15 ファイル捜査
『シルシル、シシル、シシシシルぅ〜』
人目につかない場所へ移動し、シルシルは潔に魔法をかけた。着せ替えだ。
ずっと顔に貼りついていたら、空間を飛べないし、武器にもなれない。
デメリットが大きすぎるため、似たようなデザインの矢印仮面と、似合う服を持ってきた。
『イメージは仮面舞踏会! さすが元モデルだねえー。スタイルいいねえー』
変身した潔の姿は、中世西洋の貴族のようだ。
短めのベストの上に、白いスカーフと燕尾服。顔には矢印のかたちを残した、おしゃれな仮面が貼りついている。まるでアニメのキャラクターだが、この場所では目立たない。
動画配信サービスでは、どのような見た目も自由なのだ。
『どう? かっこよくできたでしょ? キミがあまりに残念だから』
「残念って言うな! ……まあ、考える手間は省けた。キザっぽいけど、これでいくよ」
『キミはもうちょっと、キザになったほうがいいよ。鳴花ちゃんを落とすならねっ』
(落とすって……っ)
そんなこと考えたことがない。好きだから、自分のモノにしようなんて、発想自体がそもそもなかった。
それに、伝える気もなかった。潔の手は汚れていた。盗作をしたばかりでなく、不法侵入を繰り返している。ダイバー体質になったことで、ふつうの人とは異なる道に進んでいることを自覚した。
(近づきすぎれば、鳴花を不幸にするだろうな……)
『……………』
シルシルはこれ以上、言わなかった。
背中に移動し、翼となった。
いろいろな雲を、越えていった。
『見えてきたよ』
奥のほうには、島があった。三つの島。大中小と並んでいる。
おそらく一番大きい島が、博光の持っているパソコンだろう。盗まれたデータが、入っている可能性が高い。
「行くぞ、シルシル」
『はーい、セキュリティをぶち抜くよっ』
ドーム状のオーロラの壁を、シルシルは矢じりで貫通させた。
潔は穴から入りこんだ。またもや不法な侵入だったが、裁かれるのは後まわしだ。
一刻も早く、新曲のデータを取り返しておきたかった。
浮遊する文字たちに、目を凝らした。
「今月の食費の支出……?」
家計簿のデータのようだ。博光の親が書いたのだろう。
(なるほど、家族で使ってるのか)
プライベートな情報を見てしまったことに、後ろめたさがこみあげてきた。
潔は見なかったふりをした。
『キミは罪な男だよねえー。こうやって、なんでも見られるんだもんね?』
「うるさいなっ。あんたも探すの手伝えよ」
『はあーい。好きな子のためだもんねっ』
(黙らせる……!)
ひたいに青筋を浮かべながら、いつかは消そうと心に誓う。
シルシルはやはりウイルスで、存在自体が悪なのだ。
『作曲ソフトはなさそうかなー? あったら、有効な手がかりだけど』
帯のように胴体を伸ばして、頭を空中で静止させた。
検索はもう終わったようだ。戻ってきた。
『鳴花ちゃんのデータも、なかったよ』
「そう、か……」
『代わりに、おもしろいモノあったけどね。ねえ、見てみる? 見せちゃおうか?』
潔が断ろうとする前に、シルシルは勝手に見せてきた。
余計な情報は、見たくなかった。見せられた。
「かっ、かわいい!」
潔は思わず声をあげた。キュンとした。
五歳くらいの小さな鳴花が、水遊びをしている写真。となりには男の子がいたが、潔の目には入らなかった。
「ほかのもあるか! 見せてくれ!」
『どうぞどうぞぉー。コピーして持って帰っていいよぉー』
「よしっ、そうする! ……って、ぐあああああっ!」
潔の中の良心の天使が、誘惑の悪魔をやっつけた。「ぐあああああっ!」は悪魔の断末魔だ。
(おれは、なにをやってるんだよっ! かわいいからって、こんなこと……!)
コピーして持って帰ることも、データを盗むことになる。
潔には、あの犯人を責めることができなくなる。
それは、鳴花への裏切りだ。
「持って帰らないっ! だから、この目に焼きつけてやる!」
『キミって意外と野獣だねえー。うんうん、正直でよろしいよっ』
誘惑の悪魔が復活して、良心の天使と握手した。
シルシルはそんな潔のことを、楽しそうにもてあそぶ。
『鳴花ちゃんのことはいいんだけどぉー、博光くんもいるんだよね。この写真』
トンガリ頭をツンツンと、画像に向けて指摘する。
「ん、博光? どこにいるんだ?」
『鳴花ちゃんのとなりだよ。メガネはかけていないけどっ』
写真には、幼いころの鳴花のほかに、同じ年ごろの男児もいる。
いっしょに水遊びをしている子が、シルシルの言う博光だ。
メガネはないが、面影はある。
潔はくちびるを突きだした。
「なんで博光がいるんだよ。鳴花とどういう関係なんだ」
先ほどとは打って変わって、おもしろくなさそうな態度だった。
シルシルは潔をなだめていった。
『ただの幼なじみじゃないの? いまのふたりは険悪でしょ? 少なくとも、博光くんからは』
「許せねえな。鳴花のことを、いじめやがって」
『でもここには、データはないよ? 作曲ソフトも入ってないし、ヤマが外れてしまったかも』
「だからって、可能性はまだあるだろ? 次はスマホだ。エクスポートのデータを探す!」
『はーいはい。つきあうよっ』
パソコンからは、撤収だ。
シルシルが翼を広げようとしたとき、目の端になにかが映りこんだ。
「ちょっと待った。あれって音楽ファイルだよな……?」
大きな音符が、空間にふわふわ浮いていた。
エクスポート後のデータだった。音源があれば、誰でも聴ける。
「ファイル名は【ヒロくんの七歳の誕生日】? 作成日はかなり古いな……」
予感が走る。【ヒロくん】はきっと博光だ。
博光自身は、作曲できない。
だったらこの曲を作ったのは、たったひとりしか思い浮かばない。
「鳴花なのか? 博光に曲を贈るほどに、ふたりは仲がよかったのか……?」
ショックを受けた。痛む胸を押さえつける。
シルシルがあきれたように言う。
『男の嫉妬はみっともないよー。独占したいのは、わかるけどさっ』
「そうじゃねえよ。悲しいだけだ。なんで、こうなったんだろうな……」
音符に触れて、曲を聴いた。マリンバのような、やわらかい音が流れてきた。伴奏はピアノのようだ。【花鳥】のように凝ってはいないが、聴いていておだやかな気持ちになる。
(こんなに心がこもった曲だ。博光はうれしかっただろうな。……なのに、なぜ?)
嫌がらせをするようになったのか。
部活の遅刻。笑い声。スマホケースの切れたひも。そして、陰口のメッセージ。ほかにも潔の見えないところで、鳴花はなにかをされている。
(今度は曲のリリースの邪魔か。させねえぞ!)
なにがあったかは知らないが、間違った行動なのはわかる。
「シルシル行くぞ。次はスマホだ」
『はいよっよー。って、ええ! やばっ!』
空間にドアが出現した。色は黄色。
シルシルはドアを見た瞬間に、急にあせって飛びはじめる。
「おいっ! いったいどうしたんだよ!」
『あれは、アンチウイルスソフト! ボクたちの大敵だよ!』
「なっ、なにぃーっ!」
黄色いドアが開かれる。奥から両目がぎらついて、黄金の猛獣が飛びだした。
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