもマンドラゴラの鉢には魔法をかけてある。たびたび脱走を図るので止む負えない処置だった。彼もしくは彼女が片足を抜いた時には耳から出血した。魔法をかけ直せないこともないが置く場所に困る。二階の寝室は日当たりが良すぎるしなぁ。いっそ勇者を二階に通そうか。まだ一回しか会ったことのない人を寝室に通すのは、ちょっと……。


「もっかい本を積んで隠す?」


 不自然すぎて、逆に勇者の興味をひいてしまいそうだ。本と紙が織りなしていた惨状は、いわば年月が築き上げた神秘の自然。一介の魔法使いになど再現できるまい。うなだれついでに、テーブルの天板にぐりぐりと額を擦り付ける。


久しぶり、テーブルの角!


 そもそも家に来ようとする勇者が非常識だ。奴らに常識を解くほうが間違いか。人んちに勝手に上がり込み、宝箱やタンスを開け、壺を割るのが勇者だもんね。

 こんなことならば応接室の一つや二つ用意しておくんだった。


「……そうか、作ればいいんだ」


 この間、送料を無料にするために気まぐれでダンジョン作成キットを買ったことを思い出した。あれを応用すれば応接室ができるのではないだろうか。


 ダンジョン作成キットは本物のダンジョンを作るためのものではない。あくまで模擬演習に使うための道具である。これは家庭用のため一度に作れるのはせいぜい二~三部屋程度。カタログ式の魔法書のようなもので出現には魔力を消費する。だいたい七百五十イヘカぐらいだったか。五千イヘカで送料無料。あと五百イヘカ足りなかったから、多分そのぐらいだろう。


 安価なので中身もそれなりかと思いきや、本は分厚く、実際にあるダンジョンを元に作ったアイテムの数も豊富である。発行年月日は古い。デザインが古くなってしまったが故の値引きだったのだろう。最先端のダンジョンに興味はない。これで充分だ。

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