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所長室を取り巻く重苦しい沈黙が打ち破られるのには、それからさほど時間を要しなかった。所長室の扉がノックされる音とともに、2人組の男が姿を現したのだった。
「お話し中のところ失礼……官庁通警察署のユリスと申します。初動捜査が完了いたしましたので、ご報告に伺いました」
先に警察手帳を呈示し自己紹介をしたのは、2人組のうち、長身でパリッとしたスーツとロングコートを羽織った貫禄のある年配の男性の方だった。階級章を見るに警部、すなわちこの現場の最高責任者のようだ。
「巡査、あれを」
ユリス警部は、少し後ろに控えるもう1人の男に向かって何やら指図した。警部と違い現場に駆り出されていたのか、多少汚れも交じった制服姿で警察手帳を呈示するとともに、警部に一枚の書類を手渡す。
「警部附巡査のソロモンです。本日は捜査にご協力いただきありがとうございます」
近寄りがたい雰囲気の警部と比べ、なかなかどうして、警察官とは思えないほど腰の低い好青年である。彼が手渡した書類――おそらく報告書の類だろう――は、そのまま重厚な万年筆とともに所長の眼前に差し出された。
「事件現場の施設管理責任者として、こちらにご署名お願いできますかな」
躊躇いなくサインを始める所長。その氏名を綴り終えるか終えないかのうちに、ベルクリフ判事が口を挟んだ。
「あの……現時点での捜査の進捗状況について、お聞かせ願えないでしょうか」
ソファから立ち上がり、遠慮がちに、しかし懇願するような眼差しでそう頼み込む。やはり、裁判長が死の真相をいち早く知りたいという思いが抑えきれないのだろう。とてもではないが、彼女の思いに水を注せるような空気ではなかった。
ユリス警部は、彼女の要請に深いため息をついた後、それでも冷静な態度を崩さずにこう言った。
「……いいでしょう。ですが、くれぐれも他言はしないこと、これを約束していただくことが条件です。ご承知の通り、我々警察は起訴不起訴の判断を下す前に外部に捜査状況を流出させることを固く禁じられていまして、これを反故にされると私の首が飛びかねない」
半ば冗談交じりに承諾する警部であったが、その目は笑っていないように見えた。
「ところで……こちらのお嬢さんは?」
これまで触れられていなかったが、偽アンゼリカは当然警部とは初対面ではあるし、裁判所を偶然訪ねてきた「外部」そのものであった。彼の視線が偽アンゼリカに移されると同時に、彼女もソファから勢いよく立ち上がって2人の紳士に一礼した。
「はじめまして、アンゼリカ・フランセルといいます。本日は用があって、こちらに参りました」
「前法務卿のご令嬢だよ、警部。お父上から私に届け物があって、遠路はるばる出向いてきてくれたんだ」
緊張の態を見せる偽アンゼリカに、自己紹介の補足を行う所長。ユリスは、なおも偽アンゼリカから視線をそらさずに、じっと、彼女の認識が誤りでなければ不審な点を探るような眼つきでしばらく黙っていた。
「あの……何か?もしお邪魔でしたら、私は外で待機していますが」
堪らず口火を切る偽アンゼリカ。すると、警部はすっと顔を上げ、ようやく表情を緩めた。
「いや失礼……。どうも職業柄、初対面の人間は特に注意深く観察してしまうものでして。お気を悪くされたなら申し訳ない」
そう言ってハハハと笑う警部は、「いや、フランセル嬢の同席も許可しましょう。こんな幼気なお嬢さんを外で待たせていたとあっては、警察も大人げないと批判されかねないですからな」とあっさり彼女の存在を許す。
杞憂であろうか。この2、3分もしないやり取りの中で、偽アンゼリカは直観的に、目の前のこの紳士こそが、彼女の帝国での生存において最も脅威となるような存在に思えた。
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