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大陸暦1860年3月11日、晴れ。
土日休みを挟み久々の登庁となった偽アンゼリカは、第3法廷の執務室に入って間もなく、ジョレスが起訴されたことをソフィアから知らされた。
「にしても突然自白に転じるって……どういう風の吹き回しかしら」
サーシャもクリスも、そしてソフィアも、不思議そうにする位でその真相を追求しようという意思は特にないようだった。自白の任意性に多少の疑義があれど、その絶対的な証拠価値を前にしては検討する必要がないということだろうか。
自白偏重もさることながら、未だに裁判所対被告人の構図を採用する帝国の前時代法制度には、今後も助けられることになるだろう。隙だらけの手続と徹底した書面主義、そして裁判官の絶大な裁量権。そこに付け込めば、誤った裁判を正当化することは容易だった。
「でもよかったわね、アンゼリカさん。初めて担当する事件が、案外簡単に決着つきそうで。公判の準備と判決文の作成も、引き続きお願いね」
サーシャはそう言い残して、皆のいる執務室から裁判長室へと戻っていった。
あとは偽アンゼリカが判決を言い渡せば、彼女の裁判長殺しの罪は跡形もなく消し去られる。判決の言渡し期日はなるべく早い方がいい。
早速、羽根ペンを取り出し、ペン先をインクに浸して筆を走らせる。書き出しはもちろん、「主文 被告人を懲役4年に処する」――すなわち、彼との約束はしっかりと守られた。
3日後、官庁通警察署のユリスの元に、ジョレスが有罪になったという知らせが届いた。昼休憩の合間、報告を受けたソロモンが、ユリスのカップにコーヒーを注ぎながら思い出したかのように伝えてきたのだ。
当然、ジョレスが自白に転じたことは、首都監獄からも報告を受けていた。有罪となるのは既定路線――驚くような情報ではなかった。
「でも、こないだ来てたあのフランセルさんって、若いのに相当優秀な方なんですね。取調べでジョレスを落としたっていうのもそうですけど……起訴してからたった数日で判決にまで持っていくとは、正直驚きました」
注いだカップをユリスのデスクに置き、ソロモンは他愛もない感想を述べる。一方、ユリスは腕を組みじっと机を見つめながら、気難しい顔をして座っていた。
「僕たち警察官からすれば、対応の早い裁判官はありがたいですけど。……どうかしましたか?」
無反応な上司を気にするソロモンに、ユリスは「いや、なんでもない。お前の言う通りだ」と表面上は納得した様子を見せる。
「あっ、呼び出しがあったのを忘れてました。すみません、ちょっと出てきます」
警察の昼休みは、常に心休まらない。ソロモンのような下っ端たと特に、頻繁に出動要請がかかる。彼もまた急いで鞄を握りしめ、どこぞへ駆けていった。
自席で話相手もいなくなったユリスは、再度思考に耽り始める。
ジョレス……奴の犯行動機は明らかに弱かった。裁判官を殺すなんて大それたことをする程恨んでいたとはとても思えない。それに……奴はなぜ、5号棟の4階なんかにいたのだろう?普通、脱獄犯ならば監獄から少しでも遠ざかろうとするはず。奴が監獄内に留まっていたのは、何か理由があるのではないだろうか。
偽アンゼリカの存在も気になる。事件の翌日に急に現れ、流れるように裁判官に就任した少女。彼女がジョレスに接触してから一転、ジョレスの態度が変わったのだ。
「何かあるな……」
そう呟くユリス。その細い目には、彼女へのうっすらとした疑念が宿っていた。
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